EternalKnight
VS災渦/災渦のトクォ
<SIDE-Tquo->
すぐそこで沈黙する敵を殺すた為、彼に絶望を与える為に用意した筈の私の手駒は……その体内に死の概念を餓え付けた女は――
「許してください、キョウヤ殿。手前は……」
そう呟きながら、鞘に収めた刃を抜き放って私にその刃を突きつけてきた。
「――何のつもりや?」
その姿を見て、まず口に出たのは疑問だった。この女は自分の立場が分かっているのか? 彼女の生死は本当に何の比喩でもなく私が握っている。なのに何故この女は私の前に立ちはだかっているのだ?
「アンタは死ぬのが嫌やから、ウチの側についたんや無いんかい? 何なら今すぐに死んでもらってもウチとしては一向に構わんのやで?」
「何のつもりも何も、手前は自分が成すべき事を成しているだけにすぎませぬ。そちらの側に付いたフリをして、隙を突く心算でありましたが……やはり手前にはそう言った芸当は向いておりませんね」
成すべき事を成しているだけ? それこそ意味が分からない――私に協力しないと言う事は即ち彼女にとっては死を意味する筈だ。で、あるのなら、死ぬ事が彼女にとっては成すべき事という事になる。
「アンタ……命が惜しくは無いんか? ウチに歯向かう言う事は、アンタにとって死ぬってのと同じ意味なんやって事ぐらい分かっとる筈や?」
「愚問でありますな。確かに命は惜しいですが、仲間を裏切ってまで命を繋げたいとは手前は思いませぬ――貴女には理解できぬ考えでしょうが」
確かに、その考えは私には理解できない。仲間を裏切ってまで命を繋げたいとは思わない? 何だそれは? そんな下らない……綺麗事の為にこの女は自らの命を棄てると言うのか?
「付き合っとれんわ、アホか――そんなに死にたいならウチが殺したる。まぁ、楽には死なせへんけどな? ジワジワと死が広がっていく感触に絶望して死にさらせや」
トキハの体内には、先程の口付けで飲み込ませた《災渦》の力……私が制御し抑制された状態の死の概念がある。
絶えず私の力で抑制されているそれは、私がその抑制を止め無い限りは何の害も無い物でしかない。
だが、私がその制御を放棄すれば、それを体内に抱えるトキハは、制御を失った死の概念に飲まれて死を迎える事になる。
故に、彼女の命は私の掌の上にある。その私に逆らうと言うのだ――愚かと呼ぶ以外になんと呼べばいいのか検討もつかない。
「そうでありますか、それは実にありがたい」
「はぁ?」
なんだこの女は? 一体何を言っている?
「手前を楽には死なせてくれぬのでしょう? であれば――死ぬまでの間、貴女が手前を殺すまではどんな形であれ戦えるのでしょう?」
「だから――それがどないした言うねん!」
何だこの女は? 理解出来ない。命が惜しいなどと言いながら、待ち受けるのは死しかありえないこの状況で、笑みとも取れる表情を浮かべて死ぬまでは戦えるのだと言ってくる。
「貴女には、説明した所で理解できぬでしょう」
言いながら、トキハは私に哀れむ様な視線を向けてくる。
その視線が気に入らなかった。状況としては圧倒的に私が優位に立っている私にそんな視線を向けてくるトキハが気に入らなかった。だからこそ私は……その表情を歪ませたいと思った。
己が死を目前としても諦めない愚者等、これまでもに何百と見て来た。故に、そういう手合いをどうやれば絶望させられるかを私は知っている。
理解しがたい事だが、こういう手合いには本人ではなくそのツレを傷つけた方が効果があるのだ。そして今この場に居るトキハのツレは――
……この男を絶望させる為にトキハに手を出したのだったな、そういえば。まぁ、そうであるなら――双方に同時に危害を与えれば良いだけだ。
否、トキハに関してはもう手を下すまでも無く、死の概念の抑制を緩めるだけで良い。ならば私は、無言で眉間に皺を寄せて棒立ちになっている男だけを相手にすれば良い。
「あぁ、そうかい。ウチは別に理解したくもねーから、別に構わへんよ」
言いながら巨大な鎌型の《災渦》を構えて、続けざまに「退けやトキハ。どうせアンタじゃウチの相手にすらなりゃせぇへん」そう言い放つ。
その言葉に対して「その言葉に従う理由等、手前にはありませぬ――故に、邪魔させていただきます」そうトキハは言葉を返してくる。
まぁ、コレくらいの答えが返ってくるのは予想の範囲内にすぎない。だがしかし、私と彼女が戦えば、その結果など火を見るよりも明らかだ。そんな結果を、私は望んでいない。
「それにな、そもそもアンタはもう戦えへん――言うたやろ? ジワジワと死が広がっていく感触に絶望して死にさらせってな?」
私が望むのは、トキハと男の絶望の表情だ。簡単に殺してしまってはそれを拝む事が出来なくなる。故に私は、トキハの体内に埋められた死の概念の抑制を緩める。
「なっ……ぁっ」
ただそれだけで、男と私の間で果敢に刃を構えていたトキハの表情が苦痛に歪み、そのまま構えも崩れる。
体の内側から死が進行していく感覚と言うのがどんなものか体験した事が無い故に分からないが、今まで試してきた全員が同じ様な反応を見せる以上、抗いがたい苦痛なのだろうと言う事だけは分かる。
「その表情も、別に嫌いや無いねんけど――やっぱ絶望させた時の方を見な満足は出来へんわ。まぁ、そういう訳やからそこで苦痛にもがきながら、野郎がやられる姿でも見とれや」
そう言って、私は胸に手を当ててもがくトキハの脇を抜けて、その光景を前にしても眉間に皺を寄せたまま動かない男の前に立ち《災渦》を構えなおした。

<SIDE-Kyoya->
加速した意識の中で術式を編み上げていく――始めの内は書き換える毎に術式の綻びが増える一方だったが、今はそれも落ち着いた。
《至高》の形として完成していた術式を弄る事は不可能だとすら思って今まで自身の能力を変質させようとしなかった。
だが、状況に迫られ、全力でそれに取り組んだとは言え、此処までに至る時間を考えれば、普段からそうしてよりよい形を目指して術式を編んで居たのならもっと楽に敵の少女に勝利できかもしれない。
そんな風に思考出来る程度には、術式の編纂は佳境に入っている。とは言え、今編んでいる術式はトキハを助ける為の術式であって、敵対する少女を倒す為のものではない。
故に、トキハを助け出した後、トキハと二人で目前の少女を倒す手立てを考えなければいけない。
思考している間に、少女と対峙するように聖具を構えていたトキハが「なっ……ぁっ」そんな音を漏らしながらその場で構えを崩す。
しかし、その表情は苦痛に歪むだけで、今すぐに死を迎えるような気配は無い――少女は、宣言どおり楽に殺すつもりは無いらしい。
ならば、間に合う筈だ。どの程度までの進行が致命的になるかは分からないが、苦しみ始めた今ならまだ間に合う筈だ。
更に意識を集中させて、幾つか綻びを抱える術式を精一杯の速度で変化させ、変質させ、編纂していく。それでも、術式の綻びは減ってはいるがなくならない。
精緻に至高の形に極まった術式を分解し似ている別の効果へと変質させる事は簡単な事では無い。術式を完成に近づけさせようとすれば、残りの数箇所の綻びを直すと同時に他に綻びが生まれる。
――順調に進めているつもりだった、もう直ぐ術式は編みあがると思っていた、このペースならばトキハを助けられると思っていた。
だがしかし、現実はそう上手くはいかない。完成を目前にまで編みなおした術式は、完成する事の無い袋小路に到達する。
本当は分かっていたのかもしれない、だからこそ今まではやろうともして来なかったのだ――それが、そんなモノが、こんな短い時間で仕上がる筈が無かった。
「その表情も、別に嫌いや無いねんけど――やっぱ絶望させた時の方を見な満足は出来へんわ。まぁ、そういう訳やからそこで苦痛にもがきながら、野郎がやられる姿でも見とれや」
加速させた思考を妨害するように、巨大な鎌を持った少女の姿が近付いてきて、それを俺に向けて構える。その脇には、胸を押さえてもがき苦しむトキハの姿が見える。
術式の編纂は終らない。直しては綻び、直しては綻びを延々と繰り返していく。
「さって……それでアンタはさっきから黙り込んで何のつもりや? まぁ、大方ウチを倒す手段でも考えとるんやろうけど、そんなもん考えるだけ無駄やで?」
術式の編纂は終らない。望む形に仕上げられない。残り三箇所にまで綻びを潰した、だけど、その三つのどれかの綻びを望む形に作り変えれば、また別の箇所で綻びが生まれる。
――俺が望む形は再現不可能だと言う事なのだろうか? 準最高位である《至高》の力を持ってしても再現出来ない能力だから、術式が完成する事無く綻ぶのだろうか?
そうであるなら俺がしている事は無意味で、そうでないなら未だに術式を完成させられない俺は無能だろう。
「しっかしまぁ、短い時間とは言え折角トキハが作った時間も何も出来ずに棒立ちたぁ、残念通り越して哀れやなぁ? けどまぁ、それもしゃーないわ、相手がウチやしなぁ?」
勝利を目前にいい気になったのか、そんな風に言葉を紡ぐ少女の声を聞き流しながら、諦めずに術式を編纂する。
何がいけない? 何故どうやっても綻びが消えない? 一つの綻びを埋めれば別のどこかで似たような綻びが生まれる――これでは完成のさせようが無い。
意識を限界まで加速させ、脳内で術式をめまぐるしい速度で変化させ、変成させ、変質させ、変態させ、編纂する――それでも尚、術式の完成には至らない、袋小路から抜け出せない。
「っぁ、ぐっ……」
トキハの呻き声が聞こえる。早く、早く、早く――早く術式を完成させてトキハを助けなければいけないのに、どれだけ頑張っても術式は完成に至らない。
「さって、流石にウチもこのままアンタの棒立ちに付きおう取るつもりは無いねん。やから、始めようようや――前の、続きを? もう、待ったは無しや、時間は十分にあった筈やしな?」
そう、少女は何事か紡いだ後、その手に握る巨大な鎌を構えて、中空を蹴って此方に詰め寄ってくる。
応じなければ拙い――術式の編纂に意識を傾けながら戦える相手では無い。否、そもそもこちらの方が格下なのだ、全力でやらなければあっけなく殺られる。
術式は完成しない。袋小路から抜け出せない。術式を弄っていては俺が殺られる。術式が完成しなければトキハは助けられない。否、そもそも俺が殺られれば誰がトキハを助ける?
この状況では誰が応援に来ても駄目なのだ、単にあの少女を倒せる戦力では駄目なのだ。少なくとも、あの少女が仕込んだという死の概念をトキハから取り除かない限りは、どうにもなら無いのだ。
それが出来るのは、俺の知る限りではきっと今組み上げているこの力だけしかない。
俺が防戦に徹すれば、俺は生き永らえるかもしれないが、トキハは少女が仕込んだ死の概念に殺される。
俺が術式の編纂に徹すれば、トキハを助けられる術式が完成するかもしれない。そして何より、敵対する少女は俺達を嬲って絶望する表情が見たいと言っている、故に簡単には殺されないかもしれない。
仲間が死ぬ策なんてありえない。相手の気まぐれや運で全てが瓦解する策等必要ない。だったら、俺が選ぶのは、この場で俺が成すべき事は――
「あぁ、そうだな……そもそも無理な話だったんだよ」
加速を乗せて振るわれた少女の一撃を、エーテルを可能な限り収束させて左腕で受け止める。刃に死の概念が乗っていないのなら、コレで十分事足りる。
俺を相手に死の概念を付与するのはエーテルの無駄と判断しての行動だろうが、お陰でこっちもエーテルを節約出来る。
振るわれた刃はエーテルを込めた事で密度を増した腕を両断する事なく、刃が半ばまで食い込んだ所で止まってくれた。
「――っちィ」
此方の回避か障壁での防御を想定していたであろう少女は、俺の取った行動に対して苛立たしげに声を漏らす。
勿論、それで止まってくれる等とは思っていないし、実際に少女は止まらない。
此方が刃を腕と止めたのを確認するのと同時に、腕に食い込んだ聖具を右腕で掴んだまま、左手を握り締めその拳を此方の顔面に向けて放ってくる。
当然、身体能力で劣る俺にはその一撃を回避する事など出来ない――だが、刃を左腕で受け止めてからその拳が俺の顔面に叩き込まれる前に、一言呟く事ぐらいは出来る。
術式は散々頭の中で弄り回した……故に、今は長ったらしい詠唱なんて要らない。唯、言霊を紡げばその術式は発動する。
この場で俺が成すべき事――それは、仲間を見捨てて生き足掻く選択でも、運に全てを委ねる自棄な選択でも無い。それは、僅かな可能性でも自ら力で勝利を掴む選択だ。
完璧でなくても良い。完全でなくても良い。望むのは唯、この場に置ける最高の――至高の術式だ。
故に綻びが残った状態のまま「《HarmonicSupremacy》」その術式の名を紡ぐ。
そして――放たれた少女の右の拳を顔面にマトモに受けて、俺は後方へと吹飛ばされた。

TheOverSSS――17/28
UltimateSeven――5/7
PerfectSix――4/6
KeyToSeven――3/7
――to be continued.

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