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ヘヴン(ローディー×バンドマン)
「今晩はー、ブラッドです」

マイクを通した俺の声に反応して、ステージ下からは歓声が上がる。

俺達ブラッドはアマチュアのロックバンドで、結成して約一年が経つ。最近は200〜300人クラスの会場なら余裕で埋まるようになっていて、この界隈ではそこそこ名も知られている。

メンバーはボーカル兼ギターの俺、もう一人メインのギターに、ベース、ドラムの四人で構成されている。皆メジャーにいくことを目指して日々切磋琢磨している仲間達だ。

ステージからの景色はいつ見ても最高。
この箱の中にいるオーディエンス全員が今は俺達だけを見ている。
それが最高に気持ちいい。

マイクスタンドに凭れるようにして観客を見下ろし、不敵に笑えばまた悲鳴のような歓声が上がる。
そう、いいね。今は俺だけを見て、俺だけを感じていればいい。
セックスなんて比じゃない快感に今から溺れさせてあげるから。
一緒に、天国へ行こう。

「お前ら、イケるな?頭飛ばせよぉ?『ダウンヘヴン』!」

カウントと共にメンバーが奏でる爆音に身を任せ両腕を翳せば、会場全体が揺れるような熱気とパワーに包まれた。

あぁ生きている。
光と音の洪水の中で、自分が今生きていることを実感できる。
ライブがなければ、音楽がなければ、歌えなければ、きっと俺はまともに生きてはいけないだろう。


「おつかれー」
「ぅぃす」

滞りなくアンコールまで進み、終演後の余韻に浸っていると、周りからは早く着替えをするよう急かされる。ライブハウスの使用時間も迫っているし、まあ仕方がないんだけど、本当はまだこのままでいたい。

打ち上げ会場に向かうため、バラバラと楽屋を後にするメンバーを目で追いつつ、ようやく重い腰を上げた。
シンと静まる部屋の中でも、先ほどまでの残響が今も身体中にまとわりついているようだ。
まだぼやける頭を軽く振り、ゆっくりとロッカーへ向かった。


「澪さん、お疲れ様でした」

汗に濡れたシャツを脱ぎ捨てたところに声をかけられ振り向くと、ローディーのカズキが入口に立っていた。

「…おう、おつかれー。あ、機材運び終わった?いつも悪いねぇ」
「いえ、自分の仕事ですし。楽器触れるだけで幸せなんで」
「んー」

ローディーとはライブで使用する機材の運搬、設置などをするスタッフのこと。バンド結成前の修行みたいな意味合いで携わる人間もいるし、専門職もいる。
俺達のようなアマチュアバンドにつくのは前者が多い。
カズキもいずれは自分のバンドを持って活動するのが夢だって。まだ高校生だっけ、若ぇよなあ。

「…あ、俺のことは気にしないで先行ってていーよ?着替えたらすぐ行くし」

新しいシャツを出そうとしてロッカーを開けていると、いつの間にか後ろから伸びてきた手が俺の背中にそっと触れた。
その指の冷たさに、思わずビクリと肩が揺れた。

「っ…カズ、」
「…澪さん、澪さんっ!」

遠慮がちだったそれが、俺の抵抗を感じたのか強い拘束へと変わっていく。
熱の籠った声で俺の名を呼びながらすがりつく男になんとも言えない気持ちが沸き上がるのを感じたが、それを顔には出さずなんとか平静を装う。

カズキは元々ブラッドの熱狂的ファンで、俺に対して憧れ以上の感情を持っていることも知っている。

カズキは男前だし、何より声が良いんだ。
これから良い仲間に出会えればきっとバンドも成功するんじゃないかなあ。

でもね、だからこそか。今、こいつの想いには応えてあげられない。

前に回る腕を優しくぽんぽんと叩いてやって振り返る。

「…なにー、そんなに俺格好良かった?」
「ライブ中の澪さんはまじ神です。皆あなたに夢中だよ」
「はは、ありがたいね。モチベーション上がるわ」

笑いながら、やんわりとカズキの拘束を外そうともう一度腕に触れるが、更に力を込められてしまう。

「…カズキ」
「分かってる。すみません、でも我慢できない。あなたを誰にも見せたくない。どこかに閉じ込めて俺だけのものにしたい。こんなことしても何の意味もないって分かってるのに、止められない…!」

そう。こんなの意味がないんだよ。
それに、お前がしなきゃいけないことはもっと別にあるだろ?

「…今のお前はさあ、何もない中途半端なただのクソガキだって分かってんだろ?そんな奴にさ、この俺がなびくとか…まじで思ってる?」
「……っ、いえ」
「そ、じゃあ離せ」

俺を拘束していた腕がゆっくりと離れていく。

ようやく身体が自由になったので着替えを再開する。シャツの袖に腕を通しながらちらりとカズキの顔を覗いてみると、後悔と羞恥が入り交じったような目が俺を見つめていた。
…そんな顔すんなよ、お前が嫌いだから言ってるんじゃないんだからさ。
むしろ期待してんだよね。そこは誤解して欲しくないんだけど。

ふ、と口許を緩ませた後、カズキに声をかけた。

「俺だってアマバンだし、まだまだ中途半端なんだぜ?全然今の状況に満足なんてしてない。だから、もっともっと上に行きたいと思ってんだよね。お前もそうだろ。今は下手に充足感を得る時じゃない。ストイックに将来のことだけ考えてろよ」
「はい」
「…うん」

良い返事だ。
俺が笑うと、それを見たカズキが俺の手をぎゅうっと握りしめてきた。

「なに?」
「俺、必ずあなたに追いつくから。だから…そうなったら澪さん、あなたを俺のものにしてもいい?」

握られた手は軽く震えていた。
それだけ真剣ってことだよな。
ありがとう、まじで嬉しいよ。

「…ばーか。そこは追い越すって言えよ。まあ、そんな簡単には負けないけどね」

気持ちとは裏腹に軽く返して、カズキの首に両腕を回し唇が触れる寸前まで顔を寄せた。
目の前の男は驚いたまま固まってしまったが、構わずにそっと囁く。

「待ってるから」
「み、おさ…」

言い終わる前に唇をふさぐ。
顔を真っ赤にしてこちらを見下ろす可愛い後輩に、にやりと笑ってみせた。

「これは、前払いってやつね」
「…ちょ、やばい、死ぬかも…」
「はは、まだ早いだろ」


大丈夫、きっとお前なら上にいけるよ。
俺もお前に失望されないようにこれからも走り続けるから。

だから、早く来い。


「次はお前が天国を見せる番だよ」


end.


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あきゅろす。
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