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アイザキガカリ
10
 それから俺が相崎宅を訪れたのは期末テストの二週間前の金曜だった。
 来週からテスト準備期間ということですべての部活動は休みになるらしく、担任に俺のボランティアもテストが終わるまで無しだと笑って言われた。
 その日は雨が降っていて、土曜か日曜に散歩がてらに行ってもいいかとは思ったのだが、見舞いに来てくれた相崎のことを思うと、これしきの雨で訪問を先延ばしにするのは義理に欠いた行為のような気がして行くことにした。
 雨は朝から降っていて学校には自転車で来なかったので、相崎の家へはバスで向かった。
 そして、いつもより遅い時間にマンションに着いた。
 雨で渋滞していたとはいえ、自転車の方が早いなんてちょっとへんな感じだ。
 お約束の熊のクリップを片手にインターホンを押す。
 この間見舞いに来てくれたから応対してくれるなんてこともないだろうとも思ったが、意外にも相崎自身の声が聞こえてきた。
 『あがって来いよ』
 そして開かれることのなかった横の自動ドアがすっと開いて、苦節3ヶ月目にして俺はやっと相崎宅へ足を踏み入れることになった。
 
 相崎の部屋は18階の角部屋だった。まるでホテルのような廊下を歩き、部屋の呼び鈴を押す。
 すると待ち構えていたかのようにすぐにドアが開いた。
 「いつもより遅いな。今日はもう来ないのかと思った」
 まるで俺を待っていたかのような口ぶりがちょっと嬉しかった。雨にも負けずに来たかいがあるというものだ。
 「雨降ってたから今日はバスで来たんだ。そしたら渋滞しててさ」
 言いながら俺はプリントをだすためにかばんを開けようとした。
 「あがってけよ」
 「いや、夕飯時だし家の人に悪いよ」
 「俺一人だ。気にするな」
 一人暮らしなのかと問いかける暇もなく相崎は踵を返してしまう。俺はしばらく迷った後、遠慮や気後れよりも好奇心が勝ってその後に続いた。
 
 奥のリビングに通された。
 リビングは入り口からみて横に広く、入った右手には壁際に置かれたテレビと向かい合う位置にソファがあり、左手にはパソコンのモニターが4つもならんだ大きな机が置かれていた。
「すげえ。パソコン4台ももってんの?」
「いや、そこにあるのは1台」
「4つもモニターあるのに?」
「デュアルで使ってるから」
「へー。そうなんだ」
 相崎の答えはよくわからなかったが適当に相槌を打つ。俺はあまりこの手のことにくわしくない。
「お前ほんとは何言ってんだかわかってねぇだろ」
 あっさり看破されて照れ笑いを浮かべる。
「うん。実は。俺、こういうのってさっぱりわかんないから、できる奴って魔法使いみたいに思えるよ」
 感心してモニターを眺める。
 俺の部屋のテレビよりも大きい画面が4つもならんだ様はなんだかコックピットのようだ。しかし、それらにくらべてキーボードは妙に小さい奴が一個ちんまりとあるだけで、なんだかアンバランスなように感じた。
 ふと視線を感じて振り向くと、相崎は少し驚いたような表情をして俺を見ていた。
「なに?」
「…いや。何か飲むか」
 お構いなくと答えたが、相崎はキッチンらしきところへ消えていった。そしてほどなくもどってくると500mlの ペットボトルを二つ持ってきてそのうちのひとつを俺に放った。
 ソファに並んで座り、ウーロン茶をのんで一息ついたところで俺は鞄からプリントをだし相崎へさしだす。
「これ、先生から」
 相崎はそれを受け取り、ざっと目を通すと前のローテーブルにほうった。俺の手前したことかもしれないが、相崎が一応プリントに目を通していることが驚きだった。
「熊はどうした」
 俺はポケットからクリップをだしてプリントの上に置いた。すると相崎は満足げに頷く。もしかするとこのクリップが気にいってるのだろうか。なら返すこともないのに。
 やるよと一瞬言おうかと思ったが、ふと、逆にいらないから律儀に返すのではないかと思い直してやめておいた。
 プリントを渡し、リビングだけだがお宅も拝見し好奇心も満たされて、俺の用事は済んでしまい沈黙が訪れる。
 どうしよう。学校の話はおそらくタブーだし、唐突に時事ネタもなんか変だし、パソコンのことはよくわからないし、無趣味で話題の乏しいこの身が恨めしい。
 どうして一人暮らしなのか気になるが、なんだか立ち入ったことのようで訊きにくい。
「あのさ」
 思い切って口を開くと、吸い込まれそうなほど綺麗な瞳がこちらを向いた。なんだか心臓に悪いのでそのままの姿勢で聞いていただきたかったのだが。
「この間は見舞いありがと」
 いまさらではあるがとりあえず言ってみた。あのときは突然の来訪に驚いて礼を言い損ねていたのだ。
 すると相崎は礼を言うのは俺の方だと苦笑して言った。

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あきゅろす。
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