喧嘩するほど×××(似非性悪×口悪)
「守谷うぜぇ!俺の視界に入ってくんな!」
「あのさ、俺達クラスメートなんだから、どうしたって同じ空間で共存するしかないんだよ?小学生でも分かるようなことがどうして分からないのかなあ。福田って本当にあれだよね…。」
「あ?あれって何だよ!死ね!つか殺してぇ!」
「あっは、面白いこと言うね。やれるもんならやってみたら。」
この二人、一見するとかなり険悪な雰囲気であるが、クラスメートたちは特に気にした様子を見せない。
なぜならこれは毎日行われている通常営業だからである。
あぁ、今日もじゃれあっているなー、程度の感覚だ。
当の本人たちからしてみればじゃれあっているつもりなど毛頭ないのだが。
福田真幸、その凶悪な口の悪さに反して見た目は艶やかな黒髪にアーモンド形のくりんとした目が印象的でほっそりとした体躯はまさに黒猫といった雰囲気の少年だ。
一方の守谷俊介は金色に近い茶髪で長身、色気のある華やかな顔立ちで女子にモテるが、福田ほどではないものの、優しい笑顔で周囲が凍りつくような辛辣な言葉を吐くため、あいつを怒らせてはいけないと周囲では暗黙のルールができている。
とにかく黙っていれば見目麗しい二人なのに…、というのがクラスメートたちの共通見解であった。
(あーまじ最悪…。)
今日も守谷と衝突し嫌な気分を味わったというのに、追い討ちをかけるかのように居残りを命じられて福田のテンションはこれ以上ないほど下がっていた。
(レポートめんどくせー!もう何も浮かばんわっ!)
まだ2行しか埋まっていないレポート用紙が恨めしい。
なかなかペンが進まず、つい先ほどの出来事を思い返してしまう。
嫌いなら、関わりたくないのなら無視をすればいい。
奴をいないものと見なして生活すればいいだけだ。しかし福田にはそれが出来ない。
この学校はクラス替えがなく持ち上がりとなるため、卒業まで守谷と同じ教室に通わなくてはならないというのに、あと2年もこんないがみ合いが続くのだろうか。
(くそっ、アイツの顔なんて、見たくもねぇのに。)
固く目をつぶり、机に額を押し付ける。
しばらくそのままでいると、だんだん瞼が重くなってくる。
やばい、寝そう…と、トロトロしているところに声をかけられた。
「あれ、サボり?」
顔を上げるとプリント手にした守谷が目の前に立っていた。
守谷の顔を見た瞬間に、脳が一気に覚醒する。
「俺に話しかけんな!」
「ひどいなあ、先生からコレ預かってわざわざ持ってきてあげたのにさあ。」
「……頼んでねぇし。」
「ほんと可愛くないよね。」
「まじ死ねよ。」
悪態をつきつつ守谷からプリントを受けとる。
それはレポートの参考資料だった。
これがあればなんとかなるかと安心し、顔が綻ぶ。
「…っておい!」
「ん?」
「何居座ってんだよ!」
「まあ、別にいいじゃない。」
すぐに教室から出ていくかと思いきや、そのまま前の席に腰掛ける守谷にすかさず福田がつっこむ。
ぎりぎりと歯ぎしりの音が聞こえてきそうな様子に守谷は苦笑した。
「福田はさ、どうして俺を頑なに排除しようとするの。」
(!?何を今さら!)
「お前がっ!キライだから、だよ!」
「え、嘘だー。」
「はあ?嘘じゃねぇし!てか元はと言えばお前が俺のことカス扱いしたんじゃねぇか!!だから俺はっ…。」
「なにそれ。してないけど。」
「してる!でなきゃあんなこと言わないだろうがっ。」
「あんなことって。…ああ、」
守谷が記憶を辿るように視線を上に上げ、すぐに思い出したのか薄く笑みを浮かべて口を開いた。
「…セフレのこと?」
福田には秘密があった。
約一年前。
入学式で始めて守谷を見た瞬間息が止まり、そして恋に落ちるとはこういうことなのかと理解した。
初めての経験。
自分は恋愛に疎いと思っていたがそうではなかった。
まだそうなる相手に出逢えていなかっただけなんだと、激しく鳴る心臓の音を聞きながら確信した。
もちろん、その相手が同性だったことは少なからずショックであったが、それよりも今はこの気持ちを大事にしたいという思いの方が強かった。
相手が自分を好きになることなど期待せず、クラスメートとして共に過ごすことができるだけで十分だと、そう思っていた。
高校生活が始まって1ヶ月。
口は悪いが根は単純で素直な福田はすぐにクラスに馴染むことができたが、守谷とは他の友人と同じように接することができずにいた。
(だって目の前にいるとすげー緊張するし。)
守谷は見栄えが良いだけではなく、ある種の毒を持ち合わせた男であることや、噂では来るもの拒まず去るもの追わずがモットーの遊び人だと言われていていることなどを知った。けれどそんなところですら彼を魅力的にさせる要因の1つであると思えたから不思議だ。
目の端に守谷が映るだけだけで動悸がするなんて重症もいいところだけれど、それが嬉しくもある。
毎日がキラキラしているように感じてただただ楽しかった。
ある日、日直当番で一人教室に残り日誌を書いていたところ、忘れ物を取りにきたらしい守谷と遭遇した。
「日直?お疲れ様。」
「…ども…。」
急速に自分の脈拍数が上がっていくのがわかる。
福田は顔を上げることが出来ず、白いままの日誌に目を落としていた。
緊張しすぎてペンを強く握ったまま固まっていると、ふいに目の前に影が落ちる。
「…え?」
顔を上げると守谷が自分の前の席に腰をかけてこちらをのぞいていた。
そして何を思ったのか福田の髪に触れてきた。
「な、」
「綺麗な髪だね。染めたことないの?」
「…っ」
(え、え、なんだこれなんだこれなんだこれ)
あまりの衝撃に口をパクパクさせていると、守谷がふふ、と笑う。
「福田ってさ、いつも俺のこと見てるよね。そんなに俺が気になる?」
「…!」
(バレている!)
守谷に気づかれるほど自分は彼を見ていたのだろうかと、羞恥で顔が赤く染まる。
なんと答えたらいいのか分からず、言葉を発せずにいる福田に、守谷は微笑んだ。
「提案、いい?」
「…え、」
「付き合うとかは、あんまりよくわからないけど、一回試してみない?相性が良ければセフレとか……」
最後まで喋りきる前に手が出ていた。
ガツっと嫌な音が教室内に響く。
「ちょ、いったいなぁ…。普通グーでくる?口切れたかも…。」
「うるせぇ。お前まじ最悪だな。」
「……だってそういう俺が好きなんじゃないの?」
「は!?好きじゃねーよ、タコ!死ねっ!二度と俺に話しかけんな!!」
カバンを掴むと福田はそのまま教室を飛び出した。
そして現在の関係に至る。
守谷の指摘通り、福田はこの男の危うげな毒に惹かれていた。しかし、それを知った上で戯れに触れあう関係を求めていた訳ではない。あとで傷つくなら初めから見つめているだけでいいと、それだけで満足だった。
けれど、それは大きな間違いだったと気づく。
先ほどのやりとりで、身体しか求められていないと知り、福田は傷ついたのだ。本当は守谷と心で繋がりたいのだと、それを切望していたのだとはっきり自覚してしまった。
だから、守谷の言葉が許せなかった。
そして今、またあの時と同じような状況で二人が対峙することになる。
「守谷は…。」
「うん?」
「俺の気持ちを知っててからかうのがそんなに面白ぇのかよ。俺は、お前が今まで遊んできたような奴らとは違うから。」
「…。」
「お前のおもちゃになるつもりはないし、だからもう構うのは止めてくれ。俺、ちょっと限界きてる。」
「福田。」
「……なに。」
「………あのさ、」
「…?」
なかなか話し出さない守谷に訝しげな眼差しを向けると、彼は少し困ったような目で福田を見ていた。
「…えーと、ね、種明かし?、するけど。」
「……?」
「俺、自分がモテるのは自覚してる。で、周りからどういう風に見られてるかもわかってるつもり。だからさ、意外と思われるかもしれないけど…俺ね、童貞だよ。」
「あぁそう。…って、はあっ!?」
そんなことある筈がない。
いつも女子を周りに侍らせて、来るもの拒まずだといい、ろくに会話をしたこともないような相手にセフレの提案をしてくるようなこの男が?
「…確かにしょっちゅう告られてはいるけど、全部断ってるし。なのになんなんだろうね。やっかみなのかな?変な噂広められちゃったみたい。」
まあ、意地が悪いのはもともとだけどね、と笑う守谷を福田は呆然と見上げていた。
信じられない話だが嘘をついているようには見えない。
ではこの垂れ流し状態の色気は一体なんなのだろう。天然フェロモンか。
色んな思いが頭の中ををぐるぐると駆け巡り、福田が目を白黒させている間にも、守谷はぽつぽつと話を続けた。
「あとね、福田が俺のこと見てるって気づいたのは俺もずっと福田のこと見てたから。…一目惚れしたんだ。でもどうやって近付けばいいのか分からなかった。言い寄られるのには慣れてるけど自分から何かしたことってなかったから。だから、周りがイメージする俺を演じれば良いのかなぁって。遊び人ぽい俺が好きなのかと思ってああ言ったわけだけど。…まあ見事に失敗したよね。それで弁解しようにも寄るな視界に入るなでまともな会話もできなくて今に至る、って感じ?」
「……。」
「あの時俺相当テンパってたかも。普通に考えて駄目だよねあんなの。ごめんね。」
「なんだよそれ。…ほんとお前バカだわ。」
「あは、だよね。」
守谷が髪をくしゃりとさせて苦笑いをする。
(こいつ、こんな顔もするのか…。)
いつも余裕ぶってすかしている守谷の初めて見る表情になんだがくすぐったい気分になる。
そして守谷も自分と同じ思いを抱いていたということを知り、全身喜びで溢れ息が詰まりそうだった。
「…俺も守谷の言動を鵜呑みにして避けてたのは悪かったかな、と今は思う。」
「…うん。じゃあお互い様と言うことで。」
「や、待て。9割お前が悪いだろ。」
二人して笑う。
今まで守谷に対して向けられていた複数の刺が嘘のようにポロポロと剥がれ落ちていく。
そして理解できないと思っていた守谷の言動の本当の意味を知り、今は可愛いとさえ思える。
じんわりと温かく、ふわふわした気持ち。
これからはこの思いを二人で共有し大事にしていける。きっと、大丈夫。
「あのさ、俺初恋だから。」
「…そう。じゃあ、俺とお揃いだね。」
「まじかよ!てかお前エロそうだからこの先かなり不安なんだけど。」
「大丈夫大丈夫、一緒に勉強だね。」
「は、意味わかんねー。」
こうしてクラスの名物だった二人のじゃれあいは、ある意味本当のじゃれあいに変化し、一応の平穏を迎えた。
そして、福田の心配事。
守谷が経験はなくとも生まながらのエロの化身であることを思い知るのはもう少し先の話。
end.
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