惚れたが勝ち(モテ×自由人)
「出てけこのくそ浮気野郎!」
「ぅわっ、ちょ、センパイ!?」
バタン。
閉ざされたドアの前に尻餅をつく俺。
追い出されちゃったよ、恥ずかしい。
ちょっと衝撃的すぎて茫然。
「…会田ってくそ浮気野郎なの?」
「…!」
そんな俺を上から見下ろしているのは同じ大学の杉本だった。
やべぇ見られた。
男同士の痴話喧嘩とか、どう考えてもマズイっしょ。
どうやら俺の人生は今日で終わったっぽい。
「…あ、あのさ、」
「コーヒー飲む?」
「あ、ども」
えー、先ほどフラレました俺です。
あの人とは付き合ってたっつーか、気が合ったし身体の相性も良くて自然と一緒に過ごす時間が増えていた。
けれど俺はフリーのつもりだったから他でも遊んでいて、そう思っていなかった相手とケンカになってしまったわけです。
意思の疎通が出来ていなかったんだなあ…。恋人同士だと思っていただろう相手にとったら、俺は最悪の浮気野郎ってことだもん。
あぁ、悪いことをしてしまった。
んでその直後に別れた人の隣の部屋に上がり込む俺の今の状況って、一体なんだ。
「…となりって、井戸田先輩だよね。経済論の講義とかでよく見かける。付き合ってたの?」
「あぁ、うん、そんな感じ…かなあ」
「そう…」
それっきり無言で遠くを見つめる男を、渡されたコーヒーカップに口をつけながらこっそりと眺めた。
杉本は語学のクラスメートだが、今まであまり口を聞いたことがない。
背が高く整った容姿をしていて、友人や好意を寄せる女子たちに囲まれていることが多いが、一人でいることを好むのかいつもこっそりとその輪から抜けて教室の端の方に佇ずむような奴だった。
先輩と俺の関係について興味本意で根掘り葉掘り聞いてくる様子もないし、一体何が目的で俺を部屋に招いたんだろう。
謎な奴。
お互い無言のままコーヒーをすする。
えー、めっちゃ気まずいんですけど…。
「…あの、さ。俺のことはどうでも良いんだけど、先輩が生活しにくくなるような噂が立つのはアレなんで、そこんところご配慮いただけると助かるなー、なんて」
とりあえず、一番気がかりなことだけは伝えておこう。
そう思い口を開くと、杉本はどうでも良さそうな顔をして「あぁ」とだけ返してきた。
口が軽そうには見えないし、多分信用できると思う。
杉本の一言で安心したからか、ふ、と軽く息が漏れた。
「ありがとなー、杉本」
「…礼とかいらない。俺下心ありだし。安心しない方が良いんじゃない」
「へ?」
目を丸くして相手を見ると、知らぬ間にぐっと距離を縮められている。
わあ、近くで見てもイッケメーン。
うん、イケメンだけど!一体これはどういうこと?
「なんか、会田っていつも変なフェロモン出ててやばいよ。いつか襲うなって思ってたけど、学校じゃなくてとりあえず良かった…」
「え?あれ?ちょ、待って!これ以上近寄んないでくれるっ?すげーこえーんだけどっ」
所謂、壁ドン状態で追い詰められた俺を、無表情で見下ろしている杉本。
え、うそだろ。
俺ってば貞操の危機的状況!?
「す、杉本って、ゲイとかじゃないよね?」
「さあ。けど会田には欲情してる」
「まーじで!イケメンに言い寄られて正直悪い気はしない!けど俺ネコは無理だよ?お前確実に俺を襲う気だよね!?」
「そこはノリでなんとかならない…?」
「ちょ、何脱がしてんの!?てか、は、ノリってなに!?わーっムリムリムリ無理なんだけど!」
「ちょっと、黙って」
「むぐー!」
暗転。
そしてチュンチュンてか。
実際は2時間くらいしか経ってねぇけど。
「…無理じゃなかったね」
「だねー。ははは…」
下半身の鈍い痛みに顔をしかめつつ、苦笑い。
もう笑うしかない。
なんでこうなった。
快楽に弱い自分を呪う。
てかさ、やばくない?
フラレた直後にそのすぐ隣の部屋でなにしちゃってんの。
いくら自由人とは言ってもこれはない。頭おかしーわ、こいつも俺も。
すぐに出ていきたいけど身体が言うことをきかないので、体力が回復するまでこのベッドは俺のものだ!
…なんかでかい半裸の男が隣にいて邪魔だけど。
じとりと杉本を睨む。
「…あのさぁ、どういうつもりか分からんけど、俺、もう杉本とこういうことしないからね?」
「は、なんで?」
「なんでって…」
俺の発言に、信じられないものを見たって顔でこちらを見る杉本に逆にびっくりだけど。
「や、いくらなんでも前の相手が住んでる隣の部屋でとか、ないっしょ」
「…あぁ、そういう常識的な思考は持ち合わせてるんだ」
「あ?どーいう意味だよっ!」
「わかった。じゃあここではもうしない」
ちーがーうーしー!
がくりと項垂れてみせるが、奴はお構いなしといった様子で俺の髪をいじっている。
なにこの甘い雰囲気(俺以外)。
「…あと、俺はヤる側がいいんだけど。ていうかさ、俺、そこそこでかいっしょ。どこがいい訳?ヤるならやっぱ可愛いとか、華奢なコがいいとか思わない?」
「思わない。そもそも会田以外の男に興味ないし」
あらやだ直球。
ちょっと照れるし。
「会田が男イケるって知らなかったから今まで自重してたけど、さっきの修羅場に遭遇して一気にタガが外れた。…でも冷静になってみたらちょっと急すぎだったかと、今は反省してる。…少しだけ」
「ああそう、少しだけね!もっと反省してくんない?」
「ん、ごめん」
俺の抗議に、素直に反省の意を示す杉本の姿はちょっと可愛いい。
なんて、絆されそうな自分に気づいてはっとする。
いかんいかん、ここはきっぱりとお断りするところ!
「…俺さ、特定の人と付き合ったりとかしたことないよ?フリーセックス万歳な人だしー。このスタンス変える気ないよ?」
どうよ、これはさすがに引くだろ。
でもこれが俺だから。
今回の先輩みたいな失敗をしないようにこれからは気をつけなきゃね。
俺の思惑なんて知るよしもない目の前の男は、俺の発言に気を悪くした様子もなくじっとこちらを見つめている。てか基本表情変わらない奴だから読みにくいんだよね。
「…その辺は、我慢する。きっと最終的に会田は俺だけで満足するって、自信あるし」
「ぶっ、まじで!それ本気で言ってる?めっちゃ自信過剰じゃね!?どっからその自信が湧いてくんの!」
「なんなら賭けてもいいし」
「へえ?」
挑むような杉本の目に迷いはない。
ふーん格好いいじゃん。
こんだけ断言されたら、のらないわけにはいかんでしょ。
「それじゃ、負けた方は罰ゲームね。何がいいかなあ?」
「負けた方が組み敷かれることに承諾する」
「…それ全然俺にメリットないし」
だって俺は華奢で小さいコが好みだし。
そう言うと、どうせ負けるのは会田なのに…とかぶつぶつ言ってる声が聞こえたけど無視。
だからその自信は一体なんなの。
「じゃあ、負けた方がなんでも言うことを聞くってことで」
「んー、ベタだけどまあいいか」
杉本の案に仕方がないので承諾する。
ベッドに寝転んだまま、腕をあげて伸びをしてみるが、やはりまだ身体が痛む。
「んー、とりあえず風呂に入りたいかな。俺動けないから運んでー」
「わかった」
あら、いいんだ?
てか重いし無理でしょ。
そう思ったけど黙ったまま、のそりと起き上がる杉本の動きを目で追った。
「、…えぇーっ!」
「なに」
ひょいと音がしそうなほど軽々と俺を抱き上げた男に、思わず声を上げてしまう。
「…もーやだ、なんなのこのイケメン。腹立つわー」
「?会田の言うとおりにしただけだろ」
成人男子を軽々と持ち上げちゃったりとかさー。やばくね。
まじときめいちゃうわ。
「ちょっとさ、俺のこと甘やかしすぎじゃん?調子乗るから止めた方がいーよ」
「会田なら乗っていい。てか甘やかしまくって俺がいなきゃ駄目になればいいと思ってる」
「…っ」
わー。
うーわー。
この男すごいタチ悪いよ。
やばいなあ。俺、もしかしてめちゃくちゃ甘ったるい蟻地獄にハマっちゃった?
賭けなんてすべきじゃなかったか…。
心地よい腕に抱かれながらさっそく後悔する俺であった。
end.
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