アイザキガカリ
27
映画を見た後、俺は気分がどうしようもなく沈んでしまって口数も少なくなり、裕介にものすごく心配された。
本当は夕飯を食べてから裕介の買い物に付き合う予定だったのだが、裕介の提案でそれは取りやめになった。
裕介とはバスの路線が違うので、先に来た裕介のバスを見送ってから俺はバス停のベンチに腰を下ろした。
裕介には悪いことをした。
友達に気を遣わせるなんて最低だ。
このままじゃいけない。なんとか現状を打破するべきだ。しかしどうすればいいのか見当もつかなかった。
ため息をついてバスのプリペイドカードを出そうと定期入れを探ると、ふと見慣れない色の紙が入っていることに気づいた。
佐々木誠司にもらった名刺だ。
心臓が鳴った。
佐々木誠司に聞いてみたらどうだろう。相崎が今どうしているのかを。
それさえわかれば俺の気持ちもいくらか安定するかもしれない。
たしか、佐々木誠司は何もなくても電話してもいいと言っていた。
俺は善は急げとばかりに携帯を取り出し、決心のにぶらない内にと名刺の裏に書かれた番号に電話をかけた。
しかし、長い呼び出し音の後、留守電になってしまった。
「………。」
しばらく考えた後、もう一度電話を書ける。
今度は母親宛でこれから映画を観るので帰宅がだいぶ遅くなるということを告げた。
母は快諾した。たぶん裕介も一緒だと思っているからだろう。
佐々木誠司に電話が繋がらなかった時点で諦めるべきだったのだろうが、何かわからない衝動に背中を押されて、俺は彼の店に直接行ってみることにした。
佐々木誠司が働いている店は大通りから一本通りにはいったところにあり、俺が想像していたよりも小さな店だった。
看板も本当に小さくでているだけで、俺は最初は気づかずに素通りしてしまったくらいだ。
佐々木誠司のイメージからもっとカジュアルで大きめな店を想像していたので未成年でもどうにかなるかと思っていたが、即刻つまみ出されそうな感じのちょっと高級そうな店だ。相崎は「普通の飲み屋」と言っていたが、その表現はあまり適切ではないような気がする。
俺はしばらく迷った後、追い出されたらそのときはそのときだと思い切って、ドアを押した。
ドアを開けると半地下になっていた。少し階段を降りたところに、また店名の刻まれた重厚そうなドアがあってその向こうが店のようだ。勇気を出すのはまだ早かったらしい。
そのドアの横には小さく「会員制」と書かれた札があって、それにもふたたび臆するところだったが、余計なことは考えないようにせず、俺はドアを開けた。
「いらっしゃいませ」
落ち着いた男の人の声が響く。
店内は薄暗く、ジャズのような音楽がかかっていた。
見回すと客はおらず、カウンターの中に年配の男の人が一人、そして佐々木誠司がそのカウンターの席にだらしなくひじをついて、何かピラフのようなものを食べていた。
「お待ち合わせでしょうか?」
年配の男の人に聞かれて思わず口ごもると、佐々木誠司がこちらを向いた。俺を見ると少し驚いたようだったがすぐに親しげな笑みを浮かべる。
「なんだ、カズキ君じゃないの。よく来たね。こっちおいで」
手招きされて、その横に腰を下ろす。
「あの、お久しぶりです」
「ほんと久しぶりやなあ。何か飲む?」
俺は断ったが、佐々木誠司はカウンターの中のバーテンらしい人にジュースでもだしてやってと言った。
てっきり彼はここで働いているのかと思ったが、そんな感じではなく、態度からしてなんだか偉そうな感じだ。
「――で、どの面さげてきたん」
その物言いにぎょっとして俺は彼を見た。
佐々木誠司は穏やかじゃない言葉とは逆に笑顔で、だけど俺にはそれが薄ら寒いものに感じた。
「あ、あの…」
「この店の場所すぐわかった?」
しかし次の瞬間には相好を崩し、優しくたずねてくる。
友好的なんだかそうじゃないんだかよくわからない人だ。少し怖い。
「はい。ちょっと迷いましたけど…」
「そっかー。なら、よかった。そうだ、俺が渡した名刺って今もってる?」
言われて差し出すと、佐々木誠司はそれをひょいと受け取り、灰皿に落としてライターで火をつけた。
名刺はあっというまに灰皿の中で小さく燃え上がる。
なぜそんなことをしたのかわからず呆然と彼をみると彼は愉快そうにのどの奥で笑った。
「君な、もう貴史と無関係なんやろ。なら自動的に俺とももう無関係」
「無関係って…」
「友達ですーなんてとぼけたこと言わないでね。振ったんでしょ?貴史のカレシになる子や思ったから、かまってやろうと思ったけどなあ。…ん?タカシのカレシ。これって洒落になりそうでなってない…。惜しすぎる」
なんとなく馬鹿にされていると思ったが、まったく気にならなかった。
それよりも佐々木の口からでた「無関係」という言葉にただショックを受けた。
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