EternalKnight
三つの戦い
<SIDE-Lloyd->
気合で立ち上がらせた体は寒さに震える――だけど……心に、魂に灯った炎が、凍える体の内側に熱を取り戻させる。
しかし、熱を取り戻した体は、今まで寒さで麻痺していた感覚をも取り戻す。
爆発によって焼かれた背中と、爆風で吹きとばされて転がった時に打ち付けたのであろう痛みが、絶え間なく俺を襲う。だけど――この程度の痛みでは止まらない。
俺はもう、諦めたりしない。否、もう諦めれない。本能が、それを許してはくれないから。
「さぁ、仕切りなおしだ――今度こそ……父さん、あんた達を超えてみせる」
右腕に握った刃を、父さん達に突きつける様にそう宣言する。――寒さが薄れてくる……そこで、ようやく気付いた。
いつの間にか、俺は父さん達の攻撃園内から抜けていたらしい。通りで爆発が起こらない訳だ――と、感心している場合じゃない。
時間が無い以上、早く決着を付けなければ。大丈夫、リディア兄さんを倒したんだから、今度こそ勝機は――って、何んだよ……それ。
そこで俺が見つけたのは……先程切り裂いた筈なのに、今も尚動いている、リディア兄さんの姿で――
それは、夢でも幻でも無い――何故なら、俺の視界に入ったリディア兄さんには、右腕と下半身がなかったのだから。
だというのに、リディア兄さんは動いている。――動ける筈など無いのに……残った左腕で這いずる様に。
瞬間、ある仮定が頭の中を過ぎ去った。否、この状況から考えればそれが正解だと考えた方がいい。
リディア兄さんは既に死んで居て、操られている――そう、操られているのだ。そして、肉体がどんな状態であろうと、操られ続ける――と、そう言う事だろう。
……では、どうやって倒すのか? 浮かんだそんな疑問は、一瞬で消え去った。
その答えは、今這いずっているリディア兄さんを見れば分かる。そう、少なくとも――父さん達に関して言えば簡単な事なのだ。
単純に、右手を切り離す、ただそれだけ。リディア兄さんの切り落とされた下半身と右腕が動いていないのが、それを確信に至らせる理由になる。
本体――と言っても、その定義が何処までかは分からない――から、切り落とされた部分は動かない。そして、それは右腕では無い事が確定している。
そして父さん達は全員右利きで、魔術を強化する指輪は全員右手につけている。そして、父さん達の魔術を強力にしているのはその指輪――
つまり、右腕を切り落とすだけで決着は付く――そして、リディア兄さんに関しては、既に右腕を切り落としており、敵の戦力とみなす必要も無いと言う事だ。
偶然とは言え、攻撃される範囲内に入っていなくて良かった。冷静に考えられる今で無いと、そんな結論までたどり着かなかっただろうと、本気で思う。
だけど、一度目的が決まれば、もう大丈夫だ。細かい事を考えずに、ただ自分の全力で戦える。
そこで、大きく深呼吸をして――構えたままの刃を下げて、足に力を込める。
目標は、父さんとレスティ兄さんの右腕を切り落とす事――それが出来れば、俺の勝ちだ。
「俺は――あんた達を超えてみせる!」
叫びと共に、俺は大地を蹴って前に踏み出した。加速と同時に、攻撃園内に入ったのを察知した父さんが右腕を掲げる。
が――動いていれば爆破魔法に当たる事はありえない。風の刃が放たれない以上、このまま真っ直ぐに突っ込めば、勝てる!
走り去る背後に、爆発音が響く、温まり始めた体が、再び温度を下げ始める。だけれど、止まらない、止まる必要が無い。
「うおぉぉおおあぁああ!」
力の限りの叫びを上げて――俺は、父さん達を攻撃範囲に捕らえる為の、最後の一歩を踏み出した。

<SIDE-Ryle->
世界が、ゆっくりと停滞していく。自分は絶対に助からないと、死を認識した瞬間――世界は唐突にその流れを遅くした。
紅の刃が、私の首筋を捉える――その刃を止める筈だった刃は、結局間に合う事が無かった。
ゆっくりと停滞する時の流れの中で、自分の意識だけがいつもの速さで流れているのが分かる。
集中すれば今程では無いにしても、自分の意識だけを加速させる事が出来なくは無い故に――今の状況が何の救いにもならない事が理解できる。
ゆっくりと、ゆっくりと、紅の刃が私の首を切断していく――意識が加速しても、体がそれについてこないのだ、それでは――意味が無い。
動きが加速しなければ、紅の刃を止める事など出来る筈がない。
……否、待て――果たして本当にそうだろうか? 私が単に諦めているだけなのでは無いのだろうか?
ふと、そんな事が脳裏に過ぎった。確かにそうだ、私がまだ生きている以上、思考できる以上、諦めるにはまだ早すぎる。
停滞した時間の中で――どうするのが今の自分にとって最善なのか、さらに思考を加速させる。
今の自分に出来る事と今の状況を重ね合わせ、最善の手を導き出す、一つ一つの可能性をイメージする――考える時間だけなら、まだ多くあるのだから……
その間にも、紅の刃は少しづつ私の首に食い込んでいく――が、此処は慌てる場面じゃない。冷静に考えるのだ……そもそも、私が逆転するにはどうすればいい?
一つ、今私の首を裂こうとしている刃をなんらかの方法で止める。二つ、それを防いだ上で反撃して倒す――普通に考えれば不可能だが……何かまだ手がある筈だ。
最速で思考を巡らせる。自分が助かる為の道を、操られた団長の躯を解放する為の道を――……そうか。
ふと、脳裏をある言葉が掠めた。それは昔、団長に言われた言葉で――当然の事だからか、今の今まで忘れていた言葉……
『基本中の基本で皆忘れがちだけど、攻撃は最大の防御なんだから、しっかり覚えとくのよ?』
あぁ、本当に忘れていた。攻撃する事で敵に攻撃させない――それこそが、最強の防御になるのだと。お陰で、今この状況を脱す事が出来る――
停滞していた時間が、再び元の速度に戻ろうと加速を始める。だけれど、問題ない……活路は、見えたのだから。
引き戻す刃の向かう先を変える――ただ、それだけ。自ら刃を、自分の首を守るためではなく、団長の腕を切り落とす為に使う。
勿論、団長の振るう刃の方が速い以上、俺が今から腕を切りに行っても遅い――だから、団長の振るう刃を遅くすれば良い。
刃を振るう右腕よりもさらに多い量の力を、首に込める。そして、それによって生み出される結果は――硬化、つまりは……強度の上昇。
刃は止まる事無く首を切り裂いていく……が、進む速度は確実に遅くなる。振るわれる二つの剣が、互いにぶつかり合う事無く、交錯する。
停滞した速度が元の速度に戻るのほぼ同時に、私の剣が団長の左肩を切り落とした。そして、私の首はまだ、落ちていない。
胴から切り離された団長の左腕が、剣から外れて宙に舞う――その手に握られた居た筈の紅の剣は、私の首に食い込んだまま、腕だけが宙を舞う。
それを理解すると同時に、腕を切り落とされたのにピクリとも眉を動かさない団長に、首に食い込んだ紅の剣を余っている左手で引き抜いて、振り下ろした。
左手には確かな手応えが伝わる――徐々に薄れ始める視界には、切断こそ出来て居ない物の、逆袈裟の太刀筋を深々と負った団長の姿が見えた。
高ぶった意識が急速に沈静化され、視界は徐々にその色を失い始める。だが、まだ止まれない……まだ団長は倒れた訳じゃないのだから。
だけど、全身から力が抜けていく――血が、足りない。眩暈がする、景色はモノクロに変わり始め、音は遠い。
ふらりと、崩れそうになる体を何とか踏ん張らせる――モノクロの視界には、死んでもおかしくないほどの傷を負った団長が見える。
けれど、その動きは先程までと変わらない。まるで、人形の様に――傷だらけで動き続ける……否、死体を操られているなら、それも当然か。
意識が遠のきそうになるのを、必死で繋ぎとめる。血は流れ出続ける――体は、もう動かない。脳からの命令を伝達しない。
だけれど、精神力を使って、動かす事は出来る――だから、まだ止まれない。最後まで、止まる訳には行かない。

<MEMORIES-Savath->
風が、渦巻く。風が、荒ぶる。その中心に、俺と同じ得物を持つ少年が居た。その顔は、見えている筈なのに俺には認識できなかった。
それでも、あの得物を持っている以上――あれは俺なのだろう。そしてきっと、誰よりも強くなりたいと思っていた頃の――俺なのだと思う。
風が――吹き荒れる。その今の俺ですら操り切れるかわらない程の強風は、少年の得物を中心に発生していた。
だから、そう思ったのかもしれない。今の俺は、自分に扱えるか分からない程の風なんて、発生させようと思わないから。
昔の、まだ強さを求めていた自分。ライルと共に、強くなろうと頑張っていたあの頃の自分――自分で自分の限界を決め付ける前の、純粋な自分。
そう言えば、この状況は一体何なのだろう? 夢なのか、幻なのか――否、そんな事は考えるだけ無駄だ。過去の自分を見つめて居るなんて、夢に決まっている。
俺が見つめる中、渦巻く強風の中心で、少年は突如膝を折り、風の制御権を手放す――考えれば当然だ、あの頃の俺に、あんな強大な風が扱える筈が無い。
でも――扱える筈が無いのに、どうしてあれだけの風を集められたんだ、あの頃の俺は? 否、今はそんな場合じゃない。
風の制御を手放したという事は、集められた風が無秩序に放出されるという事を意味する。そんな事になれば――中心にいるあの少年は、助からない。
自分の力に殺されるなんて、滑稽にも程がある――だけど、ここであの少年が死ぬなら、あの少年の未来である俺は誰なんだろうか?
暴風が少年――昔の俺――を襲う。魔術を行使するのに精神力の全てを注いでいた少年は動けない――助けようと走りだそうにも、何故か俺の脚は動かない。
否、そうじゃない。今頃気付いたが、今、俺は存在していない。存在するとすれば、暴風の中央で力なく膝を折った少年がそうだ。
今こうして思考している精神は、過去を眺めることしか出来ない。過去は、変えられないのだ――だったら、俺が生きている事に矛盾が生じ……なかった。
暴風の中で力なく膝を折る少年に、金髪の女性が駆け寄って行く。否、女性と呼ぶにはあまりに若い気がするが、それでも少女と呼べる存在ではなかった。
当時の俺――暴風の中央に居る少年――よりも少しだけ背の高かったその人を、俺は知っている。
『フィーエ……さん』
声を漏らしたのは暴風の中央で膝を付く自分。そこで、突然全ての光が消える。
――暗転。
そうだ、俺はあの後を気を失って倒れて――気が付いたらベッドの上だったんだ。
そう思い出すと同時に、世界は色を取り戻す――次に見えた景色は、かすかに見覚えのある気がする、どこかの病室。
ベッドの上の顔の認識できない少年は、つい今しがた目覚めた所だった。きっとそれは、そのときの自分の顔を覚えていないかからなんだと、漠然とそう理解した。
――が、この後の会話なんて、俺は覚えていない。
俺が眠る傍らには、団長――否、この頃はまだフィーエさんと言うべきだろう――が座っていた。その表情は、微笑んでいる様にも見えるが、実際は違う。
『おはようサバス――自分がなんでこんな所に居るか覚えてる?』
やさしそうな声でフィーエさんはそう言うが、額には微かに青筋が浮かんでいる――が、当時の俺はそれに気づく事も無く……
『はい、覚えてます――俺は、訓練中の新しい技を試していてそれで……』
正直に、そんな答えを返した。もっとも、覚えていないと応えても、説教はされるのだろうが――
『新しい技って、全く制御出来てなかったじゃない。そもそも、今使ってるブレードゲイルも完全じゃないのに、あんなの操れる訳ないでしょ?』
全く持ってその通りだ――今の俺なら兎も角、親衛師団にも入隊していないこの頃の俺に、出来る筈が無い。おかしい……――何か、引っ掛かる気がする。
『分かってる――分かってるけど、追いつきたかったんだ。別に、勝ちたいとかじゃなくて……ただ、俺は――置いていかれたく無いって、そう思ったから……』
ただ、友達――ライル――の隣に立ちたい。きっとそんな事ばかり考えていて、置いて行かれる自分の弱さが腹立たしくて……
『だからあんな事、したんだ』
そんな溜息を吐いて、フィーエさんはベッドに寝る俺の瞳を真っ直ぐに見つめてきた。その表情は、先程と変わらず微笑んでいて、だけれど――額には青筋も無くて。
『別に、サバスはライルと違うんだから、ゆっくりと強くなれば良いのよ。それに、別にそんな事に拘らなくても、ライルは貴方の隣に居てくれるわ』
きっと、言われなくてもそんな事は分かっていたけれど……その言葉で、やっと踏ん切りがついたんだろうと、そう思う。
――そう言えば、俺はどうしてこんな夢を見ているのだろう? 何か、引っ掛かりを覚えるけれど、得るべき答えは既に――否、始めに得ていた気すらする。
そんな事を意識した瞬間、世界は再び暗転した。

――to be continued.

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あきゅろす。
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