EternalKnight
灯る炎
<SIDE-Lloyd->
放たれた風の刃が、俺を捉えた。
「っぅ――」
が、勿論当たり所が悪かった訳ではない。そもそも、体などを両断されていたりすれば、そんな思考など出来る筈が無い。
当たったのは左肩――傷の程を確認する時間は無いが、少なくとも、身に纏う鎧などでは何の防御にもならなかった事だけは分かった。
傷口を確認する暇など無い。立ち止まれば風の刃と爆破の的になるしか道は無い。故に――止まれない。
寒い――体温の低下も、ペースこそ緩やかになっているが、止まってはいない。ただ寒い、だけれど、動き続ける事を強いられる。
それでも、勝利を掴む為、右回りに走りながら、徐々に中心に近づいていく。
爆破は相変わらず追いつかないが、風の刃をかわす際の音が、徐々に近づいてきているのが分かる。
当然だ、中心に近付けば近付くほど、放たれた風の刃がこちらに届くのが速くなるのだから――だだ、原因はそれ以外にも在る。
寒さで動きが鈍くなり始めている。それが、自分でも分かるのだ。そして、このまま行けば――いつか今の距離を保っていたとしても風の刃に捕らえられるだろう。
だったら、これ以上動きが鈍くなる前に――決めるしか無い。
退路はある、一定の距離まで離れれば父さん達は俺を認識しなくなる。それから、体温が元に戻るまで待って、もう一回仕掛ける手もある。
――だけど、それだと結局何度やっても今と同じ状態になって、何度も同じ事を繰り返す事になる。そうなる事は分かりきっている。
だったら、今勝負をかけるのが最善で無い筈が無い。だったら――迷いは必要ない。
風の刃が通り過ぎる音を聞く――それと同時に父さん達を中心に円描くように走って居た軌道を切り替えて、一気に父さん達の居る中心に向かって走り出す。
背後では爆発音、体温は下がり続け、視線の先には、腕を振り上げて次の風の刃を放とうとするレスティ兄さんの姿が見える。
だが、まだ構えられているだけに過ぎない――放たれていない以上、風の刃は発生していない――父さん達の居る場所まで、後十歩も無い。
前へ、ただ前へ――立ち止まる事など出来ないし、此処で引き返すなら何度やっても先には進めない。そもそも、引き返した所でかわせると言う保障なんて無い。
振り上げたリディア兄さんの腕が、薙ぐ様に振るわれる――それと同時に、風を切り裂くあの音が、聞こえ始める。
見えない以上、放たれた刃までの距離分からないし、刃の大きさもわからない。
それでも、この刃をかわせば父さん達の下に届くのなら……かわさなければ届かないなら――
死ぬ訳には行かない以上、勝利を得る為にかわさなければいけない以上、かわす以外に――道は無い!
そん中、殆ど無意識に左腕を前に掲げる――その最中も前に進む足を止める事は無い。前へ、ただ前へと進む。
「うぉぉぁぁぁあああ!」
聞こえてくる風の音を打ち消すように喉の奥から声をひねり出す様に叫びながら、全身は前に進む事を止めずにただ足を動かす。
瞬間、左手の指先に痛みが伝わる――感じ取った瞬間は、ホンの小さな痛み。その痛みが徐々に膨れ上がる様に指を侵食する。
それが何の痛みか、視認して認識するまで四半秒。それは、本能による物なのか――その痛みの正体が何かを認識した瞬間には、既に体は動き始めていた。
姿勢を、低く――もっと低く。前のめりに倒れるように重心を下げ、痛みの広がる左腕をそれに伴わせて下げていく。
両膝は地に付く寸前まで落とされ、それが地面に付かぬ様に支える為に、左腕は地面に接し、この瞬間のみ第三の足となる。
態勢は限りなく低く、且つ減速する事も無く――ただ、前に進む。その最中、頭上に風を裂く音が通り過ぎていくのを感じる。
背後では爆発音と風の刃が過ぎ去る音が聞こえる――だが、そんな事はどうでも良い。目の前に――手を伸ばせば届く距離に――リディア兄さんが見えたから……
低く下げた重心を引き上げながら、全力で右手に握られた刃で斬り上げる。
腕に確かな手応えを感じる。だがそれは、柔らかい何かの中に埋まる硬い何かを両断するような、自分にとって未体験の感触で――
なのに、それでもうリディア兄さんの相手をする必要は無くなったと本能で知れる、そんな感触だった。
だけど、それだけでは止まらない。三つになって崩れ落ちるリディア兄さんから噴出した生暖かい赤色が、体を塗らす――それでも、止まる訳には行かない。
まだ、父さんとレスティ兄さんの躯を倒していない。全員倒すまで、立ち止まれない。立ち止まれば、殺られるから――凍える様に冷え切った体を動かす。
が――その瞬間、爆音を聞いた。それは、先程まで何度も聞いていた音。だが、こんなに近くで聞いたのは初めてだった。
爆音と同時に、背後から何か強い衝撃を受けた様に俺の体は吹き飛ばされる――あぁ、きっと父さんの魔術を受けたんだろうと、そんな実感はあるのに、何故か痛みは無い。
吹き飛ばされた俺の体は地面を転がる。だけど、それも視覚的な情報で――痛みも何も感じない。ただ――寒かった。
凍てつく、凍りつく。全身から寒さ以外の感覚が消えたかの様に、ただ寒さしか感じない。
もう、動けない。――何故だか漠然とそんな気がした。こんなに寒いんだ、そもそもさっきまで動けていたのが奇跡なのかも知れないと、そう思えた。
あぁ、無理だったのか……俺が死ねば終わりだと、レオンさんが言っていたのに……戦わなくても良いのに自分勝手な理由で戦って、それで死ぬのか――
なんとか開いていた瞳が閉じる、視界が闇に閉ざされる。瞳を閉じれば、今度こそ寒さ以外の情報が無くなった――ただ、真っ暗で寒い。
俺は、なんて自分勝手で、なんて無力で、なんて馬鹿なんだ――こんな奴が王になろうだなんて、馬鹿馬鹿しい話だ。俺は――此処で死んで当然なのかもしれない。
もうじき、寒さに凍えて俺は死ぬだろう。ひょっとしたもう死んでいるのかもしれない。――結局俺は、役に立たない出来損ないだったのだろう。
俺が死んでも、きっと誰かが俺の変わりに王になってくれる。きっと、誰かが――
瞬間――ズキリと、脳が軋んだ気がした。自分の考えに対して、何故か言い得ぬ怒りが湧き上がった。
きっとそれは、もう体は動かないと悟った理性の編んだ理屈を、本能が否定して炎が灯った怒り。その炎が凍えきった心に魂に――火を灯す。
「――……っ」
誰も聞いていないだろうけど、唇を動かす。だけど、冷え切った体では、音を発する事も出来ない。だけど、そんな事で――火のついた心が、魂が、止まる事なんて無い。
「――だ……っ」
まだ、体は凍える様に寒いけど……それでも、ホンの少しだけ――さっきよりも熱を帯び始めている様に感じる。
「まだ……っ」
凍えて、地面に倒れ付した体に力を込める。少しずつ、本当に少しずつ体は熱を取り戻していく。腕に、足に――熱い血潮が流れ込む。
「まだ……だっ」
まだ寒い、だけど――もう、動けなくは無い。否――もう、どんなに寒くても立ち止まったりはしない。血の通った手足動かして、体を持ち上げる。
「まだ、だからっ――動けよ、体ぁ!」
そして、自らを叱咤するように叫んで、凍えたままの体を強引に立ち上がらせた。

<SIDE-Leon->
ブツブツと呟いていたジュリアスが、突如叫びを上げる。
「この世界で遊んでみたかいがあった……この器に勝るとも劣らぬ力だ、気に入った――だが、この器の様な切り札は無いのか? あるなら私に見せてくれ。さぁ――早く!」
(なぁ、レオン――コイツ大分キて無いか?)
否、聞かなくてもキてるのは見りゃ分かるだろ。それよりも、さっきの言葉を信じるなら――身体能力はアレで頭打ちらしいな……まぁ、信じればの話だが。
(だが、その方が違和感が無い――もっとも、聖具の加護を使われれば能力はさらに跳ね上がるだろうがな)
それぐらい分かってるよ。が――実際どうする? 俺には今の状態じゃ切り札なんて無い。
だが、焦らせばそのうち本気を出されて、こちらもシュウの力を解放する事になるのも分かっている。
かといって、タイミングが良くなければこちらだけ解放と言う状況にならず、奇襲にもならない。
その上、今のままでは互角――否、切り札とやらがある分ジュリアスの方が有利だと見て良い。
――絶好のタイミングがあるとすれば、その切り札を使った瞬間ぐらいだが……そもそも何が切り札であるか分からない俺にはそれも難しい。
「どうした、まさか何もないのか? 貴様の力はその程度なのか? 私を失望させてくれるなよ――」
思考を巡らせて、動かない俺に対して痺れを切らしたのか、ジュリアスが叫びを上げる。――失望させるなって、勝手に期待したのはそっちじゃねぇか。
そんな微妙な突っ込みを声に出さずに返しながら、その言葉に応えて、挑発するように返す。
「何も無いと思うんならかかって来いよ――テメェのその切り札とやらを打ち破ってやるよ」
分かりやすい挑発だろうが――ジュリアスにとっては期待に値する挑発になる筈。コレで相手の切り札を引きずり出せれば、その瞬間にチャンスが来る。
「面白い――面白いぞ! ならば受けるが良い……条件や効果を限定してはいるが、人の身では本来身に付けることに出来ない筈の魔技を――」
言って、ジュリアスはその手に持った朱色の剣構えを取る。それに対する様に、俺もシュウを構えて叫びを上げる。
「来いよ――その魔技とやら、真正面からぶっ潰してやる」
――頼むぞ、シュウ。能力の解放のタイミングはお前に任せるからな。
(任せておけ――外の世界に響かない最大の力まで一瞬で引き上げてやる)
解放のタイミングはシュウに任した、これで俺は、自分に引き出せる限界を引き出していればそれで良い。
前に、踏み出す――今引き出せる最速を引き出す様に。ジュリアスも、それにあわせて動き出す――小細工はいらない。距離が詰まる、迫って来る、迫って行く。
俺も、ジュリアスも、その手に握られた武器は剣――刃の長さも大した違いは無い。故に、ほぼ同時に俺とジュリアスは攻撃のモーションを取り始める。
意識を加速させる――絶対の時間である一秒を、己が内で引き伸ばしす様に、一秒に満たない時間を引き延ばして、ただ思考を加速させていく。
意識が加速する、体は意識についてこない、付いてこれるだけの性能が無い。
全てがゆっくりと動く、意識だけが正しい時間から切り離されたかの様に、全てが愚鈍に見える。――自分が振るうシュウも、ジュリアスが振るう剣も。
ジュリアスの剣が、大上段から俺に向けて振り落とされる。対するシュウが描くのは薙ぐ様な軌跡。ほぼ同時に見える二つだが、ジュリアスの方が僅かに早い。
まだジュリアスの朱色の剣は俺には届かない。勿論シュウもジュリアスには届かない。そこで、周囲のエーテルが、ジュリアスの右腕に集まり始めている事に気が付いた。
それ等は等しくジュリアスによってオーラへと変換され、さらにそこから魔力に変換されていく――
大気からほんの少し集めたエーテルを変換して出来たそれは、微弱な量に過ぎない。だが、魔力ほどその量が威力に直結していない物は無い。
ほんの少しの量でも、人によっては十分な威力を発揮させる魔術を行使しうる糧となる。
――その魔力によって発生する魔術がどの程度の規模なのか、実際に発動される直前にならなければ分からない。
だが、その力が何であろうと――人の身での限界では、聖具の加護を得た俺を止める事等、出来る筈が無い。
大上段から振り落とされるジュリアスの朱色の刃が、俺にゆっくりと迫ってくる。力を解放しなければ、もう避ける事も適わぬ距離にまで、近付いてくる。
俺の振るうシュウも、ジュリアスを薙ぎ払う様にゆっくりと走ってはいるが、決定打になるとは思えない軌跡でしか無い。
だが、それもジュリアスに避ける必要も無いと判断させ、その切り札とやらに意識の殆どを向けさせる為の物であり、あくまで予定の内――
(――行くぞ!)
瞬間、加速した意識の中で、シュウの声が響いて――全てがゆっくりと動いている様に錯覚するほど加速した意識の中で、俺の肉体だけが、いつもの速度を取り戻した。
一閃――瞬間的に加速して前に踏み込んだ俺の放った一撃は、ジュリアスの体に埋まり、そのまま淀みなく滑らかにジュリアスの体を通り抜けた。
そして、薙ぐ様にシュウを放った遠心力を使って、右足を軸にターンして、俺は動きを止める。
視線の先には、切り札とやらを放つ事なく、下半身から分断された上半身を地に落とすジュリアスが見えた。

――to be continued.

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