あの人(リーマン×高校生)
毎日毎日同じ時間に同じ電車の同じ車両に乗り込み通学。
学生とサラリーマンで混雑する車内に朝からうんざりだ。
あぁ、ダルい…俺のパーソナルスペースはいずこなり…。
よし。
こんな時はあの人を見るに限る。
視界の右端にちらりと映るあの人を。
いつも同じ時間の電車を利用していて、同じ車両に乗り込むサラリーマン。
多分、独身?
スーツはいつもピシッとシワひとつなく、人でごった返す中でも、あの人の周りは爽やかな空気が流れているように感じた。
うーん、今日も隙がなくきっちり決まってて格好良い。
あの人を見てるだけで気分が上がる。
ストレスフルな空間だけど、貴重な時間。
名前も知らぬそこのあなた様…、こんな変態くそ男子校生に見られてるなんて、もし気がついたらきもいと思うよね。ホントすんません。
これ以上は近寄らないから、だから見つめることだけはどうか許してやってください。
なんつってね。
はー、まじきもいな俺。
一応言っとくけど、俺学校では普通にモテる系男子なのよ。びっくりでしょ。
お陰様で見かけだけは良いもんで。
女子にはガツガツしてなくて何考えてるかわからないとこがイィとか言われてるけど、中身はこんなんですよ。爽やかイケメンリーマンにときめいてるただの変態ヤローだよ。
胡乱な目で車内の広告に視線を戻す。
なんで綺麗なお姉さんじゃなくてお兄さんに目がいくんだろうね。あー、終わってるわ俺。まじ終わってる。
キーッ、ガタン!
突然電車が急停止し、車内の人間がどっと一方向に流される。
「ぐぇ、」
人の重みをもろにくらい思わず声が漏れた。
絶望に打ちひしがれていた俺になんだこの仕打ちは!
くっそぅ。泣きてぇ。
「ごめんね、大丈夫?」
「あ、大丈夫っす、スミマセン」
頭の上から聞こえてきた声に咄嗟に返事をする。
込み合ってるし人がぶつかり合うのは仕方のないことだって本当は分かってますのでね。
わざわざ声をかけてくれるなんて良い人だなあ、なんて思いながら顔をあげてみる。
「うぉっ!!!」
「うん?どこか痛い?」
俺を気遣う優しくて低めの声の主。
信じられないことに、あの人がなぜか俺の目の前にいた。
は、え、なにこれ!なーにーこーれぇぇ!
なんであの人が目の前に!?てかやべー向かい合っちゃってるし、しかも密着!!なんで!どうしてこうなった!?やべーよ、やべーって。
死ぬ。俺はきっと死ぬ!
あ…なんか聞かれてたな。返事、そう返事をしなければ。
顔を真っ赤にして口をパクパクさせるがテンパって声が出ない。
頭上では急停止の謝罪アナウンスが流れていたけれど、自分の心臓の音がでかすぎて俺の耳にはほとんど入ってこない状態。
今の俺は挙動不審のとても変なヤツだ。
「どうしたの?大丈夫?」
フリーズ(脳内は大混線中だが)している俺を心配したあの人が、こちらの顔を覗き込むようにして見つめてきた。
ほのかに漂ってきた香水の香りに目眩がするんですが。
「っやべ、鼻血でそ…」
「え、ティッシュ使う?」
「や!うそです、大丈夫っす…」
ようやくまともに声が出て、とりあえず無事であることは表現できた。
止まっていた電車がゆっくりと動き出すが、その後も絶賛密着中の俺とあの人。
体勢を変えたいがそんな余裕がないほど人が詰まっていて、もう本当に気まずいどころの騒ぎじゃない。
とにかく体重がかからないようにと踏ん張っているが、この行動に意味があるかは謎だ。
そんな俺の様子に気付いたあの人が耳元まで顔を寄せてきて、思わず身体がびくりとはねる。
「…っ」
「気にしないでこっちにもたれていいよ?その体勢、辛くない?」
「や、もう、ぜんっぜん、問題、ないんで…」
「そうは見えないけど…」
てかそんな耳元でささやくとか!その顔と、その声で、しかもこんな至近距離とかやばすぎだろ!
この人の声、想像していたよりもずっと色気があってやばい。
おい俺!ここは電車の中だからな!正気を保て!!ぜってー反応すんなよ!!?
「本当、可愛いな」
「…んえ、はいっ??」
一人パニック&悶絶中の俺を見てくすりと笑うあの人。
ん?あれ、今もしかして俺のこと可愛いって言った?幻聴?
ボリュームを抑えた声で俺の耳だけに届くように話してくるから、周りには聞こえていない、と思う。
「あの…?(今なんか言いました?もしかして可愛いとか言いました?)」
「駅、一緒だよね。実は君のこと知ってた。…いつも俺のこと見ていたでしょう?」
「っ!」
目が点になるっていうのはこういうことを言うんだね、って頭の片隅で思う。
まじかよ。
とっくに気づかれてたんだ…。
どうしよう、どうしよう?
もしかして、ずっと俺のこときもいヤツって思ってた?
「ご、ごめんなさ、い…」
やべぇ泣きそう。
あー最悪。もう、俺はこの時間の電車乗れないってこと…?
つまりはあなたのことももう見れないってことだよね?
後悔したってどうにもならないし、じゃあ見つめるのを止められたかと聞かれれば答えはノーだ。
こうなるのは時間の問題だったんだろうけど、それが今とか!嫌だ、ありえない。
「どうして謝るの」
後悔なのか懺悔なのか逆ギレなのか、よくわからない思考で脳内がぐるぐるしてきてうつむいていたら、あの人が(やべぇ、すっかり忘れてたけど現在進行形で密着中だった)また小さく笑っていた。
「だって、気持ち悪い、じゃないすか…?」
「俺のこと?気持ち悪い?」
「いやいや!俺が、ですよ…」
なに言ってんだろこの人、天然?
「君は勘違いをしてると思う。俺はね、自分のことをうら若き高校生をたぶらかそうとする悪いオトナだと思っているんだけど…?」
「たぶっ!?」
「しぃ、声落として、ね」
あ、そうだ。
ここは満員電車の中っ。
「す、すみません…」
「俺も君のこと見てた。ずっと話してみたいなと思っていたんだ。だからね、実は今結構テンション上がってる」
「そんな、まさか」
「嘘じゃないよ」
にこりと微笑むあの人は本当に格好良い。
思わず見惚れていたら、また、綺麗な顔が俺の耳元に寄ってきた。
「次の駅で降りない?君のこと、もっと知りたいな」
「…は、えっ!?あの、それは…?」
どういう!!
どういう意味のお誘いなんすかね!?
なんか俺まだ頭がまともに働いてない感じで判断ができないっ。
「…君がどんな想像をしてるのかとても興味深いね…、まあどんなご要望にもお応えできるよう、頑張るけど?」
「!?ぇえっとぉ…、」
「駄目?」
「や、ぜんっぜん駄目じゃないです!降りましょう降りましょう」
「そう、良かった」
あ、思わずOKしてしまった。
だってあのキレイな眉毛が悲しそうに下がっていたらさー!?無下にできるわけないし。
名前も知らないあの人が今目の前にいて、俺のことを知りたいと言ってくれている。
次の駅まであと二分。
あと二分で俺の世界は劇的な変化を遂げるに違いない。
end.
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