交換条件(料理好き×秀才)
昔から料理するのが好きだった。
母親に男は料理ができてなんぼと言われ小さい頃から包丁を持たされたおかげで、16才になった今、そんじょそこらの主婦には負けないくらいの腕前を持っていると自負している。
両親が共働きのため、夕飯は帰宅部の俺が担当となっていた。必然的に。
ついでに昼の弁当も三人分俺が作っている現在、我が家の人間は俺が作るものを食べて日々健やかに生きていると言っても過言ではない。
今日も美味しく、美しく盛り付けられたマイ弁当を食べていると、隣から強い視線を感じた。
そちらに顔を向けるとクラスメイトの吉井がキラキラとした目でこちらを見ている。
「なんだ?」
「…や、田中のおかんすげえなーと思って」
「は?」
「超美味そうなんだけど」
吉井の目は俺の弁当に釘付けだった。
…ほう、なかなか分かってるなお前。
「良かったら一口食うか?」
俺の一言に目を輝かせてこくこくと首を縦に振る吉井の口に、昨日の夕飯時に準備しておいた唐揚げをぽいっと放り込んだ。
「…うーっま!超美味い!なんでー!?なんでこんな美味いの?」
口に入れた瞬間に吉井の大きめな目が更に大きく見開かれた。目がこぼれるんじゃないかと心配になるほどに。
それに、まさかおかず1つでここまで感激されるとは思わず、少しだけたじろいでしまう。別に普通の唐揚げなんだが…。
とりあえず期待に応えようと己の知識をフル稼働させてみる。
「…塩糀につけとくと肉が柔らかくなるのと旨み成分が…」
「へぇー!?すごいなー!田中、家で家事手伝ったりすんの?」
「手伝うというか、これは俺が作ったから」
「…は!?まじでっ!?」
「あぁ」
尊敬の眼差しで俺を見上げる吉井は小さな子供のようで可愛い。
「すげーなー。まじ尊敬するし。俺料理なんて調理実習くらいでしかやんねーや。うち、オヤジしかいねーから飯も適当だしさー」
「…そうか」
今日の昼はパンだぜー、と言いながら笑っている吉井に軽く同情する。
…現在おふくろの味を味わえていないという点ではある意味仲間同士でもある。
ここは一肌脱いでやりたい。
「吉井が小さいのは栄養が偏っているからか…」
「ちょ、それひどくね!?これは遺伝だからねー?」
「よし、分かった」
「ん?なにが?」
「明日からお前の弁当も一緒に作ってやるよ」
「え、ぇえっ!?」
俺の急な申し出に驚いた様子の吉井が目をぱちくりさせている。
「成長期にコンビニ飯で過ごすのはあまり関心できないしな。ついでに料理も教えてやるから放課後は俺に付き合えよ。部活はやっていないだろ?」
「え、う、うん?ちょ、待って待って!あのさ、すっげー魅力的な提案だけど、そんなん悪いじゃん!田中の負担増えちゃうだろ?」
「いや、三人が四人になるくらいだからそんなに変わりはない。…だからと言ってはなんだが…」
「うん?」
言い淀む俺を不思議そうに見つめる吉井には悪いが、俺にもそれなりに打算があっての提案なんだ。
「俺の勉強見てくれないか?吉井って頭いいだろ。俺、数学が壊滅的にやばいんだ」
「あー、それは全然構わないけど、…てかそんなんでいいの?」
「カテキョ代だと思えばむしろこちらの方がありがたい」
「…ほんとに?じゃあ、お願いしますっ」
吉井が本当に嬉しそうに笑うので俺もなんだか嬉しい。
それに、田中家以外で自分の料理が人を喜ばせることができるのもなんだか誇らしい気分だった。
そんなこんなで、学校の昼休みは俺が持参した弁当を二人で食べ、吉井の都合がつく時には放課後に二人でスーパーへ買い出しに行き、夕飯作りを兼ねて吉井と調理実習をするのが日課となった。
最初は包丁の使い方もままならない吉井にやきもきしたものだが、今では料理をする姿もだいぶ様になっている。
そしてテスト前には吉井が俺の勉強を見てくれるようになった。
ちんぷんかんぷんだった数学が少しだけ理解できるようになり、今までテストは赤点スレスレだったのがクラス平均までいくようになったのには自分でも驚いた。
まさにこれはウィン・ウィンの関係だ。
全くすばらしい。
「お前らいつから兄弟?つーか夫婦になったの?」
「「は?」」
昼休みに吉井と弁当を食べているところにクラスメイトから声をかけられた。
「兄弟はともかく夫婦とはなんだ」
俺は弁当箱(お重とも言う)からおかずを取り、吉井に手渡しながら抗議した。
「…あー、そういうところ?」
「…」
「…」
周りをちらりと見回すと俺達を興味深そうに見つめるクラスメイトたちがいた。
…もしかするとお重は目立つ…のか?
今まで吉井から特に指摘されたことがなかったので気にしていなかったが、この昼飯スタイルは、吉井からしたら恥ずかしかったのだろうか…。
「えっとねー、これは交換条件ていうか」
黙り込む俺に代わって吉井が説明をしている。いかん、俺もフォローを。
「そう、俺達は勝ち組」
「「は?」」
今度はクラスメイトと吉井の声が一緒になった。
…ん?何かおかしかったろうか。
「えーっと、意味わかんねーけどとりあえずお幸せにー」
そう笑いながらクラスメイトは俺たちから離れていった。
…なにも解決していないが。
なんとはなしに吉井と目を合わせる。
吉井は肩を震わせていた。
…なぜ笑っている。
「…田中、勝ち組ってなによ、あーウケる」
「…どちらも損してないだろ?」
俺は学力が上がり、吉井は炊事力が上がった。
「まあ、そうだけどさ、あんなんじゃ通じないって!」
「…そうか」
まあ、どうでもいいか。
…いや、よくない。
「これ(お重)、明日から止めるか?普通の弁当箱の方が目立たないしな」
「え、このままで構わないけど?」
「またからかわれるかもしれないが、吉井は気にしないか?」
俺の問いに、吉井がにっこりと笑う。
「全然平気ー。それより田中に負担がかかることの方が気になるし!田中のご飯てまじサイコー。一生食べさせて欲しいくらいだしー」
「…そうか」
「うん。だからこの件は田中の好きにしてね」
「わかった」
「へへ」
俺は完全に吉井の胃袋を掴んだらしい。
そうだな、吉井が嫁をとるまでは俺が吉井の生きる力となろう。
…それまでは俺の勉強も宜しくたのむ…。
二人で朗らかに笑いあっている姿を見たクラスメイトたちが、「やっぱりあいつら夫婦じゃん」とこっそり言い合っていたことを、俺達は知らない。
end.
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