EternalKnight
神速居合い
<SIDE-Chrono->
眼前にいたカノンが姿を消す。当然の様にエーテルの反応も捕捉出来ない。僅かながらでも目で追えていた先程までよりも、さらに速い。
時の流れから切り離されたその速度の前にしては、例え同じ準最高位であろうと、時に縛られた身では知覚する事すら出来ない。
だがしかし、知覚出来ないとしても、相手の次の手が読めるのならば、対抗出来ないと言う訳ではない。
そも、己が速度に自信があるのならある程、自身の攻撃が防がれるという事態を想定できなくなる。
故に、その動きは威力重視の大振りの超高速モーションと言う事になりやすい。
そして、カノンの聖具の形状は大剣であり、先程までの打ち合いでも大振りなモーションしか取っていなかった。
もっとも、それだけ分かっていてもその速度の前に隙を突く事すら出来なかったというのが事実なのだが。
それは兎も角、どれだけ速く動けようと、大振りのモーションである以上、一度そのモーションに入り始めれば、その動きを途中で止めるのは難しい。
そして、私には相手の思考が読める。つまりは――どれだけ速く動こうと、どう攻撃するか考えてから実際に攻撃が届くまでには致命的なラグが存在する事になるのだ。
故に、私にはそのラグを利用して攻撃を捌くという方法が残されている。
もっとも、そのラグすらも、恐らく本当に僅か一瞬であり本当に捌けるのかどうか分からないのだが……それでも、やるしかない。
そうして私は、伝わってくるカノンの思考を頼りに、右側の何も無い空間に向かって己が身を守る為の一太刀を放つ。
瞬間、腕に強大な衝撃が伝わりそれにホンの一瞬遅れて甲高い音が響き火花が散る。
その火花が消えきる前に、強引に振るった刃を反し、頭上から迫って来るであろう一撃を迎える様に切り上げる。振り上げられたその刃は、再び甲高い金属音と火花を放つ。
それと同時に、腕にも強大な負荷がかかり、刃を掌からこぼれ落ちそうになる。それをなんとか阻止せんと、二度の衝撃で麻痺しかけたその腕で必死に握りこむ。
だが、唯の二撃で攻撃が止む筈は無く、当然の様に三撃目が放たれる。思考が、流れ込む。
【くっだらねぇなぁ、エェオィ。クソッ、やっぱ唯のブラフかよ。ったく、期待させやがってよォ】
その瞬間、伝わってくるカノンの思考は失望に満ちていた。だがしかし、失望感とは相手が期待外れだったと認める事であり、その感情が油断を生まない道理は無い。
失望が産み落としたその油断、拾わない手は無い。私にはまだカノンに見せていない技が、切り札が存在するのだ……諦めるには早過ぎる。
背後より迫り来るのは、当たれば決殺必死の威力を持った、広範囲をカバーする大剣の横薙ぎ。
この体勢からではかわせないし、今更防ぐ手立ても無い。手元にあるのはただ、抜き身の刀身、準最高位の聖具《銀河》のみ。だがしかし、それで十分だ。
後は、必要な物を強引にでもエーテルで間に合わせででも作れば良い。グレンやクオンの作るような小奇麗で完全な物質が必要な訳では無い。
必要なのは、剥き出しになった刃を納める為の鞘と言うその形状だけなのだから。
瞬間、《銀河》の周囲にエーテルのみで作られた無骨な鞘が完成し、その刀身は完全に鞘に収められる。
その間にも決殺必死の刃が迫る。極限まで集中し自身に出せる限界を超えているのではないかと思う程の速度で必要な動作を執り行う。
空だった左手で生み出されたその鞘を掴み、柄から右手を離して掴んだままの左手で腰元に引き寄せ、残った右手で改めて柄を握りなおす。
背後から迫る一撃に相対す為、振り向きながらその動作を実行して、迫る一撃を迎え撃つ。
この間が一体どれ程の刹那でのやり取りだったのか、限界を超えて加速した思考を持ってしても、それを考える為の時間すら無い。
今考えられる事は唯、自身が持てる技量の全てを行使してでも最良の結果を残す事のみで、私はただ己が技に全てを託す。
鞘に納まった《銀河》を鞘から滑りださせる様にして加速させて、その刃を解き放つ。
その速度は、限界を超えて加速した思考と肉体を行使して放つ事によりさらに速さを増す。正真正銘、神速と呼ぶに相応しい一太刀。
聖具の力ではなく、私自身が身に付けた力。その一太刀を放った瞬間に見えたカノンの表情は、喜びに満ちていた様に思えた。
そして、刹那の攻防。二つの黒刃は衝突する事なく交差して、二つの刃はそれぞれ別の傷を生み出す。
巨大な《刹那》が生み出した傷は、腰の辺りから右の肩口へ抜けるように深々と刻み込まれた傷。傷口からは鮮血が噴出し、その端から金の粒子に変わっていく。
――それでも致命傷ではない。その気になれば同じ軌道で両断する事すら不可能ではなかった筈なのに、だ。どうやら、こちらを殺す気は無い、と言うのは本当らしい。
対して《銀河》が生み出した傷は、首筋に走る切傷だけで、そこから流れ出る血もまた大した量ではなかった。
狙ったのは首と胴の分離。しかしカノンの一撃が生み出した衝撃と痛みで狙いがブレて、結果的に首の皮一枚しか斬る事が出来なかった。
血が、エーテルが抜けていく。それによって、限界を超えて加速した思考が徐々に元に戻っていくのを感じる。発動していた能力も、その効力を失っている。
肉体の方も、限界を超えて行使させたせいか殆ど動いてはくれない。痛みは無い、深々と刻まれた袈裟切りの傷も含めて、どこも痛くは無いのだ。
痛みが無い、か。全身に広がっているであろう苦痛と、強大な切傷が生み出しているであろう激痛の二つが重なれば、身体も痛みを遮断する他なかったのだろう。
身体は全く動かない。遮断されているのは痛みだけでは無いらしい。このまま誰も来なければエーテルを大量に失って死ぬ他に道は無いだろう。
だが、問題なのはそこでは無い。私が動けないと言う事は、カノンが自由であると言う事を意味する。そして、自由になったカノンがする事とは何か?
『これであっけなく死んだりすりゃお前ェ……速攻で此処に戻ってきて残ってる雑魚共、皆殺しにすんぞ?』
脳裏に、カノンの放った言葉が響く。私はまだ死んではいないが、先程までに読み取った思考から考えるに、カノンには私を無理にでも殺すつもりは無い。
殺してしまっても仕方が無い、と言う考えも読み取れたには読み取れたが、決着がついてしまった今では、もう一度戦う為に生き残らせたいと思ってすら思っているだろう。
故に、カノンの言う残りを皆殺しにすると言う件は俺が戦闘不能になった時点で実行されてしまう事に繋がる。
それが実現される事だけは絶対に阻止しなければならない。私の無力さで、これ以上誰かが犠牲になる事等あってはならない。
まして、そこにエリスが含まれるのなら尚更の事だ。何があってもエリスを守ると、その誓いだけは誰にも侵させはしない。
それが私の、生きる意味であり、目的だから。だけれど、どれだけそう思っても身体は動かない。いや、動いてくれない。
動くのは瞳と脳だけで、他の部分はどれだけ動かそうとしてもまるで動かない。故に、正面に向かい合ったままでいるカノンの動きが全て情報として伝わってくる。
瞳は動かせても頭部は動かない。故に、視線をそらす事が出来ず、カノンの動きの一挙一動を全て見せ付けられる。
大剣を右手一本で力を込めずにダラリと下げ、残る左腕で自らの首筋に付けられた傷に触れたまま、カノンは笑っていた。
声を殺す様に、そして心底楽しそうに、カノンは笑っていた。その姿があまりに異様で、瞳をそらしたくなるが、それも出来ない。
その光景から逃れようと目蓋を閉じる事さえ、今の私には自由に行う事が出来ない。
やがて、カノンは自らの首筋の傷から手を離し、今度はその指先についた赤色に視線を移した。
その指についた赤が金の粒子になって完全に消えるまでカノンは自らの指先を眺め続け、それが終わると同時に、遂にカノンが口を開く。表情は笑ったまま崩れない。
「かはは、最後の一撃、中々良かったぜェ? しっかし……あの野郎との戦い以外で冷や汗かいたのなんざァ本当に何千年振りだろうなァ?」
心底楽しそうに、カノンは言葉を紡ぎ、こちらの答え等気にしていないかの様に言葉を続ける。
「ところでよォ? 最後のアリャ、一体なんだ? 《刹那――Ksana――》を使ってる俺が全力で回避しても通常の時間に縛られたまま当てれる技なんて、尋常じゃねぇぞ?」
まぁ、薄皮一枚だったけどなァ、とカノンは言葉を続け、そこで何かに思い至った様に剣を持たない左手で頭をかきながら、何かを思案する様に表情を歪める。
「いや、いやいや、やっぱ別に良いぜェ、何も話さなくてもよォ? 切り札の原理なんぞ聞いちまうと次にあった時の楽しみが減るってもんだしなァ?」
やはり、ココで私を殺す気は無いらしい。だが、それが同時に他の守護者に手を出さないと言う事には繋がらない。
寧ろ、カノンの性格を考えれば、他の守護者を皆殺しにして自身を私の憎しみの対象にしようとすらしてもおかしくは無い。
「しっかしまぁ、こうなるとどうすりゃ良いんだァ? コンだけ楽しませてくれた相手には敬意ってもんを払いてェんだが、そうすると暇になっちまうんだよなァ?」
だがしかし、紡がれたカノンの言葉は私の予想していたモノとは良い意味で全く違っていた。もっとも――それは、その発言を信じるのならの話になるのだが。
「何だァ? なんか納得いかねェって表情してんなァ、オイ。んだよ、俺ァお前ェの言ってた条件を呑んでやってるだけだぜ?」
まるで当然の事だと言わんばかりにカノンは言葉を紡ぐ。そう言えばコイツ、最初も戦場でのマナーがどうだと言っていたが……
考えても見れば、破壊者にしては戦い方が真っ当だった気がしなくも無い。遭遇してすぐにカミトの首を跳ね飛ばしてはいたが、それも一度は姿を見せてからの攻撃だった。
あの速さを持ってすれば、不意打だけでもこちらを全滅させられても何もおかしくはなかった筈だ。
強い相手と戦いたいと、そう思いだけで、ここまでの行動が取れるだろうか?
本当に強い相手を探すというだけなら、初撃から全力で殺しにかかり、それを凌げた相手とだけ戦っていればその感情は満たせる筈なのだ。
だというのに、目の前の男は、カノンはそれをしない。そこにどんな意味があるのか分からないし、今回だけの偶然の重なり合いだけなのかもしれない。
真実は少なくとも私には分からないが、少なくとも仲間達に訪れたかもしれない危機の要因をつぶす事には成功したと考えて良いだろう。
その上で私自身が生き残れる選択肢が、この選択肢が選べた中で最良だったとは思ってはいない。
だけれど、少なくともこれは私に描けた最善に限りなく近い選択だったとそう思う。そこまで考えて、ようやく安心して目蓋を下ろした。
「かはっ、こっちの言葉は無視かよ。まぁ、その状態なら仕方ないちゃァ、そうなんだがなァ?」
カノンの声が聞こえる。黒一色に覆われたその世界に響いていたその声は、徐々に遠くなっていく。そして、私の意識はそこで途絶えた。

<SIDE-Kanon->
目の前にいた男の体がぐらりと揺れて、そのまま力なくゆらゆらと揺れ始めた。その男の胸には深々と刻まれた一本の太刀傷が刻まれている。それは俺がつけた傷だ。
傷はかなり深いが、致命的なダメージとなるモノではない。
今は傷口から漏れ出すエーテルのせいで殆ど動けないだろうが、それでも回復が出来る永遠者にでも見てもらえばそう時間をかけずに完治させれるだろう。
いや、完治してもらわねば困る。これだけ戦って楽しかったのは久方ぶりだったのだ。この男とは、クロノとはもう一度戦いたい。
あの男との戦いでは、どうも戦いの楽しさと言う物が感じられず、たた、己が限界を試しているだけの様な気になって仕方が無い。
故に、戦って楽しいのは奴よりもクロノの方なのは間違いない。
だがまぁ、欲を言うならクロノには傷を完治させるだけでなく、俺を越える為に努力を積んで貰ってから戦いたいとは思う。
「その前に死なれちまうと元も子もねェし、守護者連中のいる辺りまで連れて行くってェのもありだよなァ?」
正直な所、ここで唯無意味に時間を潰すよりは、よっぽど有意義に時間を使える手段ではあるのだが――まぁ、それも面倒なのでこのままで良いだろう。
もう助けは来たようだし、クロノについてはそちらに任せるとしよう。幸い、俺も今この瞬間、暇ではなくなった訳だし、丁度良い。
「まぁ、確かに守護者は生きてる奴を放置する様な組織じゃァねェよな、ゼノン?」
言いながら、俺は何か引き合うような力に導かれて背後に視線を向ける。そこには紫紺の大剣を肩に乗せてこちらを見つめる男の姿があった。

TheOverSSS――17/28
UltimateSeven――2/7
PerfectSix――1/6
KeyToSeven――1/7
――to be continued.

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