あの夏(同級生、後悔)
夏は嫌いだ。
あの
生ぬるく湿った空気を、
汗がはりつくシャツを、
震える腕を、
涙で歪んだお前の顔を。
…思い出さずにはいられないから。
「あぁ、死にたい…」
「そ、シネバ?」
机に伏したままぼそりと呟く俺に向かって容赦ない言葉を浴びせるこいつ。
クラスメイトで悪友の市原。
1年の頃からクラスが一緒で、俺のことは何でも理解してくれる。
だからこそこの言葉が甘えからくるものだって、見透かされているんだ。
「…お前、冷たいね」
「本気じゃねぇくせに。そういうのウザイんだよ」
あぁ、きびしい。
でも不思議と嫌な気持ちにはならない。
「…うーん。これが愛か。愛故なのね?」
「きも。うざ。どっか行け」
「ふん、行きますよーだ」
ちょうど一服しようと思ってたところだし。
のっそりと立ちあがり、席を離れる。
「柘植、」
「んー?」
振り返ると、真剣な顔で俺を見上げる市原と目が合う。
…なんだよ。
しばらく見詰め合っていると、市原がため息をもらすようにして、息を吐く。
「お前は色々考えすぎなんだ。グダグダ悩んでないでもっと自分のやりたいようにやって、言いたいことを言えよ」
「…うっさいよ」
それで
失敗したんだ、俺は。
ジュースを片手に屋上に出る。(ボクはイイコだから煙草なんて吸わないよ?)
あー良い天気。
暑過ぎず、寒過ぎずで快適。
5月の乾いた空気が心地よかった。
手すりにもたれて空を仰ぐと、視界いっぱいに青が広がる。
(んー青い。青すぎる…)
ぼうっと空を眺めながら、俺はもう戻ることができない一年前の出来事に思いをはせた。
増川湊。
一年前までは毎日のように一緒に過ごしていた大切な親友。
本当に大事な奴だった。
自分の想いが親友以上の感情であることに気づいても、それに蓋をして我慢して、ずっと友人のフリを続けるべきだったのに。
突然気持ちが溢れてしまった。
湊を自分のものにしたくてしたくて、どうしようもなかった。
あの時の俺は、市原にも散々釘を刺されていたにも関わらず、異常なまでに湊に執着していて。
普通じゃなかった。
湊に怖い思いをさせたかったんじゃない。
暴力を振るいたかったわけじゃない。
なのにどうしてこうなったんだ?
「…っ」
掴んでいた手すりに力が入る。
俺は、
泣いて嫌がる湊を無視し、強引に体を開かせた。
あの時の絶望した湊の顔を、俺は絶対に忘れられない。
それ以来、湊との関係は切れた。
というか、俺を怯えた目でみる湊を見たくなくて、自ら遠ざかったんだ。
2年に進級しクラスも変わり、今ではたまに廊下で見かける程度。
俺は未だに湊に謝ることすらできておらず、後悔だけを引きずった毎日を過ごしている。
(叶うなら…)
叶うなら、
あの夏の日の俺を殺してしまいたい。
そうすれば傷つく湊を見ずにすんだのに。
そう考えて自嘲気味に笑う。
「っとに、今更だろ…」
自分の身勝手さに心底腹が立つ。
もう、二度とあの優しい笑顔が俺に向けられることはない。
好きだった。
ただ好きだった。
「湊、ごめん。好きになってごめん…」
伝えなければならない相手に聞こえるはずのない言葉。
あぁ…、もうすぐ夏が来る。
苦い記憶とともに。
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