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スリーピングビューティ(美容師×カットモデル)

「よし、完成〜」
「おー、今日もカッコいいっす」

俺が出来映えを褒めると、でっしょー?と山口さんが嬉しそうに破顔した。

山口さんは美容師だ。
え、美容師って顔面偏差値が必要なの!?っていうくらい山口さんは綺麗だ。
そんなイケメンに街でカットモデルをしないかと誘われ、気後れした俺は絶対無理だと断ったんだけど、あれよあれよという間に拉致られ髪を弄られ、それ以来閉店時間や定休日に練習台としてお店に顔を出すようになった。
俺みたいなどこにでもいる平凡顔で本当に大丈夫なのかな?って思うことはあったけど、山口さんは俺の髪質を気に入っているのか何度もお店に来るよう声をかけてくれて、いつもかっこいい髪にしてくれる。
学校でも急に垢抜けた俺(髪型だけだが!)に皆驚いていたしな。

ここでお世話になってもうすぐ半年になる。他のスタッフさんとも顔見知りの仲だし、お店の雰囲気もとても良くて言うことなしだ。
そして何よりも山口さんの人柄に惹かれて俺はここに通っている。
だって滅茶苦茶優しいんだこの人。時々いじわるされたりもするけど。
イケメンで優しいとか、もう最強じゃん?神様ってまじ不平等だと思う。

「いつも遅くまで悪いねー。まじ助かるわ」
「やー、こんな良くしてもらってるんですから、逆にお礼を言いたいくらいです」
「ふふ、ほんとありがとね、ゆっきー」
「もう山口さん、ゆっきーは止めてくださいってば!」
「えーだめなのー?」

幸弘だからゆっきー。初めて自己紹介した日から俺はそう呼ばれてる。
なんか恥ずかしいじゃん。小学生みたいで。

「子供じゃないんすから」
「でも大人でもないじゃん」

うぅ。確かにそうだけども。
でも、なんでか分からないけど山口さんには子供扱いされたくないんだよな。
口を尖らせて不服アピールをすると、山口さんは眉をハの字にして笑っていた。

「まあいいじゃない。それよりメシ食いに行こうよ。腹へったでしょ?」
「や、いつもご馳走してもらって悪いんで!今日は帰りますね」
「えー、一人メシとかさびしいじゃん、俺が!」

さびしいとか、自分だって子供みたいなこと言うくせに!
でも、こうやって仲良くしてくれるのは純粋に嬉しい。

「…じゃあ俺、自分の分はちゃんと出しますからね」
「別に気にしなくていーのに。…あ、そしたらさあ」

そこでにっこり微笑む山口さん。

「?」
「俺の家でメシ食おうよ」


…え、えぇー!!


「…お、おじゃましまーす?」
「はは、なんで疑問系?」

や、誰かいたらとか思って。

きょろきょろと周りを見回して挙動不審な俺に苦笑しながら、山口さんがスリッパを出してくれた。

「散らかってるけどどーぞ」
「失礼しまーす」

山口さんの住んでるところは1LDKってやつみたい。リビングがあって、奥に寝室らしき部屋が見えた。

「全然散らかってませんけど!」
「そう?」

モノトーンで落ち着いた配色の、きれいに整頓された部屋だ。

「いいな、俺も一人暮らししたいなー」
「大学生になれば嫌でもするんじゃん?」
「あー、でも俺地元の大学狙ってるんで、多分通いですね」
「へぇ、そっかぁ。じゃあ一人暮らし気分味わいたかったらウチにきなよ。あ、パスタでいいー?てか簡単にできるのこれくらいだわ」
「あ、はい!あの、仕事終わりで料理とか疲れません?なんか手伝いますよ」
「んー、麺茹でるだけだしソースはレトルトだしー。じゃあ、サラダつくってくれる?レタスとトマトと…きゅうりあったかなー」

ごそごそと野菜を取り出す山口さんの後ろから冷蔵庫をこっそり覗いてみる。

「なんか、ビールばっかりっすね…」
「男の一人暮らしなんてこんなもんよ」
「ふぅん」

一人暮らしの人の部屋に入るのは初めてだったから、なんだかすごくわくわくして、山口さんと二人で作ったパスタとサラダを食べるのもいつも以上に楽しかったし、美味しかったしで大満足だった。
山口さんはビールも飲んでて、あー、生き返る!とか言ってた。オヤジ…とつぶやいたら小突かれたけど。

「…ところでさあ、ゆっきーは彼女いんの?」
「っぶ!」

食事が終わり、テレビを見ながらくつろいでいたら突然の質問に、思わず飲んでいたお茶を吹き出しそうになる。
なんだよ、藪から棒に。

「…いると思います?」
「えー、分かんないから聞いたんだけど」
「…そんなん、いませんよ」
「ふーん?お年頃なのにそういうの興味ないの?」
「や、機会がないというかまずモテませんしね」
「えー俺がゆっきーのことこんな格好よくしてんのに!?」
「…はあ、そうですよね。すみません、なんせこんな平凡な顔なんで」
「いやいや、ゆっきーは目立たないけど素材良いしー。…ふーん、若いコは気づかないもんかあ。もったいないねぇ?」

そう言ってにこりと笑う山口さんがめっちゃ格好良くて見入ってしまう。
誉められて顔が熱くなってるし。お世辞だってわかっててもやっぱテレるよね!

「や、山口さんなんて完全にモテモテでしょう?優しいし、イケメンだし、美容師だもん」
「最後の理由になってる?まあ、モテるって言ってもお店のお客さんがチヤホヤしてくれるくらいよ。店以外で出会いないしね。毎日忙しくて出会いとかほんとないから」
「はあ…」

なぜ二回言った?酔ってるのかな…。

「休みも自主練したり、アシの面倒見たりとかするしー。給料だってスタイリストに昇格して指名とれるようになってやっと人並みだからねぇ。アシ時代はまじ辛かったよー。こんな状況で彼女との時間作るとかまず無理。うん」
「へぇ、そうか。華やかな世界だと思ってたけど、本当はめっちゃ大変なんですね…」
「そう!すんごいキツイの!…でもね、好きなんだこの仕事が。人を綺麗にすることが俺の使命なんだって思ってるからさ」

へへ、とはにかむようにして笑う山口さんはアルコールのせいか、いつもより饒舌で本音がぽろぽろと出てるみたい。
どんなに大変でも仕事が好きだと言える山口さんはやっぱり格好いいし大人だ。
…働いたこともない俺なんか、子供に見られても当然か。

「山口さんは、まじ全てが格好良いですよ。俺の憧れです」

俺がそう言うと、えーまたまたーと笑われた。
別にお世辞とかじゃないのに。

「…本当にそう思ってますよ?」
「…ふーん、じゃあさー、俺と付き合ってくれる?」


ん?


「……今なんと?」
「ゆっきー、俺と付き合ってよ。ご存じの通り多忙を極めてるからあんまり沢山は時間取れないけど、会える時は全力出すしー」
「え、え!?」

てか全力ってなんだよ!?

「きゅっ、急になんですか!俺男ですよ!?それに、こんな平凡な作りの顔ですし?山口さんて美的感覚ズレてません?ちょっと冷静になった方がっ!」

必死になって説得していると、山口さんが肩を震わせて笑っているのが目に入る。

「な、」

俺が口をぱくぱくさせていると、目ににじんだ涙を拭いながら山口さんが口を開く。

「ふっ、くく!ごめ、だってゆっきーすげえ可愛いんだもん、あー笑った」
「…」


あ、からかわれたのか、俺。
…なんだ。何を真に受けて慌ててんの。
バカじゃん。

まるで空気の抜けた風船のように心がしぼんでいくのがわかる。
なんだこれ。つらい。

「も、もう冗談きついですよ、はは…」
「ん?」
「あの、俺、もう帰りますね」
「は!?」

あ、やばい、今顔上げたらひどい状態なのバレる。

俺は下を向いたまま荷物をかき集めて玄関へ急ぐ。
山口さんはそんな俺を驚いた様子で見ていたが、慌てて後を追ってきた。

「ちょ、なになに、急にどうしたの!?てかもう遅いし泊まってきなよ?」
「や、大丈夫です」
「いやいや、もう終電間に合わないでしょ」

そう言って山口さんが頑なな俺の腕を優しく掴む。

「なに怒ってるの?」
「…怒ってないです。山口さんのたわいもない冗談を真に受けて舞い上がってた自分が恥ずかしいだけ」
「…あのさ、こっち向いてくれる?」

そう言われるやいなや、顎を掴まれ無理やり顔を上げさせられた。

「やめっ、」

拒否しようとしても山口さんの方が大きいし力が強くてふりほどけない。
もがいていたが、最後は諦めてされるがままになる。

「…ねえ、なんで泣きそうな顔してるの?俺の告白が冗談だと思って悲しかった?」

…きっと、そうなんだと思う。
さっきまで山口さんは憧れの存在だと思ってたけど、なんか違ったみたい。
どうやら俺は山口さんが好きらしいよ。
だからいつも対等の立場でいたくて、子供扱いされたくなかったんだ。
今、わかった。

「う、ぅうー。ごめんなさい…」
「どうして謝るのよ?あーもう、泣かないで?」

山口さんが俺の背中を優しくさすってくれる。
なんなんだこの人は!こんな時に優しくするなんて悪魔だ!!俺のことを弄びやがって!!
でも好きだ、ちくしょう。

あと俺の涙腺は壊れてしまったみたいだ。
さっきから涙が止まらない。

「うぅ、ごめんなさい、好きだと言ったらもう会えなくなっちゃうよ…。仕事場に恋愛感情持ち込まれたら迷惑ですもんね…」
「えー、まあ普通はそうかもしれないけど…」
「ぐす、うー…」
「もー!一人で突っ走らないでよー。ゆっきーネガティブすぎ!自分を下に見すぎ!さっきの告白、冗談じゃないよ!?」
「は?」
「は?じゃない。俺が笑ったのはゆっきーの反応が単純に可愛いと思ったから!バカにして笑ったとかじゃないよ」
「え、え!?」
「つまりさ、俺たち、両思いだよね?」
「りょっ…!」

そうなの?
山口さんも俺を好きなの?

にこにこと笑いかけてくる山口さんに、俺は顔を真っ赤にしてこくこくと頷いた。

「ほんと、出会いがないから自分で掴みにいくしかないわけよ。ゆっきーは一目惚れしたんだー。あの時から絶対手に入れるって決めて、今まで頑張ってきたんだから」
「山口さんは物好きだ…」
「はは、本当に無自覚だなあ」

そう言って俺の頭を撫でる山口さんの顔は嬉しそうで、俺も嬉しくなる。

やっぱり山口さんは美的感覚がおかしいみたい。でもそのおかげで今こうしていられるんだ。
神様、山口さんを完璧に仕上げないでくれてありがとう。

俺は、施しを与えてくれた神様に目一杯感謝して、山口さんに抱きついた。


end.


おまけ。
「ところで山口さんて何歳ですか?」
「ん?25だよん」
「…俺、17才す!」
「ん、はい」
「…」
「え、大丈夫だよ!?俺我慢強い方だし?」
「ほんと?」
「もちろん!」
「良かったー」
「…ねー?」

にっこりと笑いあって終わる…。




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