EternalKnight
三つの決着
<SIDE-Lloyd->
最後の一歩を踏み込んで、俺は右手に握った剣を振り下ろした。振り下ろされた刃の軌跡の先にあるのは、掲げられた右腕。
思い描く軌跡は、右肩口から左腰付近への逆袈裟の一撃。その剣に、軌跡に……迷いは無い――既に放たれた剣は、思い描いた軌跡に乗って走る。
その一太刀によって右腕に伝わるのは二度目の感触――柔らかな肉と、硬い骨を断ち切る、二度目の感触――人を斬った感触。
止まる事無く、肉を切り、骨を絶つその感触をきっと俺はこの先忘れないだろう――否、忘れられないだろう。
だが、それがどうした――少なくとも、今この瞬間にそんな事は関係ない。俺は――立ち止まれないのだ。
手応えの結果を目で確認する前に、踏み込んだ最後の一歩――右足――を軸に、刃を振るう勢いに載せて、体を反転させ、残るレスティ兄さんに視線を向ける。
否、正確には停止する事もしていない。父さんを断った攻撃の勢いをそのまま次の移動に載せた為、一瞬の停滞も無く、流れるように方向を切り替える。
それは恐らく、今の俺に可能な最大――そして、過去最高の動きだった。振り向いて、そこからさらに一歩踏み出す、目の前にはレスティ兄さんの姿。
右手に握られた剣を再度振り上げる。その間も、体温は低下していく……だけどまだ致命的な物には程遠い――背後からの爆発音は、もう聞こえない。
そうして俺は、勝利への一太刀を振り下ろした。――一閃、それと同時に腕に伝わるのは三度目の感触。人を……家族だった者を斬った――感触。
肉も骨も断たれたレスティ兄さんの右腕は――刃がふり抜かれた後、一瞬遅れてズルリと地面に落下した。
落下する右腕と、切断面から噴出する赤黒い血を見つめる。これで、勝利は殆ど確定したと言って良い――だけれど、まだ決着は付いていない。
俺としてもう満足だが、相手は止まってくれない――父さん達の躯は、動くのを止めない。緩慢な足取りで、這いずって近付いてくる。
まだ諦めていないのか、それともそう言う命令を受けたからその通りにするのか、俺には分からないけど。
それでも、これ以上父さんや兄さん達の無様な姿は見たくなかったから――操られているとは言え、死んでしまっているとは言え――見たくなかったのだ。
だから……俺は――もうこれ以上戦わなくても良いのに、満足できたのに、先に進めるのに――父さん達の躯を片付ける事にした。
「動かなくなるまで、壊してやる」
思わず言葉が口から零れ落ちる――怒りに、魂が燃えている。その炎で、先程まで冷え切っていた体はすぐに熱を帯びて、剣を握る右腕に、自然と力が篭った。
緩慢に歩み寄るレスティ兄さんの躯に、這いずる様に近付いてくる父さんとリディア兄さんの躯に、刃を向けて――誓う。
「父さん、兄さん――この国は俺が守っていくから……いつか、貴方達みたいになるから――だから、心配はしないで下さい」
父さん達はもう死んでいるし、仮にこの躯に魂が残っていても死者への誓いに意味は無い。だからコレは――自分への誓い。
最後にそれだけ言って、俺は目の前に躯達を破壊しきる為、父さん達と完全な決別を果たす為、一歩――前に踏み出した。
――そこからは、戦いと呼べるモノではなかった。きっと、一方的な虐殺とすら言える行為。
血を分けた肉親を殺す――正確には肉親だったモノなのだが、間違いなく父さんや兄さんであったのも、又事実だ。
だけれど――死者は、死んでいるべきなのだ。それが正しい姿であるから――例えそれが殺されたのであっても、事実は変わらない。
だから、俺は何も考えずに――剣を振るった……剣を振るう事が出来た。
結局、父さん達の躯は、例外なく頭部の破壊と共に、その機能を停止させたのだった。

<SIDE-Ryle->
死んだ体を、魂で動かす。心臓から送られる血流は半分も脳へと到達しない。どの殆どが、中ほどまで切断された首から噴出していく。
血の行き届かない脳は、普通マトモに稼動しない――それを、精神の力、空の魔術の応用で何とか最大まで稼動させる。
血が行き届いていない筋肉を動かせて、血の行き届いて居ない脳を動かせない道理などないのだ。だから、まだ動ける――
こんな所で、止まれる訳が無い。止まるつもりも無い。俺はこの戦いに勝たなければいけないのだから。
大丈夫だ、勝てる。まだ動ける様に見えるが、逆袈裟に入った傷は浅くない。それに、左腕も落としたし、得物も俺が持っている。
勝てる――否、勝つ。無敵なんて事はありえないんだ。どうすれば動きが止まるか分からないなら、動きが止まるまで斬り続ければ良い。
だけれど、私にももう時間はあまり無い。それは、自分自身が一番良く理解できる。
気力は何処まで持つか分からないし、そもそも完全に血がなくなる可能性もある――流石に気力だけで全てを賄う事なんて出来ない。
だから、一秒でも早く動いて、一秒でも早く勝利を収めなければいけない。そう――一秒でも速く。
だけれど――現実は無情だ。死にかけの体を動かせるとは言っても、所詮はたかが知れている。ダメージの影響を受けていない団長と渡り合うのは、難しい。
そもそも、対等に戦えた所で、完全に動けなくなる程にダメージを与えるには恐らく時間がかかる。
時間が無い、身体能力は低下している、致命傷が致命傷にならない、そもそも団長の方が強い――
これほどの条件が揃っているのに――たかだか片腕を落として武器を奪ったぐらいで、私は勝てるのだろうか?
一瞬前まで勝てると考えて居た思考が次の一瞬で反転している――だから分からない。
一つだけ分かっている事があるとすれば――私は、もう助からない。コレだけは、絶対だ。
だから、逃げる事に意味は無いし、諦める事にも意味は無い。最後の瞬間まで――私には戦い続けるしか道がない。
それで、良いと思った――私はただ、団長を……姉さんを解放したいだけなのだから。だけれど、その為には足りない――時間が、血が、力が――全てが足りていないのだ。
命を懸けて戦っても――それは埋められない。埋めれないのだが――そうする意外に道は無い。だから、考えるのはもうやめよう。
思考するだけ時間の無駄だ、こうして思考する一瞬も、私は死に近付いているのだから。
そうだ――どうせ死ぬのなら、後のこと等考えなくても良い。だから自分に出来る全てを引き出そう。
理性はもう――要らない。必要なのは十数年かけて磨き上げた経験と技術――そして、戦う為の本能……ただそれだけ。それが、私の全てだから。
両手に握られた紅白の剣をそれぞれ握り締める。命、魂、想い――その全てを燃やして力に換える。そのどれも、これから死ぬ人間には必要ないから――
気力に満ちる、否、それを超えてあふれ出す――全身のあらゆる部分にその力を行き渡らせ、滾らせる。そして、私は――その力を解放した。
静止状態からの急加速――勿論体への負荷は生半可な物では無いが――今の私には関係ない。必要なのは、姉さんの体を解放したと言う結果のみだ。
元々開いていなかった距離が一気に縮まる。勿論、移動の加速力と衝撃力は腕に握られた剣に乗せて、二刀をそれぞれの軌跡で振るう。
しかし、奔る二本の刃は姉さんの躯を捕らえること無く空を切る。しかし、すぐさま続く三撃目を繰り出す。
――攻撃の手は休めない、多少の隙があろうとも、攻撃は止めない。攻撃は、最大の防御だから――だから、止めない。
力の限りに、攻撃を続ける。自分に持てる技巧の全てを、自分に引き出せる力の全てを、その一太刀一太刀に乗せていく。
それでも僅かに――届かない。放つ攻撃の全てがギリギリの所で回避される。そうしている間にも――少しずつだけれど確かに、私の力は薄れていく。
だけれど、止まれない。結果が見えていても、諦めない。諦めれば、本当にそれで終わりだから――
――だから両手に握られる紅白の剣を、我武者羅に振るう。力の続く――その限り。
……その攻撃の途中――不意に、左手の紅の刃が、掌から零れ落ちた。
正しく言うなら――刃を握る力すら維持できない左手から、すり抜けて、あろう事か姉さん目掛けて飛んでいった。
瞬間、その後の展開を瞬時に思い描き、背筋が凍る。意識は、加速を始める。死を感じ取った瞬間に始まる思考の加速が始る。
――今まで生きてきた中でそう何回もなかった感覚。だけれどこの戦いの中では幾度も感じた感覚――
剣が手汗で手からすり抜けるて相手に目掛けて飛んでいく。――それ自体は悪くない。寧ろ意表を付いた一撃にすらなりえる。
だが、相手が悪すぎる、姉さん程の実力者なら、本気で投げた訳でも無いそんな一撃など、避けるどころか受け止められてしまう。
そんなのは、相手に武器を渡すのと同じ――一方的に攻撃できると言うアドバンテージの放棄と一緒だ。
それでも、刃は手からすり抜けていったのだから仕方ない。今更悔やんでも遅い――今すべき事は、今の自分に出来る事全て意外には、ありえないのだから。
加速した思考の中、未だに姉さんの元に向かう紅の剣を見つめる――そうして、今の自分に出来る最善を、思考する。
体は緩やかにしか動いてくれないが、思考する時間はまだ十分にある。十分に――あるのだ。
そうして、気付く――一瞬のチャンスに。そして同時に絶望する。その一瞬しか、チャンスが無い事に。
だけれど――どうせ無かったチャンスなら、どうせ後が無いのなら……ここで、全てを掛けようと、そう思った。
瞬間、加速していた意識は停滞し始める――否、元に戻ろうとする。動くのなら、ここまで加速している必要は無いから。
そうして、未だにゆっくりと進む世界の中で、私は動き始めた。前に、踏み出す様に。剣を、振るう為に。
紅の剣は、未だ姉さんの元に向かってゆっくりと向かっている。姉さんの躯は、それを取ろうと手を伸ばす。
一瞬の隙――それは、武器を、紅の刃を掴み取る、その瞬間――無防備でこそ無いが、そこに隙は確かに生じる筈だ。だから一瞬の隙、立った一度の、チャンス。
思考は、停滞していく、周囲の速度が、速くなる――だけれど、それで良い。遅すぎれば、逆にやりづらいだけだから――
そうして、私は、その一瞬の隙で――姉さんの躯の首を薙ぐ軌跡の一太刀を、放った。
刃が首に――肉――に食い込む感触が伝わる。刃が、肉を裂く感触が伝わる――刃が、骨を斬る感触が伝わる。そうして再び肉を裂く感触が――
それを押しのけて、首が斬られる感触が、伝わってきた。
――ぇ?
そうして私が最後に見た光景は――ぐるぐると回って落ちていく視界の端に見えたのは――切り落とされた姉さんの躯の首だった。

<SIDE-Savath->
消え去りそうだった意識は、過去の夢を見て、生還を果たした――だけれど、現状に殆ど変化は無い。有るとすれば、俺が――あれの存在を思い出した事ぐらいだ。
だけれど、それは――俺にとっては、大きな希望になりうる。問題は――思い出せるかどうか……ただ、それだけだ。
相変わらずこちらに接近してこず、距離をとったままのルゼルの躯はその場から動かない――正直、助かったと言うべきだろう。
全身を襲う熱で飛びそうになる意識を繋ぎとめ、必死に過去の記憶を引きずり出す――コレと同時に戦闘なんて出来る訳が無い。
つまり、勝負は俺の頭が熱にやられるのが先か――俺があの力の正体を思い出すのが先かと言う事、ただそれだけだった。
距離を置くルゼルの躯に視線を向けて、それ以外の全てを自分の深層心理のその奥へと伸ばす。忘却した記憶の断片を、探し出す様に――
自分の奥底に沈んだ記憶を掘り起こす――簡単に思い出せると思ってなど居ない。
だけれど――この状況下であんな夢を見る以上、どこか奥底に、あの力に関する記憶の断片がある筈なのだ。
探せ、記憶の奥底を。
探せ、忘却した記憶の破片を。
探しつくせ、例え微塵も残っていない記憶だとしても――無いのなら、新たに作り出す程に。
そもそも、魔術の詠唱には定型句は無いし、詠唱は自分で考える――他人と一緒である必要は無いのだ。だったら、依然と同じ詠唱である必要が、何処にあるというのか?
だからと言って、詠唱が必要ない訳では無い。イメージを描き言葉を言霊に乗せるからこそ、詠唱は意味を持つ。
イメージはある、夢で見た、イメージなら。だったら、そうであるなら――新たに詠唱を生み出し、言霊に乗せれば、不可能では無いと言う事になる。
不可能では無いのなら、絶対に不可能と決まっていないなら、試すだけの価値はある。
無意味な言葉を言霊にすることも不可能では無いが、はっきり言ってかなり難易度が高い。ならば――今はそれらしい言葉を……
無論、それらしい言葉など直ぐに思い浮かぶ筈も無い。だから、今使っている詠唱を、改良する。頭の片隅では、いつもの詠唱を紡ぎながら――
風よ、我が声に応えよ。精霊の息吹よ、我が声に応えよ。
「轟風よ、我が願いに応えよ。神霊の息吹よ、我が求めに応じよ」
今、我が元に突風の加護を。今、我が刃に聖風の加護を。
「今、我が元に破風の加護を。今、我が元に滅風の加護を」
さぁ、共に行こう、風達よ。
「さぁ、共に舞おう、清らかなる風達よ」
我が敵を屠る為に――
「其は轟風にして破風、滅び生む乱流。其の力を持って、我等の敵を穿て――」
自然と、今までに原型すらなかった一文を付け加える――案外、俺の前世は詩人だったのかも知れない。
そんな、どうでも良い事さえ思い浮かぶほど――詠唱と共に風が俺の周りに集まり始めているのが分かる。
想像通り――否、想像以上の規模だ。これで、この攻撃で駄目なら……もう、後が無い。
――と、そこで……ようやく技の名前だけ思い出した。
そこで気付く、自然に浮かんだ詠唱の一節は、きっと過去の詠唱の片鱗なのだろうと、そう思える名前だったから――
そうして俺は「――ペネレイトタービランス」と、その名を紡ぎ、周囲に集まる風の力を解放する。
――風が、収束する。圧縮された風が、一つの意思の元に収束し、鋭く速く渦巻く乱流となる。そして――解放。
目に見える程に勢いをつけた絶対的な風の刃は、そのまま一寸の狂いも無くルゼルの元へと伸びて行き――
そうして、ルゼルの躯は、最後まで眉一つ動かさずに、人形の様に――渦巻く乱流に貫かれてその体を四散させた。
これで、全員の体を解放した――その安堵感と、魔術の発動で気力を消費したのが重なったのか、それを確認した所で、俺の意識は失われた。

――to be continued.

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