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アイザキガカリ
25
 俺はとうとう妙な自己嫌悪に耐え切れず、膝を抱えたまま頭を伏せた
「どうした?気分でも悪いのか?」
 すると相崎が心配してきて、俺はどういったものかと少し悩んだ。
 だけどうまい言い訳は考え付かず、結局正直に話すことにした。
「や…。なんか相崎ってすごいなーって思って、自分が情けなくなってさ」
 なるべく卑屈に思われないように冗談めかして言ったつもりだったが、相崎はそれに真面目に答えた。
「すごくねえよ。俺は学校も行かずに好きなことしかやってないんだから、それなりになって当たり前だ」
 慰めてくれているのか、謙遜しているのか、本当にそう思って言っているのか。
 なんとなく本当にそう思って言っているような気がして、なんだか余計にいたたまれなくなる。
「でもさすがに俺ってこのままでいいのかなーとか突然不安になってきてさ。…相崎はないだろ、そんなこと」
 言ってからさすがにちょっと鬱陶しいかと顔を上げて相崎を伺うと、相崎は伏し目がちに迷うようにつぶやいた。
「…不安?」
 いつの間にか陽は落ちかけていて、雲の合間からさす夕陽が相崎を照らす。
 頬に睫の陰が落ちて、俺はそれに見蕩れた。
 不意に相崎が俺に視線を向けて、内心慌てる。
「前は別にそんなことなかったけど、最近よく考えるようになった。俺は今まで好き放題やってきて、しかもそれが許されてきた。それを当たり前のように思ってた。だけど、最近は」
 そこで相崎は言葉を切って、ため息をつくように息を吐いた。
「その見返りに本当に欲しいものは手に入らないんじゃないかって酷く不安になる。…なんの根拠もないことなのにな」
 そう言って取り繕うように笑う。
 すべてに恵まれているのに、この男にはまだ欲しいものがあるのかと驚いた。
 だけど不思議と彼を傲慢だとか贅沢だとかは思わず、ただ、相崎が欲しいものが手に入れられればいいのにと俺はぼんやりと願った。
 
 
 
 俺が帰るころにはすっかり日も暮れてしまっていた。
 相崎に家にまた寄っていけと誘われたが、今日は母に何も言ってこなかったのでそれは断った。
 実は少し名残惜しい気もしていたが、家に連絡するには少い遅い時間になっていたので仕方がなく、公園の側のバス停からバスに乗ることにした。
 相崎の家はバスに乗る必要はなかったが、俺の乗るバスがくるまで一緒に待つと言ってくれて、俺たちは何を話すでもなくただ並んで立っていた。
「相崎、夕飯もきちんと食えよ」
 沈黙は別に気まずいものではなかったが、ふと思いついてそう言ってみた。
「ああ」
「なんか俺、お前の飯の心配ばかりしてるよな」
 ため息交じりに言うと相崎は嬉しそうに笑った。
 
 今度、機会があったら相崎を夕食に呼んでみよう。母さんは相崎の大ファンなようだし、きっと喜んで了解してくれるに違いない。相崎が迷惑でなければの話だけど。
 
 そんなことを考えていると、ほどなくバスがやってきた。
 先頭に並んでいたので一番に乗り込んで、歩道側の窓際の席に座る。窓の外をみると、相崎が窓ガラスを軽く指で叩いた。
 たぶん開けろといっているのだろうと、窓を開ける。
「おい、秘密は守れよ」
 何を言うかと思えばそんなことで、俺は思わず笑ってしまった。
「小さい頃の野望のこと?それとも自転車の方?」
 からかい混じりに言うと、相崎は苦笑して両方だと答えた。
「今度、電話する」
 その言葉にまた会えるんだと俺は嬉しくなって頷いた。
 そして同時に「電話」という言葉に、頼まれていたことを思い出した。
 バスが発車する前にと慌てて言う。
「相崎。あのさ」
「ん?」
「あの、由梨ちゃんに連絡してほしいんだ。メールでも電話でも」
 言ったとたん、相崎の目が信じられないことを聞いたかのように見開かれた。
 綺麗な瞳がまっすぐに俺を捕らえて、それに射抜かれたかのように俺は続けるべき言葉を失う。
 一瞬、時間が止まったようにすら感じた。
 バスのドアが閉まるブザーで我に返り、頼まれたからと告げる前にバスは発車する。
 ゆっくりと車道へ進む間も、ただ俺を見つめる相崎に俺はなにも言えず、バスが加速してから慌てて振り返っても夕闇にまぎれて俺からは相崎の表情はよく見えなかった。

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あきゅろす。
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