EternalKnight
壱話-1-<厄日>
<DREAM-6->
――あぁ、また俺は……この悪夢を見るのか。
十年前の光景が、脳内に蘇る。コレで何度目になるかすら解らないほど見た、悪夢――
追われている、追われている。バケモノに黒い怪物に追われている。
一体、ここは何処なんだろう。どうしてこんな事になってるんだろう。
そして……僕を背負った誰かは走っている。でもきっと、コレは僕が思っている人とは別の人。
否、恐らく人間じゃない。だってそうでも無いと、あんな速度で追ってくるバケモノより早く走れる訳がない。
そうだ、そう言うなら、さっきのは違うはずだ。●●●●じゃない筈だ。
だって、人間にあんな事は出来ない筈だ。人間の体を腕で刺し貫いたり、一瞬でとても遠くまで飛んで。
そんな事、人間に出来るはずがない。そうだ、きっとこれは夢だ。
だってそうじゃないと、今僕を背負ってる人は誰なんだ?
そう、僕を背負って走っていたのは……さっき●●●●に刺し貫かれた筈のケビンさんだった。
――悪夢の破片が薄れて往く。
悪夢の記憶から逃れるように、僕は僕の名を捨てる。
悪夢の記憶に抗うように、名を失くしたまま俺は生く。
そうして、意識は再び目覚めへと歩き始めた――

<SCENE001>――朝
――意識が覚醒する。中途半端に、断片だけだがまたあの夢を見た。
十年も前の出来事、ソレは今でも、あの悪夢の中で鮮明に描かれている。
胸くそが悪い、朝から最低な気分だ……いっその事寝直すかな……
そんな事を考えていると[コン、コン]と、扉を叩く音が聞こえた。
その音の前に、一切足音は聞こえていない……単に気分が悪かったから聞き逃しただけか?
それとも……足音を消して近づいてくる様な用件で訪ねてきた奴か――
否、ソレはない。そもそもそんな連中がドアを叩く必要はない。――じゃあ、誰だ?
依頼者にしても、《牙》の一員にしても、結局は俺の二度寝が叶わない事に違いはない。
扉の向こうに居る奴には聴こえない様に「はぁ……」と小さく溜息を吐いて寝転んでいたソファーから身を起こし、電気をつける。
そうして、俺は扉の向こうに聞こえるように――
「誰だ? 鍵なんて付いてないぞ」
と、気だるげに声を掛けた。
声を掛けた瞬間、この部屋と外界とをつなぐ唯一の扉が開き、その向こうから黒髪の俺に近い歳に見える少年……否、ガキが現れた。
「――なんだ、お前かクソガキ。テメェ、俺の二度寝を阻害するなんざ、随分と偉くなりやがったなぁ、おい」
そう言いながら、鋭い視線でクソガキを睨みつける。
「アンタが昨日、明日の朝俺の部屋に来いって言ったんだろ!」
なんて言い出した。俺……そんな事言ったっけ? そもそも、俺は昨日なんでクソガキにそんな事言ったんだ?
思い出そうと、起きたばかりであまり回らない頭を回転させていると、クソガキが痺れを切らして口を開いた。
「オイこら、なんだその『そんな約束したっけ?』みたいな表情は!」
《みたいな表情》ではなく、それそのものの表情なんだが……
考えても思い出す事が出来なかったので、クソガキに直接問いかけてみる事にした。
「なんでそんな約束したんだっけ?」
その俺の言葉に何かがキレたように、叫びを上げる。
「何でって、昨日の仕事であんたの足引っ張った俺を鍛えるんじゃねぇのかよ!」
「あ〜そんな事も言ったけ? 俺」
と、口では言うが、覚えが無い。
昨日コイツと一緒に仕事――無論俺個人の仕事ではなく《牙》としての仕事――をしたことは覚えてるんだが……
俺一人で十分な所を、このクソガキを連れて行った事によって、仕事の量は減ったが難易度は上がったわけで。
――どちらにしても他に才の無いこいつは、《牙》の一員としてはあまりにも実力不足だった。
セリアは超絶的な情報収集、処理能力。ケビンは天才的な科学者にして武器製造者。ラビも俺に並ぶ戦闘力を持っている。
なのに、このガキ……ケイジは、確かに一般的に見れば十分強いかも知れないが、俺やラビのレベルにはまだ程遠い程度でしかない。
俺やラビなら小さな研究所は単身で壊滅させれるが、コイツにはそれほどの力が無い。
まぁ、俺は覚えてないが、確かにコイツは鍛える必要はあるだろう。
「仕方ない、俺が直々にお前を鍛えたやろう。ただし……泣き言は聞かないぜ?」
そう言って、クソガキを見据えながらニヤリと口元を歪める。
「――望む所だ! 俺は何時までもあんた等の足を引っ張るお荷物で居る気は無い!」
元気だねぇ……もう一眠りして最低な気分をどうにかしたかったが、体を動かせば少しはマトモになるだろうし……行くか――
「さて、それじゃあ……早速だが移動しようか」
と、伸びをしながらケイジに告げた。その言葉に不思議そうに問いかけてくる。
「……移動って何処に?」
と、返してくる。そういえば、コイツってまだあそこの事知らないんだっけ?――なら、今から教えてやれば言いだけの事だ。
だから俺は今から向かう場所を指差して――握った拳を捻って親指をつき立てて、真下を差して、言ってやった。
「下だよ、下」

<SCENE002>――朝
ケビンの部屋にあるタンスを漁って、地下室への隠し階段を出現させ、そこを降りていく。
相変わらず狭いスペースに作られた螺旋階段は足場が狭く、灯りも無く暗いので足元が見え辛い。
その階段を下りている最中に背後からケイジが話しかけて来た。
「下って、ケビンさんの研究室があるだけだろ?」
「残念ながら、それだけじゃない。まぁ、見てからのお楽しみって奴だ」
と、振り返ってケイジの問いに答える。
因みにこの階段、かなり歩きづらい。俺はもう何百回と上り下りしているから、足元を見なくてもこの階段を歩く事が出来る。
この階段をまだ数度しか行き来していないコイツにとって、この階段で意識を他に向けて歩くと言う事は……踏み外す事を意味する。
「へぇ……あの研究室になんか仕掛けでもあるのわぁっ!?」
予想通り、ケイジは足を踏み外して、体勢を崩し、階段を転がり落ち始めた。
まぁ、普通なら後ろを歩いてた奴が転ぶと、前を歩いている奴も巻き込まれる。
だが、事態予想していた俺にとって、狭い階段とは言えどもそれをかわすのは容易に可能で――
そんな事を考えながら、最小限の動きで転がり落ちるケイジをかわそうとした瞬間、転がり落ちるケイジの腕が伸びて、俺を掴んだ。
「なっ!?」
――そう、このクソガキは、俺まで巻き込もうとしたのである……と、言うか巻き込まれた。
そして、俺とケイジの叫び声と、階段を転がり落ちる音がけたたましく狭い空間内に響いたのだった。
螺旋階段を綺麗に転がり落ちていた俺とケイジは、研究室の扉に当ってようやく停止する事が出来た。
「いッつゥ――このクソ、俺まで巻き込みやがって……」
階段の角で何度か打ったせいで痛みが走る。寝覚めも最悪だったし、今日は厄日なのか?
そんな事を考えつつ、痛みの走る体を起こす。俺の隣では、クソガキが倒れたままで居る。
どうやら気を失ったらしい。……打ち所が悪ければそれどころではないが――
そうこうしていると、ケビンの研究室の扉が開き、中から蒼のポニーテールの女……セリアが出てきた。
まぁ、中にいたのなら、先ほどの俺とケイジの声と、転がり落ちる音で様子を見に来てもおかしくは無い。
そして、俺とケイジに視線を向けて、一瞬何か考えたような表情をして、問いかけられた。
「あんた達……一体何してるのよ?」
まぁ、そりゃ当然だろう。ホントに何やってんだ……俺。

<SCENE003>――朝
意識を取り戻したケイジと、元々ここに居たセリアに引き連れられケビンの研究室を歩いて行く。
なんでもケビンが俺とケイジを見つけたら連れて来る様に言ってたらしい。
ここの構造は把握しているが、かなり広い上にモノの位置が何故か来る度に変わっているのだ。
故に、何処に居ると言う伝え方では場所などわからない。だからまぁセリアに道案内されている訳だ。
それについて行きながら、いつもの決まり文句の様な質問を飛ばす。
「んで、セリア。今日はなんかいい情報でも拾えたか?」
セリアはこの研究室にあるパソコン……俺が普段情報を引き出しているモノとは違うモノでだが、情報収集作業を行なっている。
情報収集といえば聞こえはいいが、やってる事はクラッキングなのだが。
まぁ、そうでもしなければ国家の重要情報など手に入る訳が無いんだが。
「相変わらず、さっぱりよ。重役連中のは管理も厳重だから少ししか無理、五聖天に至っては空っきしよ。まぁ、いつもの事なんだけどね」
もっとも、そんなに簡単に重役の情報や国家機密なんかを探し出せる訳無いのだ。
と、言うか……簡単にクラッキング出来る様になってたりしたら、それはそれで国家存続の危機とかじゃないんだろうか?
それでも、コイツは稀に国家機密等をクラッキングしてデータを持ち出したりしてる訳だが。
まぁ、それだけ腕があるからこそ、俺達《牙》の一員足り得るのだ。
「稀に国家機密クラスの情報をクラッキングしてるだろ? なら良いじゃねぇか……少なくともこのクソガキよりは――」
言いながらケイジを睨むように視線を飛ばすと、その俺の視線を顔をそらして合わせないようして、不貞腐れたように呟いていた。
「いいだろ、別に……俺はこれから強くなっていくんだから……」
「そうだなぁ、それじゃあ強くなる為にもこれからしっかりと鍛えてやらなきゃなぁ?」
言ってそらした視線をケイジの頭を掴んで強引に合わせさせた。
「あら、ネスってケイジを鍛える為に来てたの? 私はてっきりたまたまそこで出くわしただけかと思ったわ」
心底驚いたようにセリアが言う。まぁ、最初は乗り気ではなかったが、今はまぁ……確かにコイツを鍛えた方がいいと思う。
「コイツは俺やラビに比べるとまだまだ甘っちょろいからな、せいぜいこれからも生き残れるように鍛えてやるさ」
と、自分で言って妙に納得した。
「確かにね、まぁ頑張って」
返すセリアの声を無意識で簡単に返して思考を深く沈ませる。
そう、良く考えれば考えるほど、今のままでは俺達のメンバーとして役不足だ。
それが、昨日のように俺達の足を引っ張る程度ならまだいい。最悪コイツの命に関わる事になる。
それだけ、俺達のやっている事は危険だと言う事でもあるが――コイツは生意気なクソガキだが、仲間であることに違いは無いのだ。
だから、絶対に死なせないとは言わないけれど、せめて……俺に出来る範囲の事をしてやりたいと、そう思う。
――あぁ、そうか。だから俺は、昨日ケイジに稽古をつけてやる、だなんて言ったのか。
あの悪夢のせいで、そんな些細な事も忘れていた。……ホントに、最低な悪夢だ。否、そんなモンのせいで忘れてた俺の方が最低か……

<SCENE004>――朝
「――ネス、ケビンはそこに居るわよ」
そのセリアの声で、思考の中に埋没していた意識が戻って来た。
だが、突然引き上げられた思考は、周囲の状況を理解するのに一瞬の時間を要し「ぇ?」と間抜けな声を上げる事しか出来なかった。
それも一瞬で終わり、いかに自分が集中して考えに耽っていたのかがわかった。
「何、どうしたのよネス? 呆けちゃったりして?」
セリアが俺の顔を覗き込んでくるが、そのセリアを「悪い、ちょっと考え事をな」と、言って軽くあしらう。
「何よ……誰が案内してやったと――」
と、呟く声が聞こえるが、礼はまた後でいい。
ケビンが自分から、直ぐにでは無いにしろ呼んだという事はそれなりの事があるのだろう。
そうして、気を引き締めて、目の前で座っている金髪オールバック、上半身に白衣しか纏っていない変態……ケビンに声を掛ける。
「ケビン、俺達に話があるそうだけど、用件はなんだ?」
しかし、その声にも反応せずに、ケビンはイスに座ったままの状態で居る。……ついでに言うと瞳を閉じている。
もしや、と思い俺がイスに座っているケビンにさらに近づいて行くと「Zzz、Zzz」と、寝息が聞こえてきた。
いくら見つけたら来る様に伝えろと、何時来るか解らない指定をするにしても、寝てるのは無いだろ……それもイスで。
とりあえず、頬を軽く叩きながら「おい、ケビン。起きろ」と、肩をゆする。
すると「うっ……うぅん……」と、呻いて、意識を取り戻しかけた――が、その後直ぐに再び寝息を立てて反応をなくした。
もう一度名前を呼びながらゆするが、今度は一切反応が無い。いい加減キレるぞ?
ケイジ関連で落ち着きかけたが、今日は例の悪夢を見るは、二度寝は妨害されるは、階段から転げ落ちるは、散々なんだ。
「あぁーもう、まどろっこしい!」
なんで俺が、わざわざケビンを普通に起こす必要があるんだ? 普通に物理刺激で起こせば良いだろ?
そうだ、そうに決まってる。だから、一番効率よく物理刺激を与えれるこの拳で殴ろう。
うん、コレは起こす為に必要な事で、仕方ない事なんだ。うん、決定。そうと決まれば、後は殴るだけ――
と、俺が拳を構えた瞬間、ケビンが目を覚ました。それを見て思わず舌打ちしてしまったが、まぁいい。
「おはよう、ケビン。呼んでたみたいだけど俺達に何か用か?」
そう、目覚めたばかりのケビンに出来る限り悪意を込めた笑顔で言った。

――to be continued.

<Back>//<Next>

4/41ページ

[戻る]


あきゅろす。
[小説ナビ|小説大賞]
無料HPエムペ!