EternalKnight
陸話-1-<己も亡き者>
<SCENE063>
――この悪夢から醒めるのは、一体いつなのか? 心の底からそう思わせる本当の悪夢を、延々と見続けて居る。
否――コレはそもそも悪夢などではないのかも知れない。
この延々と続く地獄の光景は――どんな理由であっても、幾百、幾千もの人々を殺してきた自分に相応しい、本当の地獄なのだと考えた方が自然な気がする。
ココは間違いなく地獄だろう……コレが悪夢――夢――である筈が無い。
何故なら俺は、この地獄が始まる前の最後の記憶で――殺されたのだから。母さんとの約束も守れずに、無様に死んだのだから。
だから、今も尚、地獄を見続けている。目を背ける事は出来ない。ただ見ているだけで、俺には何一つ――出来ない。
俺がどう思おうが、この肉体は止まらない。――唯それだけの為に存在するかの様に人間を殺すこの体を止める術を、俺は知らない。
だから――繰り返される殺戮を、今もこうして目を逸らす事無く見せ続けられている。終わる事のない、この惨劇を。仮に、終わりがあるとして――そこに何があるか?
そんなモノは知らない、分かる筈が無い。それでも、その終わりの時の為に、繰り返される殺戮を、ただ見つめている。
殺された筈の俺は、自由にならないバケモノの体を手に入れて、その肉体が勝手に人間を殺し続ける。俺の意思では、どうする事も出来ない。
だけど――人間を殺した感触は、俺に伝わってくる。――鋭利な爪で肉を引き裂く感触も、人間の頭を握り潰す感触にも、人間を踏み潰す感触にさえも、慣れてしまったのだ。
自由は利かない、だけど――それは確実に今の俺の肉体だった。――この地獄の中だけのモノであっても、だ。
――きっと、マトモな人間では耐えられないだろう。否、耐えられずに狂ってしまった方が、楽なのかも知れない。
だけど俺は信じている。――俺の意識が存在し、殺した感触が俺に伝わって来る以上、いつかは俺がこの体を自由にできる日が来る筈だと。
その時が、この殺戮の終わりだと信じて――今もまた、名も知らぬ人達を蹂躙し、捻り殺す光景を見つめ続ける。

<SCENE064>
また一人、名前も知らない女の頭を握り潰す――その女に縋り付く様に泣く少女をも、制御の効かない肉体は一瞬の迷いも無く踏み潰す。
視界に入る人間全てが敵だと言わんばかりに、殺して殺して殺して殺す。――老若男女、あらゆる人を迷わず殺す。
そこには正義も悪も無く――ただ、殺意と欲望があった。ソレは、俺自身から溢れるモノではなく、肉体から溢れ出したモノだ。
殺意――その根源的な衝動は欲望から生まれている……ソレは分かる。だが、その欲望が一体この肉体の何処から生まれているのか――俺には解らない。
この肉体を得てから、何年経つかは既に覚えていない。――否、時間の経過など、この肉体には関係の無い話だ――知った事じゃない。
そう思考している間にまた一人、人間を見つけた。その獲物を今まさに殺そうとしたその時――何かを、探知した。
この感覚が何であるか、俺は知らない。だけど――圧倒的な力を持った何かが、近づいて来ている、と――それだけは解った。
それと同時に、肉体が見つけた人間を狩る手を止める――否、止めている時間など無かった。その感覚を認識した時には、既に逃走の準備を始めていたのだから。
自分は人間を殺し続けるのに、狩っているのに――自分が狩られる立場になれば速やかに逃げる。
ソレは――その行動は間違ってはいない。だけどソレは、欲望と生存本能を剥き出しにした、獣の生き方に過ぎない。
いつになれば、この体を俺が制御出来る日が来るのか――来ないかも知れないが、来るであろうと信じて、俺は、今もまだ地獄を見続ける。

<SCENE065>
また一人、殺す――コレで、本当に何人目なのだろうか? そして、俺がこの器に入れられてから、ドレぐらいの月日がたったのだろうか?
そも、俺が人間を狩り続ける此処は、どこなのだろう? 見た事の無い場所だ。こんな場所が、俺の住む世界にあったなどとは思えない。
しかも、ソレが一箇所ならまだしも――俺が見てきた風景には、そんなモノが幾つもあったのだ。否、此処よりも、あの虹色の空間の方がよっぽどおかしいのだけど――
――或いは、ココは俺の住んでいた世界ではなく、地獄なのだろうか? だが、しかし……最近ここが地獄だという考えは薄くなってきた。
理由は単に、俺が殺している人間達の姿が、とても地獄に居るようには見えないから――だ。
否、地獄でなかったとしても、今現在何一つ自分の意思で出来ない俺には、どうする事も出来ないのだが。
そう考えている間に、この肉体がまた人間――腰を抜かした老夫婦――を見つけ、何時もどおり一片の迷いも、慈悲も無く、捻り潰した。
肉をひき潰す感触が、俺でない誰か――獣の様に行動するこの体の支配者――が殺した感触が、俺に伝わってくる。
その感触を、気持ち悪いとさえ既に感じなくなった自分に――嫌悪する。
そして、老夫婦の肉体を挽肉の様にした所で、突如視界が暗くなり、全身に力が漲リ始めた。
この感覚は前にも一度あった――どのくらい前だったかは忘れたが、この肉体を得てからだという事は確かだ。
コレは……この感覚は――この体が、強化される時の感覚だ。少なくとも、以前この感覚を感じた後、この肉体は強化されたのだ。
黒に染まった視界が、一気に晴れ渡る。同時に、体――獣の様な何かが御する体――から力が抜け落ちて、地面に崩れ落ちた。
そのまま、何の抵抗も無く重力に引かれて、顔を地面に強打した。そのダメージは、勿論俺にも伝わり「いづっ――」と、自然に声が洩れた。
殺意と欲望で肉体を動かす獣の様に体を御した支配者が、そこまで無防備に倒れるとは予想もしていなかった。
地面に崩れ落ちた体は、今も尚立ち上がらない。――先程、何の抵抗も無く老夫婦を殺した肉体の支配者が、全く反応をみせない。
何かがおかしい気がする……――っ!? ちょっと待て――今、俺は何をした? 自然に声が洩れた、だと? この体を動かす事が、俺には全く出来なかった筈なのに――か?
否、出来るようになったのなら御の字だ。実際、俺はソレを待ち望んでいた。だから――
久しぶりに、随分と久しぶりに――俺は体に指令を送る。本来は自然に――無意識に――出来る肉体への命令を、実行しようと思考する。
立ち上がれと――本来なら何も考えずに出来る動作を、考えながら実行する。……そうして、俺は立ち上がった。
随分と久しぶりに、自分の意思で動いた感覚が体を駆ける。瞬間、体を思う様に動かすという、当然の筈の事が酷く嬉しく思えた。
「動く……」
自分の言葉が――喉から発せられる。開いた掌を――閉じる。
「俺の、思った通りに――」
自分の体を見る――全身が黒く、体躯は二メートルを超えている。所々、人間らしくない突起などが付いている。
ソレは――昔見た、あのバケモノ達に似ている。つまりは、あのバケモノ達は、俺と同じような境遇の人達だったのだろう。
意識がある中で、延々と人を殺し続ける悪夢を見ていたのだろう。彼等は――被害者でありながら、その実、加害者だったのだ。
だけれど……殺すことでしか、救えない。殺してやるか――殺し続けさせるか。
それ以外に、彼等が救われる方法は無いのだと、少なくとも思う。殺されれば、悪夢はきっと終わる。殺し続ければ、いつか今の俺の様に、自分の意思で動けるようになる。
ソレは、まるで《呪い》だ。……案外、俺がこうなったのも、奴のせいかも知れない。『お前も俺に呪われろ』とは、こういうことだったのか……
色々と考えた所で、これ以上の答えは出ないだろう。そう結論付けたは良いが、俺はどうすればいいんだろうか?
目的はある――無論、俺の全てを狂わせた《呪詛》を殺す事だ。――だが、ソレを為すのに何をすれば良いのかが分からない。
「……どうしたモンかな」
そう呟いた俺は、何かを感知した。強い力の反応が、近づいてくる。――この反応は、自分よりも強いと、何故か本能的にそんな事を悟ってしまう。
だが――俺は今までこの体を操っていた者の様に、逃げる手段を知らない。正確には、見ていたので知ってはいるが、ソレを再現する事が出来ない。
その方法を――知らないから。
そして――数メートル前の空間にヒビが入り、そこから褐色の肌に銀髪の若い男女が現れた。
「エーテルの保持量的にも、外見的な特徴的にも第三段階――Bクラスで間違いなしみたいだよ」
と、女の方が男に向かって言う。その言葉を聞いて男は頷きながら、俺を指差して――
「――そんな訳で其処のお前、テメェの心は生きてるか?」
――などと、いきなり意味不明の質問をかけて来た。――と、いうか唐突にそんな事を訊かれても答えに困る。
だから俺は――「あんたら、何者だ?」――と、話を逸らす形で言葉を返した。だが、話を逸らす為に言ったその言葉を聞いて、満足した様に男が言う。
「よし、心は生きてるらしいな……それじゃあ、折角だから名乗っとこう。俺の名前はイグニションってんだ」
「そして、私の名前はクリスタルよ――それから、君はまだ名乗らなくていいからね」
男に続ける様に、男の隣に立っていた女も名乗りを上げ、更に俺には名乗らなくて良いなどと言って来た――まぁ、聞かれた所で、名乗る気など無いが。
「まだって――今後聞かれても名乗るつもりなんか無いけどな」
ソレにしても、イグニションにクリスタル――か……どう考えても偽名だとしか思えない名前だな。
なんで明らかに偽名を使ってる奴に名前を教えなきゃなんねぇんだよ……
「あぁ――それでも構わねぇよ。んでさ、突然なんだが、俺達はお前に質問があるんだよ」
質問ねぇ……それなら、こちらの疑問も解決してもらうべきだろう。
「別に構わないけど――そちらが一つ問う度に、こちらも一つ話を聞かせてもらう、それなら――答えてもいい」
「OK、それで良いぜ――んじゃ、そっちの質問から始めよう」
俺の持ち出した提案は、一瞬で承諾された。挙句、こちらから質問しても良いと、男は答えたのだ。
その言葉から考えられるのは二つ、純粋な善意か……問いの回避に対する対策か。
だが、そんな事はどちらでもいい、もとより聞かれて困る質問など無い。
「それじゃあ、聞かせてもらうが……俺が何故こんな体になったか、あんた等にわかるか?」
「ソレはね、君の魂が呪われたからだよ。その器に入る前――えっと、君はバケモノに殺されたでしょ?」
バケモノに殺された覚えは無い、俺を殺したのは《呪詛》だ。――まぁ、アレもバケモノと言えばバケモノだと思うが……
――彼女の話を聞く限り、こうなった原因は、《呪詛》が言っていた《呪い》だとみて間違いない。
いつか、俺を呪った事を――新しい体を与えた事を、後悔させてやる。奴は――奴だけは俺がこの手で消してやる。
「んじゃ、今度はこっちからの質問――いいよな?」
考え込んでいた俺の意識は、男の声で引き戻される。
「あぁ、構わない――そういう約束だしな」
「じゃあ――お前さ、これからの目標ってあるか?」
これからの目的? ソレならある。否、それ以外には有り得ない――《呪詛》を殺すという、それ以外の目的などあり得ない。
「――ある」
その目的についての問いかけでない以上、これ以上話をする必要はない。仮に聞かれたところで、答えられない。
――褐色肌で銀髪の赤目である彼等に、それを伝えるのは拙い。その色は、あの黒い――今は金髪の――少年と、同じだから。
彼等が敵か味方か判らなければ――ソレを伝える事は危険だ。彼等は――恐らく個人でも俺より強い。何故か、ソレが感じ取れる。
「なるほどね――目的があるってのは良い事だと思うぜ。――じゃ、次はそっちの質問だな」
次に聞くべき事は何か――何が、大切か……
「アンタ達、さっき俺のことを第三階位だの、Bクラスだの言ってたよな? ――アレは、どういう意味だ?」
俺は――自分が、今現在どんな状況にあるのか、その把握を優先する事にした。
質問一つに対してに対する回答一つが得られるギブアンドテイク。故に、質問できる数は決まっている。
「ソレは――細かく話してたら長くなりそうだし、要点だけにするけど、それで良いか?」
「構わない」
俺としては、現状での最低限の知識を把握できれば――ソレで良い。
「分かった。――まずだな、お前は魔獣と呼ばれるバケモノに殺されて、魂を呪われて魔獣と呼ばれるモノになっている」
「ちょっと待て――魔獣に殺された者が魔獣になるって――それじゃあ、その魔獣ってのは鼠算式に増えていくじゃねぇのか?」
しかも――俺はこの体で、自分の意思では無いとはいえ、今までに相当数の人間を殺してきている。
俺一人であの数だ、ソレこそ――その増殖率は半端じゃない筈――
「確かに、普通に考えりゃそうだ――が、増えすぎる魔獣を間引きする存在も居るんだよ」
間引きをするって――一体どれだけの数を間引くんだよ。
「守護者って名乗る集団なんだけどな、俺達《魔獣》の天敵だ、あっちは俺達が魔獣ってだけで殺す対象にしてくるからな」
守護者――その言葉は、何処かで聞いた気がするのだが、どこだったか思い出せない。
「――だけどな、実際の所は、早い段階でそいつ等に殺された方が、幸せなんだと――俺は思うんさ」
早い段階――と、言うのは、恐らくあの地獄の事だろう。
「話が脱線したな、元に戻そう。俺達《魔獣》には、階位が存在するんだ。第一階位から、第五階位まで――な」
第一から第五までで、今の俺は第三――ちょうど真ん中の階位か。
「階位は大きいほど強力になる。俺とクリスは第四階位だな――因みに、この階位ってのは、DからSクラスって呼ばれる事もある」
「なるほど――情報はソレだけか?」
概ね解った。――後の知識は自分で推理し、手に入れればいいだろう。
「細かく言えばまだ色々と言うことがあるが、概容はそんな感じだ」
「なるほど――」
女が最初に放った一言「外見的な特徴は第三階位」から予想するに、階位毎にある程度、外見に特徴がある筈なのだ。
今の俺は、第三位と見分けれるような特徴を持っている筈だ。ソレについては、後で考えよう。

――to be continued.

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