EternalKnight
VS炎陣/交差詠唱
<SIDE-Vass->
「自分勝手な事を言うでないわ、化物め。そも、拙僧はここで我等に敗れるお前に許してもらおうとも認めてもらおうとも思っていない――大人しく消火されて潰えるがよいわ、化物めが」
怒りに我を忘れている様に見える彼奴を挑発する様に啖呵を切る。
理想は彼奴が此方の言葉に反応して会話で時間を稼ぐ事だが、別にそこまでの期待はしていない。精々敵の怒りの火に油を注げれば十分だろう――怒りは動きこそ苛烈にするが思慮を奪うのだから。
「塵の癖に煩いわよ、貴方――良く分からない事を言ってる暇があるならさっさと灰になりなさい、塵は塵らしく灰になるのが道理でしょ?」
だがしかし、此方の意図は意味を成さなかった。或いは、そうするまでも無かった事を認識できただけ意味はあったのかもしれないが……
火に油を注ぐ? そんな事をするまでも無く、彼奴は怒りの炎に包まれている。此方の声など理解する事も出来ない程に、あの化物は怒りの炎に焼かれている。
それだけ分かれば十分だ。後は、彼奴の持つ聖具に此方の意図をつかませない為にブラフを撒けば良い。彼奴が思慮を放棄しているからと言って、彼奴の聖具も同じかどうかは分からないのだ。
「っ……聞く耳は持たぬと言う訳か。まぁ良い、そもそも汝と会話を長引かせる理由など無い拙僧には無い」
そう言いながら構えて、忌々しげな表情を装う。このままウィルフレッド達の切札とやらの準備が整うまで、拙僧に出来るのは時間稼ぎだけなのだ。
そんな風に思考している間に、炎に包まれた女が「《Engine-炎陣-》」と短く何か言葉を紡ぐ。
紡がれたその一語が意味するのは魔獣としての能力か、聖具の能力か、或いは彼奴の持っていた魔術の知識なのか……それは今の拙僧には知る由も無いが、全てをエーテルの塊として捉える悟りの力が、その能力の本質を看破する。
全身のエーテルの活性化、即ち身体能力の強化なのは間違いない。だが――密度と濃度のバランスが常軌を逸してるせいで能力の強化率が大まかな範囲でしか予測出来ない。
ならば、此方から仕掛けて相手の強化率を把握しなくてはいけない。性能が曖昧な相手にいきなり仕掛けられては、折角の悟りの力が宝の持ち腐れになりかねないのだ。
相手の強化が終るのを待たずに、正面から拳を握って踏み込む。能力の強化率を予測でしか捉えられない今、此方から仕掛けて予測を実測するのは悪い選択ではない。
少なくとも、此方から仕掛けるのであればある程度は調整が効き、幾らか最悪の結果にはなりづらい。予測範囲内の最高値であったとしても、甚大な被害を負う事はない筈だ。
思考を巡らせながら、握った拳を放つ。予測の範囲ではコレをかわされる可能性は九割を超えるが、その後に続くニ撃目までかわされる可能性は一割程度だ。
かわされ方次第では、ニ撃目へ続けずに距離を取る必要があるがその可能性もまた一割に満たない――筈だった。しかし、放たれた一撃目は予測を上回る速度で回避され、距離を取ろうとするよりも早く拳は捕らえられ、そのまま引き寄せられる。
掴まれた腕が炎に焼かれた痛みを知覚するよりも早く、炎の抱擁に包まれる。拙いと認識した瞬間には既に遅く、私を包み込んだ炎はその熱量を持って私の体を焼き払う。
絶え間なく全身を焼かれる痛みに苦痛の声が漏れ出す。それでも、途切れそうになる意識の糸を手放さずに密度の薄い炎の腕を掴み、引き剥がす様に力を込めるて、炎の抱擁を引き剥がし、再度捕まる前に、足場を形成して後方へと逃れる。
跳躍から着地までの僅かの間に先程の攻撃での此方の損害を確かめる。炎によって肌が焼け爛れ、エーテルをかなり奪われている……爛れた肌を修復するのにもエーテルが必要な事を考えると状況は芳しくない。
とは言え、相手の性能が概ね分かった事は大きい。見誤ったままで敵に仕掛けられたかも知れない事を考えると被害がこの程度で済んでいるのは決して今の行動が悪手ではなかった証拠だ。
だがしかし、決して良い手とも呼べないのもまた事実だ。今、拙僧がすべき事はあくまで時間稼ぎだ、敵の気を引きつけておかなければならない。故に――
「……ッ情け無い、能力の強化率を見誤ったか――だが、変わりに概ね理解させてもらったぞ」
態々口にする必要のない事を忌々しげに漏らす。全てはウィルフレッド達の切札に掛かっているのだ。未だに詠唱を始めていない事から考えてもそれだけ集中を要するモノであるのは間違いない。
ここまでやっておいて、彼等の集中を途切れさす様な邪魔をさせる訳にはいかない。
構えたまま、意識を集中させて、焼け爛れた皮膚をエーテルで補修する。実際の所、爛れた皮膚は再度焼かれる可能性を考えると放置していても構わないのだが、少しでも相手への挑発になりうる行為は行った方が良い。
「続きといこうではないか、化物。もっとも、焼かれた程度ではこうして修繕してやれば直ぐに元通りだがな? 大層な見た目に反してどうと言う事無いな、汝の炎は?」
その私の言葉に、女が反応を示す――先の一合で落ち着いた様に見えた怒りの炎が再燃する。コレでもう暫く、私が奴を引き付けて時間を稼げる筈だ。
そんな風に思考を巡らせている私の耳に「其はあらゆる場にあり」ウィルフレッド達の異質でありながら違和感のない声が届く。
遂に、彼等の詠唱が始まった――故にホントに厳しいのは此処からだ。流石に集中していた先程までと違い詠唱に敵が気付かない筈がない。
その上で二人を守らなければいけないのだ――どれだけ無茶で無謀であろうと、やるしかない。最早彼等の切札以外に頼れるモノは無いのだ。
「無限に姿を変え世界を支えしモノ」
異質でありながら違和感の無い声は、止まる事なく流れる様に紡がれていく――その詠唱に対して、炎の女は反応を示さない。
その思考には恐らく「煩い……煩いのよ塵の癖に! 焼いたのに灰にならない塵なんてあっちゃいけないの、だからそこの塵、貴方も早く灰になりなさいよ!」拙僧を、曰く灰にすることしか無いのだろう。
女が狂った様に叫ぶ最中も「その本質は永久不変」ウィルフレッド達の詠唱は続く。
この分なら私が女を挑発して、戦い続ける限り、ウィルフレッド達の詠唱が邪魔される事は無いだろう。
「古より世界を支え」
問題は、今の奴を相手にどれだけ持ちこたえられるか――か。悟りの力である程度動きの先読みは出来るが、それでも基礎能力は相手の方が上なのだ。後手に回るしか無い以上、敵の動き方次第では直ぐに手詰まりになるだろう。
(それでも、やるしかあるまい。唯一の救いはあの女が怒りに飲まれている事か?)
確かにそうだな、あの様子だとこっちが詰む様な状況には持っていかれないだろうとは思う――が、それでも厳しい事に変わりは無いし、裏を返せば彼奴が冷静さを取り戻せば拙いと言う事でもある。
「あはっ、あはははは、あははははははははははははは」「定められた役割を果す歯車」
激昂した状態から一変して、不意に壊れた用に女が笑い出す――怒りのあまり狂った……という事は無いだろうが、では一体どうしたというのか?
「不変、故に世界の記憶を宿す汝」
事前の集中の賜物なのか、豹変した女に反応する事なく、異質でありながら違和感のない声は詠唱を紡ぎ続ける。
「そうよ……別に遠慮する必要なんて無いのよ、塵を燃やすのが、私のするべき事なんだから」
怒りに歪んだ表情ののまま、声だけは楽しげに言葉を紡ぐ――ウィルフレッド達の詠唱を無視して拙僧にしか視線を向けていない辺りから察すに、まだ周囲が見えていない状態なのだろう。
急に笑い出した時には挑発が効きすぎて逆に冷静にしてしまったのかとも思ったが、そんな事は無かった様だ。
「其に宿る力の一端を我等に貸し与えたまえ」
だがしかし、表情こそ怒りに歪んだままだが、先程までとは雰囲気が違う――この違和感は一体なんなのか……ウィルフレッド達の詠唱に気付いていながらこちらにそれがばれぬ様に隠しているのか?
否、そもそも基礎能力に差がある以上、そんな小細工を弄さなくても、全力でウィルフレッド達の妨害に向かえば私には追いつけないのだ。態々そんな真似をするとは思えない。しかし、ならばこの一変した雰囲気と、先程の言葉の意味はなんなのか?
しかしその疑問の答えを、開かれた化物の口から紡がれた言葉によって理解する。
「燃えろ、塵。焼け尽くして、灰と成れ」「静かな、水面の波紋を消し去る静寂を生み出す為に」
詠唱――即ち、今よりもより強大な力の発現……そんなモノを許せばどうなるか、結果は試すまでも無く出ていると言って良い。故に、拙僧のすべき事は決まっている。
基礎能力で負けていようが、攻めるしか無い。後手に回る方が悟りの能力を活かせやすいが、そんな事を言っている場合では無い。
「消えろ、塵。万象一切、灰燼と化せ」「荒れ狂ううねりを鎮め、穏やかに安らげる世界を気築く為に」
拳を握り、力を練る。両の拳と足場を蹴る両の足に可能な限りエーテルを集約する。詠唱の長さにもよるが、チャンスは恐らく一度しかない。その一度のチャンスで、女が詠唱によって練り上げてきたエーテルを霧散させる。
そうしなければ、状況はさらに厳しくなる――否、悟りの力で捉えたエーテルの収束具合から考えれば、最悪その一度の能力の開放で我々は終ってしまう。
「我等を侵す存在は、何一つとも認めない」「魔力となりて駆け抜けろ、我が手に集いて凍て尽くせ」
そして、それを凌駕する程に収束しているウィルフレッド達の切札の予兆が見えるからこそ、絶対に止めなければいけないと強く想う。故に――
先ずは両の足に集約させたエーテルを解き放つ。今までの最良を凌駕する過去に無い程の速度で、小細工はせずに正面から女の元へと踏み込む。
「《炎陣ッ――」「其はあらゆる場にあり」
そして、力の名が紡がれるよりも早く、エーテルを集約させた右腕を叩き込む。過去最高の速度を威力だったであろうその拳は――虚しく中空を切る。
「業ォォォ火》!」
女が紡ぎ終わるのと同時に、拙僧の体は何の抵抗をする間もなく紅蓮の炎に飲み込まれた。
「ッ――世界を支える至高の奔流」
膨大な熱量に身を焼かれる中、最後に聞こえたのは、ウィルフレッド達の紡ぐ異質でありながら違和感のない声だった。

<SIDE-Racste->
「《炎陣ッ――業ォォォ火》!」
叫びと共に私を包む炎が一気に膨れ上がり、何を思ったか再び私に向かって踏み込んできた塵を焼き払う。
私を侵しうる塵を焼いた事で、少しだけ苛立ちから解放される――それでもそれは少しだけで、私の心は苛立ったままだ。
それが、もう抵抗など出来ないとは言え、私を侵しうる存在がまだ生きているからなのか、それとも何か別に理由があるのかが分からない。だから……焼いて燃やして灰にする、私の気が晴れるまで。
紅蓮の炎は未だに塵を焼いている――《炎陣、業火》の炎は侵した相手が完全に燃え尽きるまで消えない地獄の炎なのだから、まだ燃えていると言う事は生きていると言う事だ。
あの塵が、未だに灰に還らないのが気に入らない。あぁ、そうだきっとそれが私の苛立ちの原因なんだ。でも燃やそう、焼けるモノを見つけよう、何かを灰に還さないと、心が少しも落ち着かない。
「其の存在こそが原初の荘厳」
――何か音が聞こえた。否、ずっと聞こえていた気がする。一体何だ、この音は? 聞いているとあの塵を相手していた時の事を思い出して苛立ちが募る。
その音の発生元を探そうと視線を彷徨わすと、どこかで見た事のある二つの塵を見つけた。見た事があるけど、いつ何処で見たのかは思い出せない――だけど丁度良い、知らないなら燃やしてしまえば良いのだ、だって塵は燃やす為に存在しているのだから。
丁度《炎陣、業火》の能力はもう暫く続く――この塵も焼いて、さっき焼いた塵も合わせて灰になるのを見届けてから、他の塵も焼きに行こう。
そこで、ふと気付く。不快な音を紡ぐ二つの塵の手元に凄まじいまでのエーテルが収束している事に。
《炎陣》の最強の能力である《炎陣、業火》の発動の際に私が収束させるエーテルの量すら超えているそのエーテルの収束具合に、炎である筈の私の背筋に嫌な感覚が走る。
今の私は炎なのだから、気にする必要は無い筈なのに、収束しているエーテルの存在が気になって仕方ない。もし、万が一この塵達も先程の塵と同じ様に私を侵せるとしたら?
あれだけのエーテルの収束によって引き起こされる現象に、私は果たして耐えられるのだろうか?
莫大なまでのエーテルの収束に考える必要の無い事を思考してしまう。私は何者にも侵されない存在になった筈なのに。
「凍てつけ――」
塵の片方が、エーテルの収束した右腕を構えたまま、近づいて来る。私は、その場から動けない。そんな状態の私に、塵が近づいてくる。
「《白の静寂-SilentWhite-》」
低めの声で紡がれたその音は、力の名だったのか――紡がれた瞬間に収束したエーテルの集まる右の掌が輝いてその手は私の体に触れようと伸ばされる。
(何をやっている? それは塵なのだろう? ならばさぁ、我の業火で焼き払えよ。お前を侵せる存在など居ても居なくて同じだ――お前は全てを、焼いて燃やして灰にするのだろう?)
伸ばされた手が私を構成する炎に届くのと同時にその炎は膨れ上がり、目の前の塵は業火の炎に包まれた。
燃やしてしまえばどうと言うモノでも無い。結局私の炎と接触したこの塵の力は発現する事など無かった。最初の塵が私に触れれたのはあの塵だけの技術か能力だったのだ、どれ程のエーテルが収束した攻撃であろうと、私には効きはしないのだ。
「そうよ、それが正しいのよ、誰も私を侵せない、私の炎は全てを焼いて、燃やして、灰にする――それがこの世界のあるべき姿なの!」
感情を爆発させる様に叫ぶ――苛立ちはもう残っていない。これで暫くは心が落ちつくだろうと、そう安らぎかけた私の心は、良く分からない声が聞こえた事によって、深い怒りに包まれる。
「交差詠唱-CrossSpell-」
あぁ、そうだ灰に還すべき塵はまだ残っていた――そもそも、最初の塵もまだ燃え尽きていない。それなのに心が安らぎかけるなんて、きっと私はどうかしていた。
「まだ塵が残ってたのね――いいわ、貴方も燃え尽きかけてるあの塵達と同じ様に燃やしてあげる」
目の前の塵の手には先程燃やした塵と同じ様に莫大なエーテルが収束している。だけれど無駄だ、それは私には効かない。そもそも形を持たない私に何か影響を及ぼせる訳が無いのだ。
それが、先程の塵が燃やされる様を見ていて分からないのか? あぁ、それとも単なる自棄なのか? そう思ってみれば口元が綻んでいる気がする。まぁ、何だって良い、不快な塵は燃やすそれが私のすべき事だ。
そう考えを纏めて、私は業火の力を解放する――その直前で「《絶対停止-AbsoluteTheEnd-》」目の前の塵が何かを呟く。そして私自身である炎は膨れ上がった。

<SIDE-Cial->
ヴァーシュさんが敵の自身である紅蓮の炎に飲み込まれた。
それを目の当たりにして「ッ――世界を支える至高の奔流」助けに向かいたくなる気持ちを必死に抑えて詠唱を続ける。
そして、ヴァーシュさんが動けなくなったのなら、次に足止めに出るのはウィルだ。この術式は二人で編み上げるモノだけれど、術式の根幹を成すのは私の属性だから。私が集中を乱せば、ここまで編み上げてきた術式が霧散してしまう。
思わず「其の存在こそが原初の荘厳」詠唱を続けながらもウィルに視線を向けてしまう。
その私の視線に気付いたのか、ウィルは困った様な表情をして、それから真っ直ぐに私の瞳を見つめてくる。
ヴァーシュさんが抑え切れなければウィルが敵を押さえに行く、それは最初から決まっていた事だ。だから――否、そうじゃなくても、彼の言いたい事は私を見つめてくれる彼の瞳を見れば伝わってくる。
だから私は、言霊を紡ぐ詠唱の最中には他の言葉を口にする事すら出来ないから、唯うなずく事で彼を送り出す。
うなずいた私に軽く微笑んでからウィルは私から視線を外して、敵対する炎の化身に視線を向ける。
そして「凍てつけ――」と私達の切札から連想されそうな適当な言葉を紡いで、私を守る様に敵の前に立ち塞がり、自分から敵に向かっていく。
力を増幅させる為とは言え、二人で紡いだ詠唱であるが故に、術式の根幹を成すのは私だけど、ここまで練り上げてきたエーテルはウィルの手元に存在したまま霧散せずに維持されている。
「《白の静寂-SilentWhite-》」
そのエーテルの量に恐れを抱いたのか、炎の化身はエーテルの収束した腕を前に動けなくなっていた。まだ完成していない術式であるが故に、まだ触れても何も起こる事は無いのに。
ウィルが引き付けてくれている今の内に、私だけで残りあと少しの詠唱を終らせなければいけない。一人でこの詠唱を紡ぐのにはかなり辛いけど、きっとヴァーシュさんはもっと辛い思いをしただろうから。
そして、私が早く術式を完成させないと、ウィルもヴァーシュさんと同じ様に炎の化身に焼かれてしまうから――
「この手に集う……悠久たる其等に願う」
一人で紡ぐ事の負担は想像以上に大きくて――だからこそウィルに支えていてもらったんだと実感する。だけど、今は、今だけは私だけで紡がなければいけない。ウィルが焼かれる、その前に――
そう、思っていたのに……間に合わなかった。だけど、だから!
「我等に、絶対なる静寂をもたらす力を」「そうよ、それが正しいのよ、誰も私を侵せない、私の炎は全てを焼いて、燃やして、灰にする――それがこの世界のあるべき姿なの!」
勝利に酔うかの様に叫ぶ炎の化身の言葉を無視して、私は唯自分が紡ぐべき言霊を口にする。
「交差詠唱-CrossSpell-」
それは、私とウィルが二人で戦う為に作り上げた技術の名で、本来はもっと別の使い方をする筈のモノだ。今、私が試そうとしている力は、その技術の応用である偶然仕上がった力だ。だからその力は、はっきり言って不安定だ。
だけど、失敗は絶対に許されない今この瞬間、何故か失敗の可能性なんて絶対に無いと、何の根拠も無く思えた。
「まだ塵が残ってたのね――いいわ、貴方も燃え尽きかけてるあの塵達と同じ様に燃やしてあげる」
――燃え尽きかけている? と、言う事はまだウィルもヴァーシュさんも生きてるの? 炎に包まれたのと同時にもうウィルもヴァーシュさんも助からないモノだと、そう諦めていた心に僅かな希望が灯る。
本来ありえない領域の力を交差詠唱によって実現しようとしている為の重圧に苛まれて居るのに、表情が緩んでしまった気がする。だけど、まだ生きているならばこそ、早く助けてあげないといけない。
だからその為には、一瞬でも早く眼前の炎の化身を屠らなければいけない。だけれど、それはきっと難しい事じゃない――後は力の名を紡ぐだけで完成する私達の切札を持ってすれば、それはきっと簡単に出来る事だから。
「《絶対停止-AbsoluteTheEnd-》」
その力の名を解放して瞬間、炎の化身を構成していた炎が爆発的に膨れ上がる――それはウィルとヴァーシュさんの全身を炎で包んだ力だ。
だけど問題ない。力の名を解放した以上、私達の切札は力を収束した右手に接触すれば発動する。炎が膨れ上がるという事はそれ自体も炎の化身そのもので在る筈で――全身を包むという事はそれは力の収束した手に触れるという意味でもある。
そして、私の体が炎に包み込まれる瞬間――私に触れた炎は余す所なく凍り付いた。否、正しく言うのならば、その原子と因子の振動を停止させた事で、何の意味も与えられていないエーテルの塊となったのだ。
それが視覚として捕らえると凍り付いた様に見える、水属性Lv8――コレはそういう力-魔術-なのだ。

<SIDE-Wilfred->
全身を焼いていた炎が消える。全身が焼け付き、相当量のエーテルを奪われた様だが、俺はまだこうして生きている。
禄に動けないままの俺の視界には、凍った様に見える炎の塊が見える。そこから感じられるのは、停滞したエーテルだけで、あの炎そのものであった女は、俺達の切札で死んだのだろう。
その体を構成していたエーテルの炎は停止しているとは言え目の前に見えるが、魂はきっともう此処には無い。
水属性Lv8――接触した対象の原子と因子を完全停止させ、その存在を原子と因子の塊に変質させる力。《触れれば死ぬ》と呼ばれる強力な魔術。それが俺とシャリーの切札だ。
もっとも、この力が使えるのは偶然の産物であって、研究やらなにやらをした訳じゃない――聞いた話だと百年程しか生きていないのにLv8の魔術を行使出来るなんてのは前例が無い様な事態らしい。
まぁ、それを言ってしまえば俺とシャリーの《交差詠唱》事態が前例等無い技術らしいのだが、そもそも普段から《交差詠唱》の行使時とイメージして喋って慣らすぐらいの気持ちで居なければあの技術は実戦では使えないのだから、前例なんて在る筈が無い。
――まぁ、それはそれとして。兎も角、今は炎が消えたというのに全身に痛みを与え続ける原因になっている、この焼け爛れた肌をなんとかしたいのだが……生憎俺は自身の魔術としても、聖具の能力としても傷を治す様な能力は持っていない。
故に、聖具の基礎機能である自動的な修復で体を治しているのだが、無論そのペースはかなり遅く、まだ全身が痛む。
可能なら早くシャリーに治してもらいたが、俺よりも焼かれていた時間が長く、ダメージの酷いヴァーシュさんの方へ行っている様でまだこちらに来てくれる気配は無い。
焼かれたヴァーシュさんや俺は勿論、水属性Lv8の魔術を行使したシャリーもエーテルの残量が僅かしかなく、どうやらもう戦える様な状態では無いらしい。
知覚範囲を広げてみれば、まだ戦っている仲間達も居る様だが、そこへ応援に行く事などとてもじゃないが出来ないだろう。
「まぁでも、ノルマは果せてるんだし問題は無ッ――」
意味も無く声にだしてそう言ってみせると、それだけで焼け爛れた皮膚は激しい痛みを全身に与えてきた。どうやら今は考える以外の事は極力しない方がいいらしい。
虹色の空間に漂う様に浮かびながら、俺はそんな結論に至った。

TheOverSSS――17/28
UltimateSeven――5/7
PerfectSix――4/6
KeyToSeven――3/7
――to be continued.

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