EternalKnight
千塵〜親衛士団〜
<SIDE-Ryle->
相変わらず団長の抜け殻は《千塵》の構えを解かない。
だが、考えても見れば《千塵》を使える団長にとっては、一対一であるならあの構えは必勝の構えなのだ。
何故なら、突っ込めばその神技の餌食となり、相手が逃げればそもそも不戦勝となるからだ。
そのことから、団長の戦術に至るまでを完全にコピーしていると考えて良い。だけど――知っている相手の対処法までは躯を操るだけでは再現できなかったらしい。
あの構えが必勝となるのは、あくまで《千塵》が防ぎようの無い神技だからだ。だが、私になら――恐らく万全な状態からなら《千塵》を防ぐ事が可能な筈だ。
実際、模擬戦で木刀でだが、私は過去に《千塵》を何度も受けている。そして、それを防ぐ術も会得している。
問題なのは、それでも腕にかかる負荷を考えれば短時間では五度程度しか防げない事と、今使っているのが木刀ではなく、実物の剣だと言う事だ。
前者は単純に、回数が少ない事――防ぐ側のこちらに回数制限があり、攻める側の団長に回数制限が無いと言うのは明らかこちらが不利である事を意味する。
後者の木刀ではなく剣である事も大きなマイナス要素だ。失敗は許されないし、《刀》とは言え殴る為の木刀と、斬る事に特化した剣ではその威力もおのずと変化する。
最悪なのは、それによってそもそも防げない攻撃になる事だ。防いだ所で、その上から切り裂かれればどうにもならない。
……もっとも、その場合は万全な状態であろうと撃たれた瞬間に敗北が確定する故、どうする事も出来ないし、考えが甘かったと後悔する時間すら無いだろう。
どの道、時間をかける訳に行かない。向こうから仕掛けてくる気が無い以上、決着をつけるにはこちらから仕掛けるしか無い。
グチグチと思考を募らせても戦況は変わらない。早く戦いを終わらせなければ、不戦勝になってしまうかもしれない。
「それでは、意味が無い。私は――貴方を超えないと行けない。それが出来ないのなら、もう生きている意味など無い」
その最後のチャンスが、今目の前にある、今を逃せば永劫に訪れない機会が、そこにある――だったら、命を懸ける事に躊躇いは必要ない。
躊躇いは必要ない、ただ胸にあるのは決意のみ。だから、後は行動するのみ――右手に収まる白銀の剣を握り締めて、構えて、地を弾くように蹴って、私は動き出した。
前へ、団長の下に向かって一直線に、爆ぜる様に地を蹴り加速して駆けて行く。その間に、前に進む為に足に込めている以外の全ての力を右腕に集めていく。
本来全身に行き渡らせる気力の大半を、右腕一本に集める――こうでもしないと、あの神技には抵抗する出来ない。
気を一点に集中する事により、限界を超えた力を搾り出す。それ以外に私にはあの技に抵抗する術を見つけられなかった。勿論――それが腕に負荷をかけない訳が無い。
前に、前に――真っ直ぐに、《千塵》の構えを取った団長の下に近付いて行く。そして遂に、何度も見て、受けて知った、神技の間合いに足を踏み入れた。
それと同時に放たれる団長に握られた紅の剣――上段から振り下ろされたその軌跡の先には私の頭がある。勿論、棒立ちでただ攻撃を受けるつもり等無い。
右腕に握られた白銀の剣で、その上段からの一撃を防ぐ。金属同士の衝突した甲高い音が響き、右腕には衝撃が走る――
その衝撃が、脳裏に浮かんでいた防ぐ事すら出来ず両断と言う可能性を消してくれ、それによって少しだけ心に余裕が出来る――が、気を抜く事など微塵も許されない。
甲高い音が完全に鳴り止む前に、私の右腕に握られる白銀の剣と均衡していた紅の刃はその姿を消す。だが、そうなる事は始めから分かっている。
消えたその刃が次に《現れる》位置は知っている――最初の一撃で腕に衝撃が走るのと同時に、第二撃目の発生地点に視線を向ける。
――大上段からの一撃を防いだ白銀の刃を走らせて、奇襲の様に突如出現した、右下からの切り上げの軌跡を描いて迫る紅の剣にぶつける。
二度目の、今度は鈍い金属同士の衝突音と、刃を握る腕への衝撃が伝わる――が止まる訳には行かない。
弾くと同時に消えた紅の剣は、今度は胴を逆から薙ぐ様な軌跡を描きながら出現する。それを防ぐ様に右腕に握られた白銀の剣でその一撃を受け止める。
三度目の金属音と衝撃が耳と腕に響く――訓練時に打ち合った時とはまるで衝撃が違う。視線は消えた紅の剣の次の出現地点へ向かう。
四撃目、右肩から袈裟切る様な軌跡に乗る紅の刃が走る。それを弾き返すと同時に、紅の剣は握る腕ごと消えて、次の一撃の地点に出現する。
五撃目、股下から切り上げる様に刃が走る――それを弾いて次の出現地点に刃を走らせる。
六撃、左肩に向かって迫る逆袈裟の軌跡。
七撃、胴を順方向から薙ぐ軌跡。
八撃、左下からの切り上げ。それらを順に受け流し、防ぎ、弾く――神速で放たれる連撃を捌くだけで、腕にとてつもない負荷がかかる。
連撃は止まらない、九撃目に放たれたのは胸の中心を穿つ様に放たれる刺突。
点の一撃であるそれを線である剣でどうにかするのは難しいが――別に剣で防がなければ行けない訳じゃない。
そもそも、その連撃において、何処からの攻撃がどの順番で発生するかは決まっているのだ――その速度についていけるなら、対処出来ない道理は無い。
胸を穿つ刺突の軌跡を、左半身を前に、右半身を後ろにする様に半身になりながら、左掌底を横からぶつける事で逸らす。
空を切った紅の刃は握る腕ごと消え、それと同時に構えた状態から一歩も動いていなかった団長が、足を踏み出して、左から首を薙ぐ様な軌跡を描く、十撃目が放たれた。
その一撃が来る事は分かっていた。だが、首を狙って放たれたその一撃は、今まで見た中で最速で――
――間に合わない!?
訓練で行った時ですらギリギリで間に合っていた防御が、今まででもっとも重く速い《千塵》の八撃を防いだその腕で、最速の一撃に追いつける事は無く――
「――ぁ」
息を漏らす事しか出来ない間に――紅の刃は私の首を捉えた。

<SIDE-Savath->
だが、感傷に浸っている場合でも――無い。
背後に迫る気配が繰り出す一撃を、半ばまで赤く染まったバルディッシュを振り向き様に薙ぐ事で受け止める。
バルディッシュの止めたのはルゼルの躯が放つ、カットラス――紅い炎を纏った刀身――その背後にはスピア――凍てつく氷柱――を構えたノイエの姿が見えた。
しかし、気付いた時には既に遅く、俺の脇を抜けるノイエを、ルゼルのカットラスと拮抗させるバルディッシュで阻む事は適わず――
ノイエの躯の振るうスピアは、俺の左肩を捕らえた。スピアの先端が肩に食い込む。
――が、左手で、スピアを握るノイエの腕を押さえた事によって、穿たれる様な事にはなっていない。それでも、痛みから相当深い部分まで食い込んでいるのは分かる。
強烈な痛みに、左腕の感覚が鈍くなり始めるが、それでも掴んだ腕を離さない。離せば左腕を丸ごと持っていかれるのは分かっているから――
痛みに耐えながら、右腕一本で握るバルディッシュと拮抗していたカットラスを、重さの利を行かして押し切り、ルゼルを弾き飛ばす。
右腕に相当な負荷がかかったが、この際は仕方ない。左腕の感覚が無くなりそうな今、やるべき事は一つだ。
まだ感覚が残っている内に、ノイエをこうして捕まえている内に――倒す。
既にノイエの躯は肩を穿つ事を諦めたのか、先程から掴んだ俺の右腕を振りほどこうとしている。
それでも、凍てつく氷柱の効力――刺し貫いた対象の熱量を奪う――その力によって、左腕は確実に機能停止に近付く。
だが、離さない――感覚が完全に無くなった訳では無い以上、気を込めて、使用後の事を考えなければ、その力は幾らでも強くなる。
握る五指には、ノイエの腕の肉に食い込んでいく感触が伝わる。早く、終わらせなければ――
「風よ、我が声に応えよ。精霊の息吹よ、我が声に応えよ。今、我が元に突風の加護を。今、我が刃に聖風の加護を。さぁ、共に行こう、風達よ。我が敵を屠る為に――」
祝詞を上げる。ただの一撃を必殺に変える、風の加護を得る為の祝詞を――右手に握られたバルディッシュに風が集まる。後は、解放するだけ――
「――ブレードゲイルっ!」
祝詞の完結と同時に、ノイエの躯の頭にバルディッシュを落とす。風の加護を纏ったその一撃に、力は必要ない――
最後の瞬間まで無表情のまま、ノイエの躯も原型を留めぬ肉片へと変化し、その残骸の一部が、俺の体に降り注いだ。
「あと、一人――」
残りはルゼルだけだと言う事に思わず安堵し、そんな言葉を漏らした瞬間――意識の外へと逃がしていたルゼルのカットラスが、俺の背中を切り裂いた。
ノイエに狙いを絞り、ルゼルからマークを外した時点で、こうなる事はある程度予測できていた。だが、この結果は――
――ノイエを倒した事と、それによって出来た隙でルゼルに背を切られたダメージは、俺にとって総合的にプラスだったのか、それともマイナスだったのか……
ただの斬撃だったなら問題なかった。問題なのは、その傷が力を発動させたルゼルによって与えられた物であると言うコトで――
「――っ、ぐぁっ!」
斬られた事によって崩した態勢を強引に立て直しつつ、右腕に握るバルディッシュを振るってその勢いで後ろに向き直る。
当然その一撃はルゼルの躯に当たる事がなかったが、向き直った事で、ルゼルの躯と対面する様な位置取りになった。
状況は、最初に比べてよくなったのか、悪くなったのか――
一対三から一対一になってこそ居るが、向こうは無傷、こちらは左肩と背中に一撃ずつ貰っていて、且つ背中はルゼルの能力によって与えられた傷だ。
状況の良し悪しはどちらとも言えない――最初に比べれば今はまだプラスだろうが、こうして向かい合いながら思考を巡らせる一瞬毎に、こちらはマイナスに近付いていく。
ルゼルの能力『ブレイジングエッジ』……その能力は、発動中に切り裂いた対象の温度を上昇させる事――
元々は敵を殺さずに戦闘力を奪い取る為にルゼルが編み出した能力で、殺傷能力は高く無い。
だが、時間が経てば確実に動く事すら侭なら無くなるだろう。つまりは、ただの的に成り下がる訳だ。
そんな思考を展開させている間に、斬られて痛む背中が、熱を帯び始める。
まだ、暖かい程度でしか無いが――早く決着をつけないと、いつか動けなくなるのは目に見えている、だけど――今はむやみに動くだけ無駄なのは分かっている。
先程から、全く動かずにこちらを静観しているルゼルの躯の思惑は――恐らく俺の予想通りだから……
前に一歩前に踏み出すと、それに一瞬送れてルゼルの躯は一歩後ろに下がる。つまりは、そう言う事――
こちらが動けなくなるまで一定の距離を保つ、ただそれだけの方法――だが、一番安全で確実な、ルゼルらしい戦法。
それが偶然なのか、生前のルゼルの戦い方に影響されてなのかは分からない。仮に分かった所で、状況を改善する糸口になるとは思えない。
……ルゼルと俺とでは移動速度は同等――こちらが左肩と背中に傷を貰っている以上、追いつく事は不可能だと考えていい。つまりは、追い込まれた状態だと言う事だ。
下手に動いて体温の上昇を加速させる訳にもいかず、かといって考える時間も長くある訳じゃない。どうすれば――良いのか。
傷を負わされた背中が熱い、傷口から発生した熱が全身広がっていくのが分かる――背中は焼ける様に熱いが、他はまだ暑いと感じる程度に過ぎない。
全身から汗が流れる様に噴出しているのが分かる。このペースで体温が上がり続けるのは拙い。流れる汗によって水分は奪われ、頭に伝わる熱が思考力をも奪いとる。
本当に、時間が無い――だけれど未だ手は思いつかない。否、寧ろ――低下の一途を辿る思考力では、もう何の打開策は思い浮かばないのかもしれない。
あぁ――そうだ。ブレードゲイルの詠唱を行っていなかった。アレがなければ、仮に距離をどうにか詰めても決殺の一撃であるブレードゲイルが放てなければ意味が無い。
「風よ、我が声に応えよ。精霊の息吹よ、我が声に応えよ。今、我が元に突風の加護を。今、我が刃に聖風の加護を。さぁ、共に行こう、風達よ。我が敵を屠る為に――」
唱え終わって、熱に犯されて居るとは言えそんな事も忘れていたのかと、自分に怒りが湧く――それでも、状況は悪化の一途を辿る。
もう完全にこちらが不利だと言って良いだろう。背中の焼ける様な痛みが止まらないし、それには劣る熱さではあるが、既に全身に相当な熱を持っている。
熱に犯され、意識が薄れる――消えていく。その意識の中で――俺はこのまま、何の打開策も思いつかぬまま此処で倒れるのだろうかと、そんな事を考えていた。

――to be continued.

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