EternalKnight
堕ちた者-解-
<SIDE-Leon->
一歩――また一歩と、ゆっくりと《墜》の元に歩み寄る。当然の様に少しづつ、少しづつ距離は詰まっていく――それでも《墜》は逃げようとはしなかった。
――否、正確には逃げれないのだろう。どんな生物であろうと、圧倒的な存在を認知した瞬間は、ただ萎縮する事しか出来無いのだから。
圧倒的な存在――つまりは《剣皇》と契約状態にある俺の事なのだが、別にエーテルを周囲に放出させている訳ではない。勿論、周囲に無意識に垂れ流している訳でもない。
強いて言うなら、この世界のすぐ外に居るアリア達に感づかれない様にエーテルを制御し、反応を小さく感じさせようとしているくらいだ。
まぁ……身体能力の超強化と一つの特殊な能力に特化した《剣皇》のエーテル制御能力は下級聖具のそれにすら劣るので、制御は全て俺がこなしている訳だが。
要するに《墜》はエーテルの強大さに――ではなく、純粋に実力の違いを理解したのだろう。たった一度のそれも一瞬の攻防で――
……どうやら《剣皇》の見立ては悪くないらしい。本能に支配されて尚、唯の一度の打ち合いで相手と自分の実力差を理解したのは驚嘆に値する。
(そうだろ? あれ程の実力を持つ者はそうは居ない……やはり、お前について来て正解だった)
まぁ、偶然だけどな――しかし、こんなに速く見つかるとは俺も正直思ってなかったなぁ……
『――とは言っても、やはりフィーエ達には劣るのだろうが――なんて思っているとは《剣皇》には絶対にばれないようにしないと……まぁ、バレた所で後の祭りな訳だが』
等とそんな事考えながらも、ゆっくりとそれでも確実に《墜》の元へと歩みを進める――その間も《墜》は微動だにしない。
だが、油断はしない――するつもりは無い……微動だにしない《墜》が、圧倒的存在の前で全てを諦めたのでは無いと理解しているから。
――そもそも、自らの危機を悟った者が、最後の抵抗を試みない筈が無い。
無駄な事を考えるだけの知能があるなら、あがく事無く諦めるかもしれないが、本能で生きる者ならば、必ず抵抗はする。――死からの逃走は、あらゆる生命の本能だから。
近付く、近付いていく――《墜》の攻撃圏内まで後数歩の所にまで近付いていく。
注意すべきは空間を抉るように見えるあの攻撃――勿論、まだ見ていない他の攻撃の可能性も考慮に入れて、ゆっくりと確実に歩み寄り、攻撃圏内に――踏み入れる。
瞬間、先程まで微動だにしていなかった《墜》が突如として咆哮を響かせる――だが、そんな事では怯まない……同じ手は二度は通用しない。
その咆哮を皮切りに《墜》が行動を開始する――が、遅すぎる。その程度では《剣皇》と契約している今の俺には届かない。
身体能力の強化率だけならば――《剣皇》は間違いなく最強の聖具なのだから。
例え、その力を制限しようが、並みの聖具の身体能力強化率に《墜》化の割り増しがあった所で――及ぶ筈が無い。
もっとも、力の制限と身体能力の強化率は深く関係しては居ない為、力をセーブした所で強化倍率に大した変化は無いのだが。
勿論、強化倍率は倍率でしかない為、それを扱う契約者の実力にもよるのだが――
《墜》がこちらへ移動する為の予備動作を取っている間に《墜》との距離を詰める。比べるまでも無く、試すまでも無く――圧倒的過ぎる力の差。
それでも、手を抜かない――油断はしない。チャンスが出来たなら……容赦なく潰す。
(おい、昏倒させるだけなんだろ? 力加減間違って殺すなよ――俺の契約者になるかも知れないんだぞ?)
言われなくても分かってるよ――っと。《剣皇》の声に適当に答えを返しつつ、跳躍の予備動作を強引に中断させている《墜》の背後に回りむ。
その動きに《墜》は反応こそ出来ては居るが、全くついて来れていない。そして――そのまま《墜》の首筋に肘で一撃を叩き込み、そのまま意識を刈り取った。
――つもりだった。そのつもりだったのだが、事実として《墜》の意識は途絶えては居なかった。確認こそしていないが、それは確実だった。
そして、それを理解した瞬間には――遅かった。
……気づいた時には既に黒い風が《墜》を中心に収束して、あの空間を抉る球体が、殆ど完成していた。
唯一構築されていなかったのは、俺の視界に入っている部分だけで――離脱をしようと思い至った瞬間には、黒い球体が完成しており――俺はその中に取り込まれた。
ここで――終わるのか? こんな所で、終わるのか? 何も成せないまま……約束も、使命も果たせぬまま……エーテルに、還ると言うのか?
武器を使っていない一撃とは言え、下級聖具契約者程度の肉体強度なら首の骨が砕けて死んでも何らおかしくない程威力はあった筈だ。
当たり所も悪くなかった――だからこそ確実に意識は奪えたと思っていた。それが、油断だと言うのに、そうだと勝手に思い込んでいた。
――油断はしないと決めていた筈なのに、この様だと言うのが情けない……本当に、情け無い。
仕方が無かった。全て俺が悪かっただから――アイツを呼ぶしかない。呼ばなければ、消滅してしまうから。消えてなくなる訳には、行かないから――
もう、アイツを叩き起こすしか――道は残されていない。やはり俺は、アイツがいないと駄目らしい――
(ちょっと待てレオン――よく周りを確かめてみろ……コレは、俺達には利かないんじゃないのか?)
――どうして、そう思うんだ? 何を根拠にそんな事を言う? 早くしないと消滅するしか道が残されて無いんだぞ、俺達には。
(否――もうこの球体の中に閉じ込められてから、数秒は経ってるぞ? 消滅するなら逆に、何でまだ消え始めてすらいないんだ?)
――そういわれれば、確かにそうだ。冷静になって考えて見ればおかしい――否、冷静さを欠いていて気付かなかったが、なんだ――この違和感は?
何かが全身に纏わりつくような、否――泥の中に沈んでいる様な……そんな感覚。――この感覚には、覚えがある。これは……
そう、これは確か……エーテルの乱流が発生している時……あの時に生じる違和感を一層強くしたような感覚。
……なるほど、そう言う事か――それなら、空間を抉ったように見えたあの技に関連する疑問の全てに説明がつく。
そう、黒い球体を空間を抉る為の物ではなく、範囲内の物質を粉砕する為の物だったのだ。それも、エーテル密度が低い物だけにしか粉砕出来ない様な半端な威力の――だ。
その仕組みを理解できた――故に、もう恐れる事は無い――あの力は、俺には聞かない。実際受けてみて、今現在も受けているからこそ、確信出来る。
黒い球体の内部限定では極小のエーテルが高速で流転し、範囲内に入った物質を例外なく跡形も無く――分子程度になるまで砕く。ただそれだけの能力。
種が分からなければ恐ろしく見える能力だが、分かってしまえばなんと言う事も無い。
全身をエーテル化して居ない下位聖具契約者から見れば恐ろしい能力だが、体のほぼ全てをエーテル情報に書き換えている上位聖具契約者には何の意味も無い能力だと言える。
そう、幾ら極小のエーテル因子が高速で流転しようが、それ自体に威力は無い――極小のエーテルがぶつかった所で、ダメージにはなり得ない。
普通の物質を砕けるのは、全て物質が必ず内包しているが他の因子との結びつきが弱いエーテル因子を押しのけて、そこから結合を揺るがし崩壊させられるからだ。
しかし、高密度のエーテル体である上位聖具契約者を崩壊させる事は出来ない。
エーテルのみで構成された存在である為、因子同士が強固に繋がっており、外部のエーテル因子が内部に入り込む隙間など無い。
故に――上位聖具契約者に《墜》のあの能力は通用しない。それが理解できていたから《墜》はあの能力を殆ど使って来なかったのだ。
もっとも、今になってそれを使って来た意味は、俺には解かりかねるのだが――等と、そんな事を考えている間に、黒い球体は黒い風になって霧散していく。
そして――黒い球体が消えた事によって良く見える様になった視界には、地面に突っ伏した《墜》の姿があった。
(――成る程、最後の一撃は悪あがきの類か……しかし、聖具の補助と《墜》化の影響を考えても、あの攻撃に対して反撃が出来るとは……コレは、相当期待できそうだな)
期待するのは勝手だが、絶対に元に戻せるとは言って無いぞ? まぁ、元に戻るかどうかは、全てお前にかかっているんだけどな。
――しかし、悪あがきと捉えるには、どうにも腑に落ちない部分がある。
俺達がどう捉えていたかは置いておくとして、使い手である《墜》側にはエーテル存在にはあの黒い球体は効かない と言う事など分かっていた筈だ。
だと言うのに――どうして効かないと分かっている力を、態々最後の一撃に選んで使用したのか?
何か意図があって使ったのか――それとも本当に悪あがきとして、最後に適当に能力を使ったのか?
しかし、俺にはどうしても《墜》化によって本能が肉体を支配しても尚優れた戦闘技術を見せるあの《墜》が、最後の一撃を適当に使ったとは思えないのだ。
だからと言って――仮に意図があったと仮定しても、その意図を察する事は出来無い。
黒い球体が霧散してから既に十数秒が経過している……それでも、周囲には何の変化も無い――本当に、最後の悪あがきだったと言うのだろうか?
(確かに、お前の言う事も一理あるかもしれないが、それならそれで気に留めておく程度で良いだろ――それよりも、早く始めようじゃないか)
……まぁ《剣皇》の言うとおりか――折角意識を刈り取った訳だし、手早くやる事を済ませて、後は《剣皇》に任せるのが一番だろう。
(その通りだ――後は俺に任せてくれれば良い。まぁ任せていろ――俺は失敗する気など無い)
分かった分かった――そう意気込まなくてもすぐ準備は終わるっての――と、そんな風に《剣皇》に念を返しながら、俺は地面に倒れる《墜》に歩み寄る。
《最果》は鞘を形成してその中に収めて腰に差し、左手には《剣皇》を握って、ゆっくりと、確実に歩み寄る。
そうして、四肢が歪に肥大化した男……《墜》のすぐ傍で屈み込み、その額に右手を当てて《剣皇》に語りかける。
さぁ、準備できたぞ《剣皇》――後は、俺との契約切って、俺が今触れてる奴の意識に語りかければ良い。そこからは俺の与り知らない所だからなんとも言えん。
(そんな事で良いのか……所で、一つ気になったんだがお前が《墜》に触れてる必要ってあるのか?)
いや、だってお前――エーテルの操作苦手だろ?
(まぁ、その通りだが――それが何か関係あるのか?)
関係大有りだ――既に聖具と契約してる奴に、他の聖具が干渉する場合、特殊な例を除いてエーテルの制御がある程度出来る必要がある。
それが出来なければ、既に契約している聖具に干渉を阻まれる事になる。要するに、既に契約してる側の聖具が干渉を阻害してくる訳だ。
(成る程、それでエーテルを操作して、その干渉を跳ね除ける必要がある――と言う訳か)
そう言う事だ――で、お前にはそれが出来ないだろうから、俺が物理的に触れて干渉の阻害効果を弱めてるって訳だ。
(ふむ、流石に長生きしているだけの事はあって、色々と知っているな――)
まぁな、無駄には生きてないってだけさ――さて、こうして話してる時間も勿体無いし、さっさと契約の解除と行こうか。 
(そうだな《墜》が目を覚ます前に、終わらせるのが得策だろうさ――では、行くぞ? 問おう、我が契約者よ――汝に我が力は不要か?)
汝の問いに応えよう、我が聖具《剣皇》よ――我は既に汝の力を欲してはいない――故に、願わくば汝との契約を此処で破棄したい。
(よかろう――その申し出、受理しよう。我と汝の契約は、コレにて無い物とする)
そんな、限りなく定型に近い形の受け答えで、俺と《剣皇》の契約は破棄された。
それと同時に、俺の左手に握られていた剣は光の粒子になって霧散した。そしてその光が、今度は《墜》の額に当てられた俺の右手の甲に集まっていく。
【では、早速《墜》に干渉する事としよう――】
それだけの言葉を残して、手の甲に集まった光も徐々にその輝きを失い――《剣皇》の反応は《墜》の中へと流れ込んで行った。
――これで、この世界……否、この《墜》に関して――《剣皇》を信じて待つ以外に、俺に出来る事は無くなった。
それにしても……今回は反省すべき点がいくつもあった気がする。もっとも、其のどれもが今に始まった話では無いのだが――

――to be continued.

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