EternalKnight
絶望の来訪者/刹那の力
<SIDE-Guren->
紡がれた詠唱を耳で捕らえるよりも先に、能力を発動させて加速したカノンがこちらに凄まじい速度で《刹那》を振り上げ迫ってくる。それを認識できている時点で、自分が今までと別次元の存在である事をしっかりと理解する。
確かに、能力を発動させたカノンは恐ろしく速い――だが、今の俺もそれには及ばずとも、戦いにならない程戦力が離れている訳ではない。何より、カノンが動き始めてから今この瞬間までに、これだけの事を思考できているのが何よりの証拠だ。
そして、思考する事が出来るなら不完全な状態でなら詠唱を必要とせずに能力を発動する事が出来る。俺自身が動いてカノンと戦うのは無謀だが、戦いとは己の持ちうる手札を如何に活用するかを競うものだ。
故に、自身とカノンの間に無数の刃を壁の様に配列したイメージを脳内に広げる。
詠唱を行わずに強引に術式を発動させれば、構築式が完璧では無いので生み出した物体は数秒しかその形状は維持出来ず、望む強度も再現はできない。だが、だからと言って無視出来る程、雑な創りの物を創造したりはしない。
(数は丁度100か。随分控えめな数だな、相棒。この程度の数なら倍でも造作も無く創造できるぞ?)
解ってるさ、相棒。だけど、下手に展開して味方を傷つける訳にはいかないだろ? だから創造した刃全ての位置を把握して、制御する。お前の知識を取り込んだ今の俺なら、100ぐらいならなんとかなる。
(そこまで考えなくても味方に被害は出ないさ、どうせ詠唱を破棄して創るのだから保って数秒な訳だしな)
数秒も保つんだろ? それだけ保つのなら万が一を考えて制御する必要があるだろ? それに、仮に必要が無いとしても価値は十分にあるだろ。
まだカノンが動き出してから一秒も経ってないのにこれだけ考えられるくらいには、俺達の思考速度は速くなったんだ、三秒ってのは案外長い。
(――まぁ、お前の判断に任せる。だが、それなら数はもう少し控えた方が良かったのではないか? 唯直線に打ち出すのと、制御し運用するのとでは勝手が違うぞ?)
言いながら、相棒は俺のイメージした位置にむき出しの刃を創造する。瞬間、カノンの動きが鈍るのを捕捉する――創造された刃の数に怖気づいた、とは思えないので、恐らく隙間を縫って進む為の策を探しているのだろう。
無論だが、そんな隙間を用意するつもりはない。創造された刃の群れを大きく迂回する以外に回避する方法は無い。
「C――」
思考しながら力の名を唱え始める。どれだけ思考する速度が速くなっても、どれだけ早く動く事が出来ても、舌の回る速度まではそう大きくは変わらない。
そして、能力一つがずば抜けているだけの最高位は詠唱を行えないのなら準最高位と大して違わないのだ、故に詠唱する為の時間を稼がなければいけない。
今展開した刃の壁を大きく迂回してくれたのなら、その間に詠唱を完成させる事が出来るのだが、ココまでのカノンの言動から察するに、そんな展開に成る事はまず無いと考えていい。
考えながら、生み出した無数の刃を、すり抜ける隙間も無い程に敷き詰められた刃の雨を、カノンに向けて打ち出す――彼我の距離は目測で十メートルを切っている。これ以上の接近を許してはいけない、詠唱をする意味が無くなりかねない。
迂回してくれるのが最良なのは言うまでも無い――が予想通り、カノンは刃の壁に正面から突っ込んでくる。
(やはり正面突破か。奴なら不可能では無いだろうが……少しばかり俺の力を甘く見すぎだろ? )
カノンは俺達の創造した刃の強度を知らない訳だし、状況から察すれば選択肢としては間違っていないだろう。否、迂回すれば此方の詠唱が完成するだけなので、最良の選択肢なのかもしれない。
だが、そう簡単に突破出来ると思うなよ、カノン。刃のエーテルの密度が低いと思って甘く見ていないか? 物質の強度ってのは、エーテルの密度で決まるモノじゃないって事、正しく理解でいてるか?
(啖呵を切っても俺と真紅にしか聞こえないぞ、相棒?)
つっても、声に出してるような時間は無いだろ?
(まぁ、その通りだがな)
相棒の相槌を俺が聞くのとほぼ同じタイミングで、カノンがその手に握る大剣《刹那》を振りかぶり、創造された無数の刃をなぎ払う様に《刹那》を振るいながら、刃の群れに飛び込んでくる。
その一振りはしかし振りぬかれる事は無く、何枚かの刃を粉砕しながらも、途中で勢いを殺されて停止し、こちらに向かってくるカノンの動きを大きく停滞させる。
その顔に張り付く驚愕の表情が今度は思案する為の停滞ではないのだと言う事実を明確に俺に伝えてくれる。
無論の事、《刹那》で叩き落されなかった刃の何枚かはカノンに命中し、その肌に決して浅くは無い傷跡を無数に刻み付けている――が、致命傷とは言えない程度の傷でしかない。
それでも、ダメージはダメージだ。致命傷ではないとは言え、あれだけのダメージが出ていて動きに支障がない筈がない。
「rea――」その間にも詠唱は進む。とは言え、思考の速度とは裏腹に、口から紡ぎだされる言霊は驚く程遅い。
そうしている間に、カノンの顔に張り付いていた驚愕の表情は、歓喜の表情へ変わっていく。
(解ってはいたが、大した戦闘狂っぷりだな、しかし。刃が何本も自分の体に刺さっている状態であんな表情は出来ないぞ、普通?)
詠唱を放棄して構築した刃が崩壊するのには凡そ三秒の時間が必要となる、今の時点では残り二秒半程だろうか? まぁ、そんな事はどうでも良いのだ。
どうせ今よりもっと多い数の刃に体を貫かれるのだから、今ある数個の傷跡の事などどうでも良い。今必要なのは、詠唱を完成させた際に展開する術式をより隙の無い物へと昇華させる事と、それを発動させる為の時間と距離を稼ぐ事だ。
しかし、一撃で何枚か刃を砕かれるの予測してたが、一撃で十枚も持っていかれるとは思ってなかったぞ、畜生。やっぱこっちも少し甘く見てたみたいだ、ありゃ本当に化け物だぞ。
『まぁ、相性ってのもあるんだろうが、その化け物を相手取れてる俺も十分に化け物か……最も、化け物でもなんで、守る為の力があるなら俺はそれでいい。力なんて物は、使い手しだいで何にでも成る訳だしな――っと』
そこで、気付く。正確にはその音を聞いて気付いた。記録している映像を早回しにした時に聞こえる様な「T――Ac――」そんな何かの音を俺の耳が捉えた時にはもう既に遅かった。
無数の傷跡を残したままのカノンが、ココに来てもう一段階急激に加速する。それによって進入を許しては行けない限界点を容易に超えられてしまう。
拙い、ここまで接近されたのなら、今脳内で図面を広げている能力じゃ詠唱が完成しても行使出来ない。なら、どうする? 別の手を考えるのか? もう目前までカノンが迫ってきているのに? 否、それ以前に何故このタイミングで急激に加速してきた?
(違うよお兄ちゃん、カノンは別に早くなんてなってない、私達が遅くされてるのよ――さっき私達が打ち出した刃の壁が、あんなにゆっくりと動いているんだもん、間違いないよ)
!? 確かに、俺達が急激に遅くなったのは間違いない。周囲を見てそれらしい痕跡が多い。だが、しかし――
(唯でさえ出鱈目な戦闘能力と自分が加速するチートじみた能力を持っているくせに、その上でまだ《相手を停滞させる能力》だって? 本当に準最高位なのか、あの聖具は?)
「tio――」
距離を詰められた事で、今更発動しても無駄な術式になってしまったというのに、それでも未練がましく詠唱を続ける。否、術式を展開するのは詠唱の終了後だ。最後の一音を発する前に、別の攻撃を今からでも組み上げる、それしか無い。
だがしかし、そんな俺を嘲笑うかの様に、カノンが距離を詰めてくる、彼我の距離が《刹那》を振るえば届く距離に入るまで、もう時間が無い。
停滞させられた今の俺には後退して距離を取る事すら許されない。否、後退するという選択肢は存在するが、それが意味を成すとは思えない、それだけの速度差がついている。
このままでは拙いと分かっているのに、動く事が出来ない。何をするにしても、もう時間が無い――反撃の糸口が見えない、その場しのぎな妥協案しか浮かんでこない。
だが、その妥協の先にあるのは行き止まりだ。一度守勢に回ってしまえばそこから攻勢に移るのは難しい。妥協を重ねれば重ねる程、反撃の糸口も逃げ場も無くなっていく。ならば、一体どうすれば良いというのか?
(それでも、反撃の糸口が無いなら妥協しちゃえば良いんだよ)
――なっ!? 何を言ってるんだ、真紅?
真紅の突然の言葉に戸惑いを隠せない。無論、そんな俺に構う事無く、カノンはさらに距離を詰め、遂にその手に握る《刹那》を振るう。
それ以外に選択の余地は無く、首筋を狙って振るわれたその刃を止める為に、それが妥協案であると理解しながらも、もう一度詠唱を放棄して能力を行使する。今度は攻撃の為ではなく防御の為、振るわれた《刹那》を阻む盾をイメージして。
(お兄ちゃんの考えるとおり、妥協すればするだけ私達の取れる選択肢は減っていくかもしれない。でも――戦ってるのは私達だけじゃないんだよ?)
魂に響く真紅の声と、耳元で響く《刹那》と創造した盾の激突する甲高い音が同時に俺に届く――真紅のその言葉の意味を深く考えられる程、今の俺には余裕が無い。
(確かに、戦っているのは我々だけではないが、相手は最高位だろうと容易に追い詰められる《刹那》だぞ? とは言え、一度守勢に回ってしまった以上、もう後戻りは出来んか……)
カノンが放つ《刹那》の一撃が次は何処に放たれるのか、それを防御する為にはどの程度の強度の盾が必要なのか、そもそも、同じ方法で俺は何処まで防ぎきれるのか、頭の中はそんな疑問で満ち溢れていて、とてもではないが他の事を考える余裕が無い。
(今の様子だと持てばあと十数撃程は耐えられるだろうが、そこまでが限界か――そもそも、下手をすれば次の一撃で終わってもおかしくは無い。反撃の糸口が在るとすれば、直に終わる詠唱による能力の発動だろうが、今の相棒では良い手は打てないだろうな)
(ねぇ、銀さん……私は皆を信じてるけど、銀さんはそこまで期待はしてないんだよね? だったら、どうしてお兄ちゃんが追い詰められてるのにそんなに平気そうにしてるの? 私は皆を信じてるけど、それでも不安だよ?)
相棒と真紅が何かを話しているが、最早その意味を理解する事も出来ず、ただ音として聞き流しながら、カノンの放つ攻撃を防ぐ様に盾を再度展開する。
(平気では無い、グレンは俺の相棒なんだ。だが、だからこそ俺が焦っても仕方ないだろう? 俺に出来るのは相棒のイメージを形にする事と、アイデアを貸す事ぐらいしかない――最高位なんて呼ばれても、出来る事はそれぐらいしかない)
何度目かの激突の金属音が響く――完全にジリ貧だ。このままではいつか必ず防御が間に合わなくなる。手元に残っているのはココまで紡いできた言霊を完結させる事によって生み出せる力のみで、それで状況をひっくり返せないならもう手は無い。
だというのにカノンの攻撃は俺に考える暇を与えてくれない。そんな事を考えている間に更なる追撃が今度は胴を両断する軌跡を描いて放たれる。
「L――T――」
また、記録していた映像を早回しにしたような音が聞こえた、今度は先程とは少し違う声色だったような気が――と、思った次の瞬間には、世界は加速し、カノンは停滞した。
急激にカノンの振るう刃の速度が落ちた。この程度の速度なら、態々盾を展開するまでも無く、身を引くだけで十分に回避できる。
世界の急激な加速と、カノンの急激な停滞の理由は分からない――否、逆か、停滞していた俺の時の流れが元に戻り、加速していたカノンの時の流れも元に戻った、たぶん事実はこんな所だ。
だけど、それもまた今はどうでも良い事だ。今は詠唱を完結させて、俺でも容易に捉えられる速度にまで減速したカノンに、詠唱を含んだ上での《創世》の力を叩き込む、それだけで良い。
「――nッ!」
そして、詠唱が完結する。組み立てる力を難しく考える必要は無い、今のカノンになら回避出来ない全方位攻撃なんて事をする必要も無い。カノンは直ぐに目の前に居て、《刹那》を大上段から振り下ろそうと大きくその刃を振り上げている。
唯、一撃。強烈な一撃があれば事足りる。この距離なら武器は必要無い。否、カノンが遅くなったとは言っても元の速度に戻っただけにすぎないのだ――振り上げられた刃は、直ぐに振り下ろされるのだ、今から武器を振りかぶっていては間に合わない。
故に――

TheOverSSS――18/28
UltimateSeven――4/7
PerfectSix――3/6
KeyToSeven――2/7
――to be continued.

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