アイザキガカリ
29
相崎への気持ちを自覚しても、何が変わるわけでもなかった。
それどころか、前より苦しくなったくらいだ。
相崎は俺のことを好きでいてくれたかもしれなかったのに、俺は無神経にもその気持ちを踏みにじってしまった。自分の馬鹿さ加減が嫌になる。
どうにかしようにも、もう時間は経ち過ぎていた。なにしろ最後に相崎に会ってから1ヶ月以上経ってしまっている。
佐々木誠司によると相崎は普通だったそうだし、きっと俺のことは彼の中ではもう過去のことになってしまっているのだろう。
俺にはもうなす術がない。
情けないが、これからどうにかしようという意気地もない。
ただ、もう片思いでいいから相崎の顔がみたかった。
会えたとしても、前みたいに俺に秘密を話してくれたり笑いかけてくれたりしてくれないかもしれない。だけど、それでもいい。相崎に会いたい。
俺はひたすら残り少ない夏休みが早く終わることを願った。
2学期になれば相崎は学校に来るかもしれない。
たとえ来なくても、きっとまたプリントの配布を頼まれるだろうから、そうすれば彼の家に行く理由ができる。
もしかしたら全部俺の思い過ごしで、そして佐々木誠司の言っていることがすべて嘘で、以前と変わらない相崎に会えるかもしれない。
…たとえそうじゃなくても、偶然会えるかもしれない。
他力本願だが、それが俺の希望の光だった。
とうとう長い夏休みが終わり新学期が始まった。しかしやはり相崎は姿を見せなかった。
新学期が始まって1週間は、先生やいろいろな奴に相崎はどうしたのかと聞かれたが、俺が言いよどむとみんなすぐに得心したかのようにそれ以上触れては来なかった。
そうなると俺は配布物が配られるたびに、まるでそれが相崎の家へ行けるチケットのように思えて心が躍った。
早く頼まれないだろうか。
まだだろうか。
しかし、担任はまだ相崎が登校することに望みをかけているのか、一向に俺に声をかけてこなくて俺は内心焦れていた。
ある日とうとう痺れをきらして俺は放課後に担任のところへ行った。
もしかしたら忘れていて、俺の顔を改めて見れば思い出すかもしれないと思ったからだ。
しかし、担任が口にしたのは予想もしないことだった。
「おう、市川。例のボランティアだけどな、2学期からは高田にバトンタッチだ」
一瞬、何を言われたのかわからなかった。
「…た、高田って、サッカー部じゃありませんでしたっけ」
自分の妙に震えた声が遠くから聞こえる。
サッカー部なんていつも遅くまで練習しているらしいじゃないか。なのになんで高田なんだ。
「あいつんち夏休みに相崎の家のちょい先のマンションに引っ越したんだよ。あの辺り今マンションばっかり建ってるからなあ。通り道だしちょうどいいだろ。市川にはいままで遠回りさせてごくろうだったなあ」
俺はもう「相崎係」ではなくなった。
俺と相崎をつなぐ糸は、確実に切れた。
いったいいつの間に職員室を後にしたのか。
気がつけば誰もいない教室の自分の席にいた。
どうしよう。もう相崎の家に行く口実がなくなってしまった。
高田が行くことで俺が相崎を避けていると誤解されたりしないだろうか。
それに今度は相崎が高田のことを好きになってしまったりしたらどうしよう。
片思いでいいと思ったはずなのに、そんな考えが俺を苛む。
もう相崎の登校を待ち続けることしか彼に会う術はない。
俺は頭を抱えて机に突っ伏した。
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