アイザキガカリ
11
なんのことかと一瞬思ったが、プリントのことだと気づいた。
担任に言われて来ているだけなので感謝されると少しくすぐったい。
クリップを返されたくらいで性格が悪いなんて思っちゃってごめんなと心の中でこっそりと謝る。
見舞いに来てくれたし、相崎は多分いい奴だ。もっとたくさん話せば、いい友人になれるかもしれない。
相崎も学校に来ればいいのに。
もちろんそんなこと本人に言えるはずもないが。
「お前、放課後はいつも暇なのか?」
相崎はテーブルにペットボトルを置いた。
その仕種をなんともなしに目で追う。指が長くてちょっと筋張っている手。どこまでも整っているやつだと感心する。
「だいたいそうかな。俺、部活もやってないし予備校とかも行ってないし…」
「そのうえ女もいねぇんじゃ相当暇だろうな」
からかうような口調のせいか、悪意は感じられなかった。むしろそんな軽口が親しげに感じて、ちょっと嬉しいとすら思う。
「よく青春を無駄遣いしてるって叱られるよ」
そうは言いつつも、俺自身は特に時間をもてあましてるわけでもない。
友達と遊んだり本を読んだり、時々は勉強したり家族と話したり。そうこうしているうちに時間は経ってしまう。
ただ他人に指摘されると、いつも後ろめたさのようなものは感じる。大切な時間を無駄に過ごしているみたいで。
だから相崎の家に来るのは、ちょっと時間を有意義に過ごせてるみたいで、いつからか俺にとっては必ずしも面倒な仕事ではなくなっている。
「暇っていうのも悪いことでもねえけどな。それだけ考える時間があるってことだから。言いたい奴には言わせとけ」
慰めてくれているのだろうか。落としたのはほかならぬ相崎自身だが、その気持ちが嬉しくないわけでもない。
照れ隠しに持っているペットボトルをもてあそぶ。
「自分じゃあまり何も考えてない方だと思うけど…。心を入れ替えてこれからは人生について考えてみようかな」
そう言って笑ったとき、不意に肩に軽く何かがふれた。
見ると相崎が俺の肩をつかんでいた。その手と相崎の顔の近さに息を呑む。
「人生より面白いネタやるよ」
内緒話をするようにささやく、甘い声音。
だけどそれは本来なら同性からむけられる類のものではないはずで、だからだったのだろうか。俺は瞬時に反応できなかった。
そのとき何か言って言れば何かが変わっていたのかもしれない。
だけどそのとき俺はゆっくりと近づいてくる相崎の唇を避けることすらできなかった。
やわらかい。
そうただひたすら感じる一方で、どうして相崎がこんなことをしているのか。そのことが頭の中を渦巻いていた。
どうして?なんで?どうして?
いったいどのくらい触れていたのか、俺が静かなパニックを起こしている間に唇は離された。
薄く笑いを浮かべる相崎から、俺はぎこちなく目をそらしうつむいた。
相崎は俺が好きなのだろうか。
でも2回しか会ってない。
相崎はいわゆる同性愛者なのだろうか。
それとも、これは単なる悪趣味な冗談なのだろうか。
もしかして外国育ち?挨拶?
笑って受け流すべきか。怒るべきか。
だけどもしも相崎が俺のことをまかりまちがって好きなんだとしたら、そうすることで彼を傷つけることにならないだろうか。
冗談なんだとしたら、こうして俺が黙っているのは変に気まずくなるだけなんじゃないだろうか。
頭の中がぐるぐる回る。
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