EternalKnight
VS炎陣/触れ得ぬ者
<SIDE-Cial->
水の槍に貫かれた筈なのに、何のダメージも負っていない、それどころか「もう貴方達の攻撃は私には届かない――三人纏めて、焼いて燃やして灰にしてあげる」こちらの攻撃はもう届かない、と彼女は言い切った。
そしてその言葉は文字通りの意味だという事を、私は次の瞬間理解した。否、もう少し相手を見ていれば水の槍が彼女に当たる前に気付いていただろう。そして、彼女がそうなったのは直前の詠唱によってであるとしか思えない。
「全身を炎と同化させるなんて……」
「化物め……」
否、違う――あれは同化なんて物じゃない……完全に自分を炎に変えている。ヴァーシュさんが呟いた様に、アレは完全に化物としか呼び様の無い存在だ。
そして炎そのものと成って実体を失った彼女に物理的な攻撃は一切通用しない。形を持たない今の彼女には触れる事が出来ず、彼女の接近を許せばその炎に焼かれてしまう。
そして、あれだけの規模と熱量の炎を前に、私の持つ水の魔術の力をぶつけた所でその端から蒸発させられるのは目に見えている。それは即ち打つ手が無いという事で――それでも、試せるだけの事は試すしか無い。
――或いは、あの力なら倒せるかもしれないけど、実戦での使用経験も無く、且つ相手に実体がない事を考えるとそもそも発動するかどうかさえ怪しい。そもそも、詠唱の時間をどうやって稼ぐかも問題になる。
それでも、私とウィルには少なくとも他に手札が無い。ヴァーシュさんにも手が無いのならどれだけ不完全で不確実でも、私達はあれを試すしか無い。
そう考えを纏めながらウィルに視線を向けると、彼もまた此方に視線を向けてくれていた――考えている事は、私と同じみたいだ。だけれど、私達がそれを試すと言う事は、それまでの間、彼女をヴァーシュさん一人に抑えてもらうという事でもある。
戦いの始まる前にかわした会話を思い出す限りなら、ヴァーシュさんの戦い方は概ね近接格闘に特化しているらしい。近接格闘主体で恐らく物理攻撃を受け付け無い相手と戦う――それがどういう事なのかは考えるまでも無い。
そもそも、アレを使うつもりなんて欠片も無かった私達は、ヴァーシュさんにあの力について何も言っていない。詳しい説明も無しに時間を稼ぐ事だけを頼むのは、あまりにもヴァーシュさんに申し訳ない。
ヴァーシュさんに何か策があるならそれが最善なのだけれど、敵対する彼女に抗し得る何かが都合よくあるとは思えない。
あの力だって、実体の無い彼女に通用すると言う確証は無いのだ。その確証の無さもまた、ヴァーシュさんに頼みにくい理由なのだけれど――
【シャル――話はウィルフレッドから聞いた。お前達の切札とやらの発動までの時間稼ぎは任せてもらおう。生憎だが、こっちにはあの化物を倒しえる力が無いのでな。それぐらいは働かせてもらうさ。とは言え、そう長くは稼げんだろうがな】
不意に伝わってきたヴァーシュさんからの念で、私の悩みは全て無駄だった事を思い知る。そして、それと同時に途方も無いプレッシャーが私に圧し掛かってきた。
今のヴァーシュさんの念が意味するのはつまり、あの力が通用しなければ私達に打つ手は無いという事だ。仮に通用するとして――そもそも大前提として通用してくれなければ終わりなのだけれど――不発させる事もまた許されない。
実戦での使用経験なんてなくて、今までに数える程しか発動した事の無いあの力を発動させる……そうしなければ私達は彼女に焼かれ、殺される。
どれだけのプレッシャーを感じようと、もうそれしか手は無い。だったら覚悟を決めるしかない。元より、それしか道が無いのならそれを選ぶしかないのだ。
【分かりました、よろしくお願いします、ヴァーシュさん】
【あぁ、任せてくれ。汝等の切り札とやらの発動まで、なんとしてでも時間を稼いでおこう】
その念で話し合いは終わりだとでも言う様に、ヴァーシュさんは中空の足場を蹴って、真っ直ぐに炎と成った敵の元へと向かっていった。
私達は、ヴァーシュさんの作ってくれる時間を一秒でも無駄にする訳にはいかない。だから「いくよ、ウィル?」ウィルに始めの合図を送り「あぁ、始めようか、シャリー」彼もその合図に応じてくれた。

<SIDE-Vass->
【あぁ、任せてくれ。汝等の切り札とやらの発動まで、なんとしてでも時間を稼いでおこう】
そうシャルに念で伝えるのと同時に、足元にエーテルを収束させ、それを蹴って炎となった女の方へと向かっていく。
ウィルフレッド曰く切札とやらの下準備が済むまでには、精神を集中させる工程まで含めて凡そ五分程度の時間が必要であるらしい。
(確かにそこまで下準備が必要であるなら実戦向きでは無いのだろうが、今はその切札とやらに期待するしかないな)
全身が炎そのものになっているとは言え、結局の所それがエーテルである事に変わりは無い。炎と言う形を取った、密度の低いエーテルの集合体と言うのが今の敵の状態であり、密度が極限まで低いが故に物理的な攻撃はすり抜けてしまう。
(故に、エーテルによって編まれた全てをエーテルの塊として認識出来る今の御主ならば、密度を無視してそれに触れる事は不可能では無い――が、それはさわれるだけと言う事でしか無いぞ?)
分かってる《悟り》。形状的には大きな変化が無く、密度が低下してエーテルの総量は変わっていないのなら、それはエーテルが高濃度に圧縮されていると言う事であろう?
本来エーテルの濃度はその空間、或いはその器当たりにどの程度のエーテルが保有しているかで決まる。
その空間や器に対して濃度が一定の値を超えたところで今度はエーテルの増加に伴って密度が増えていき、それがまた一定の値を超えると再び濃度が上がっていく――と、言った風に密度と濃度がは上がっていく。
しかし、炎となった女はその法則を無視して密度を低いままに濃度を上げている。それがどれ程世界の法則から逸脱した行為なのかを彼女が把握しているかは兎も角、濃度の高いエーテルとの直接接触がどれだけ危険かは拙僧の知る限り前例が無い為計り知れない。
故に、さわれる事が戦える事に繋がらない。少なくとも炎と言う形状を取っている以上、外界への影響は熱量と言う形になるのだろうが、炎である敵に触れる事こそ出来ても、その炎が持つ熱量に耐えられるかどうかが分からない。
(しかし、高濃度のエーテルで生み出された炎とは言え流石に一瞬の接触で消し炭にされるという事は無いだろうな)
確かに拙僧もそうなる可能性は低いと思って居たが……その根拠は?
(大した事ではない、先程《愛恋》の契約者が放った水の槍を見てそう判断しただけだ――アレは命中して数瞬で蒸発した。一瞬で消し炭になる程の熱量なら、そもそも当たる事すらなく目前で蒸発していた筈だろう?)
なる程、確かにそう言われればそうか。そう納得するまでにかかったのは、加速した思考の中で《悟り》と念話をかわしたのは数瞬に過ぎない。そして、炎となった女の戦いが幕が開く。
大事なのは初撃だ――向こうは先程の宣言から察す所、此方の攻撃が当たるとは思っては居ない。それによって生まれた隙を突き、どの程度彼女に私の存在を危険視させられるかで私が役目を果せるか否かが変わってくる。
己に言い聞かせながら、握る右拳にエーテルを可能な限り収束させ、回避も防御をする気の無い女の顔に全力の一撃を叩き込む。
可能であればこの一撃で終らせる、その程度の気概を込めて、自身に可能な最速の踏み込みに、最高の一撃を乗せて拳を打ち出した。

<SIDE-Racste->
攻撃は届かないと忠告してやったにも関わらず、無謀な塵が拳を握って迫ってくる。その拳には結構な量のエーテルが収束しているが、だからどうと言う訳でもない。
全てを焼く炎そのものとなった私に物理的な攻撃は届かない。形が無い炎に物理的な力は通用しない。無論、炎を消す水が相手でも蒸発させるだけだ。
私を止める事は王を除いて誰にも出来ない。全てを焼いて燃やして灰にするまで、私は絶対に立ち止まらない。故に先ずは、全てを焼けるだけのエーテルが必要なのだ。それを今から私に迫ってくる塵から奪い取る。
方法は至極単純で、包み込む様に焼き、エーテルを奪いながら燃やして、吸い尽くした果てに灰にする。唯それだけの繰り返しだ、決着など直ぐに付く。
そうなるのが、正しい筈なのに――迫って来る塵を包み込もうとしていた私は、その塵に殴り飛ばされた。
錐揉み状に殴り飛ばされながら、思考が停止しかける。何が起こったのか理解出来ない。何で? どうして? 何故? なんで? 私は今、何にも侵されない炎である筈なのに――なんで私が燃やして糧にするだけの塵に殴り飛ばされているのか?
塵に殴られた頬が痛む。だけれどそれ以上に、私の中で疑問が渦巻く。どうして、どうして、どうして――私は侵す側の存在になった筈なのに、何故今またこうして侵されているのか?
理由なんて解らないし解りたくも無い――だけれどあの塵が私を侵せる存在である以上、アレの存在を許してはいけない、絶対に、今すぐにでも灰にしないといけない。
「許さない、認めない、私を侵す存在なんてあっちゃいけないのよ……」
塵は燃やされる為に存在しているのだ、炎に逆らって良い道理なんてある訳がない。
「自分勝手な事を言うでないわ、化物め。そも、拙僧はここで我等に敗れるお前に許してもらおうとも認めてもらおうとも思っていない――大人しく消火されて潰えるがよいわ、化物めが」
塵が何か言っているが聞こえない――否、塵のいう事なんてどうでも良い、耳を貸す必要すら無い。だから早く、早く早く早く、焼いて燃やして灰にしなければいけない。私を侵せる存在なんて存在してはいけないのだ。
「塵の癖に煩いわよ、貴方――良く分からない事を言ってる暇があるならさっさと灰になりなさい、塵は塵らしく灰になるのが道理でしょ?」
「っ……聞く耳は持たぬと言う訳か。まぁ良い、そもそも汝と会話を長引かせる理由など無い拙僧には無い」
何か言いながら塵が構えを取る。さっきは絶対に私には触れられないと思っていたが故にかわさなかったが、今度は違う。あの塵が私を侵せるのだと分かっていれば対策出来ない訳じゃない――回避出来ない速度では無いのだ。
「《Engine-炎陣-》」
呟く様に紡ぐのと同時に、炎となった全身を廻るエーテルが活性化し身体能力が跳ね上がる。私自身の願望から生まれた全身の火炎化にコレを加えた状態こそが私の全力だ。
溜めなければいけないエーテルを多く消費してしまうのであまり使いたくは無いが、私を侵せる塵を灰にする為になら嫌は無い。
全身のエーテルの活性化が終る直前に動き出した塵が、再びその拳にエーテルを集めて正面から迫り、踏み込み、拳を放つ。《炎陣》を発動させていなければ一撃目の焼き直しになったかも知れないその塵の振るう拳は、しかし私にかする事無く中空を切る。
その振りぬかれた拳をこちらから捕まえて引き込む様に抱き寄せる。どういう理屈かは知らないが、この塵を私に触れられる。故に触れられる事は許されないが、此方から触れる分には何の問題も無い。
私に触れられるからこの塵は私を侵せる。許せないのは、認められないのは、侵すのが私の側にだけ許された権利ではないからだ。私から触れて侵す分には何の問題もない。そう。私は常に包み込んで焼いて、燃やして、灰にしてきたのだから。
私に包まれた塵が苦痛の声を漏らす。そう、こうでなければいけない。私は炎でコレは塵なのだ、私が侵すと言う絶対の法則は守られなければいけない。
だと言うのに……塵が抵抗を続ける――私の腕の中でもがいて、抱擁を振りほどき、後方へと跳んで此方と距離を開いて生きあがく。私を侵せる以上、ある程度時間がかかるだろうとは思って居たが、こうして粘られると苛つく事この上無い。
とは言え、数秒だけとは言え私に包まれた影響でその体の大半は既に焼け爛れているし、エーテルも幾分か奪えた。この塵を灰にするのは最早時間の問題だろう。
「……ッ情け無い、能力の強化率を見誤ったか――だが、変わりに概ね理解させてもらったぞ」
此方が優位に立った事で少し心が落ち着き、塵が紡ぐ言葉の意味も理解できる様になった。そして塵の言葉に首を傾げたくなる。能力の強化率を見誤った? 概ね理解出来た? この塵はこの期に及んでまだ生き残れる気で居るのだろうか?
まぁ、何だって良い。思い上がっているのなら焼いて燃やして灰にして、魔獣に落とされてから自分の無力さを嘆かせれば良いのだ。

TheOverSSS――17/28
UltimateSeven――5/7
PerfectSix――4/6
KeyToSeven――3/7
――to be continued.

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あきゅろす。
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