EternalKnight
伍話-7-<母〜混濁した者〜>
<SCENE055>――深夜
「――母さん」
俺の声は、届かない。母さんはただ、虚ろな瞳でこちらを見つめ返してくるだけだった。
十年で俺の外見は変わった。だけれど、その程度なら気がついてくれる筈だ――覚えていれば。そう、覚えていれば。
つまり、母さんはもう、俺を覚えていない。そして、それだけではないだろう。
それだけならば、あの虚ろな瞳の説明も、俺の呼びかけにも一切反応しない理由にはならない。
つまり、アレは母さんではない――という事じゃないのだろうか? そもそも、母さんは俺の目の前で殺されたんだ、奴に――父さんに。
だったら、目の前のあれが、母さんである筈が無い。
そもそも、髪や目や肌の色以外、一切あの頃と変わっていないなんて、ありえない。十年の月日は――短くは無いのだ。
つまり、アレは人形なのだろう。母さんの形をした、人形。――父さんが、作ったであろう、人形。
だけれど、ソレならば、なぜわざわざ色を変えたのだろう? その行為に、どれだけの意味があるのだろう?
意味が無いようにしか思えない。それでは、一体何故、意味も無く色を変えたのか。否――考えても、わかる筈が無い。
母さんを殺した父さんの思考など、読めるはずも無い。
あれは、母さんの形をした人形だ――ならば、そんな物はこの手で、ぶち壊すまでだ!
「許さねぇ――許せねぇ! こんなもんを作って、何をするつもりだ、アイツは! 母さんを殺しただけじゃ、まだ足りないってのか――」
早く、早くアイツを――俺の父親だった男を、俺の人生を作って、なのに壊した男を、この手で殺してやりたい。
一秒でも早く奴を殺したい、一秒でも早く、母さんを侮辱する様なあの人形の動きを停止させたい。だから――
喉の奥から、獣じみた声を引き出しながら、俺は――吼える様に叫びをあげた。
「この木偶人形が――今すぐぶっ潰してやるっ!」
そして俺は、エリニュエスを強く握って、その両の銃口を母さんの形をした人形に向けた。
躊躇わず、一寸の迷いも持たず、即座にトリガーを引く。ソレと同時に、エリニュスの咆哮が響き、弾丸が次々と吐き出されていく。
その内の、最初に打ち出された弾丸が人形に当る――瞬間。
「ツゥ――」
――人形が声を洩らす。その間にも、吐き出された弾丸の群が、二発、三発と、人形の体に打ち込まれる。が、次の瞬間――
「アァァァァ!!」
そんな叫び声共に、人形は腕を踏みまわし、迫る弾丸を叩き落とし始めた。全て、残らずに――だ。
だが――今、気にすべき事はそこではない。あの人形の発する声……先程の咆哮は、間違いなく――
「母さんの、声じゃねぇかよ……」
何処まで、何処まで腐ってやがる……あの野郎。母さんと同じ形で母さんと同じ声をした、人形。
そんなモノを作ったと言う事実だけでも許せない。否、許せる訳なんて――どこにもある筈が無い。
許せない、気に入らない――だから……完膚なきまでに、粉微塵に、欠片も残らないように――破壊しよう。
そう決めて、再びエリニュエスを構えた瞬間――人形がこちらに向かって跳躍してきた。
速い――が、俺と同程度に過ぎない。――十分に対処できる速度だ。
そのまま、跳躍の勢いに乗って突っ込んでくる人形は、空中で右腕を振りかぶる。
そして、着地点――俺の元――に到達する瞬間に、タイミングよく腕を振り下ろしてきた。
だが、そんなタイミングよく――詰まる所読みやすいタイミングと軌道で――放たれた一撃を、止められない訳が無い。
その線の一撃を、右手の長方形――エリニュス――の線で防ぐ。二つの線が衝突する瞬間――エリニュスを持つ右手に強大な力がかかる。
ソレを、上手く衝撃を逃がすように受ける――が、それでも強力な一撃である事に違いは無い。
だが、巨大な衝撃は最初の一瞬だけで、ソレに耐えると、後は跳躍と振り下ろしの加速の力は消えた唯の力比べだ。
ソレならば――負けはしない。母さんと同じ外見を持つ人形は、腕の力が兎も角弱そうに見えたのだ。
――が、外見などは、あてにならない。事実、俺は人形と互い力を込め、エリニュスと腕が衝突した状態で、拮抗していた。
顔の距離が近い。そして、間近で見れば見る程――その姿は間違いなく、十年前の母さんにそっくりだった。
父さんに殺された時の母さんと、限りなく一緒だった。そして、その顔に視線を向ける俺とは違い、人形は俺の姿を見ていない。
否――戦いの最中だと言うのに、力を均衡させている今もなお、人形の瞳は虚ろだった。虚ろな瞳で虚空を見ていた。
その瞳を見ながら、俺の左手のエリニュスのトリガーを強く押し込む。
近距離でエーテル弾が炸裂させれば、俺もかなりのダメージを受けるが、強化外装甲を纏っている以上、その事で死ぬ心配は無い。
などと考えている間に――腹部に強烈が一撃を襲ったそして、。放たれた拳の衝突の瞬間に、軋むような嫌な音を聞いた。
そして、その一撃の勢いで後方に殴り飛ばされた俺は、背中から司令室の壁に叩きつけられた。
強化外装甲で全身を覆っていなければ、今ので背骨が折れていたかもしれない。それほどに強力な一撃だった。
壁に衝突した背面部は問題無いが、人形の攻撃を受けた腹部には、ヒビが入っている。
同じ箇所に、次に一撃を受ければ、重傷……更にもう一度で、死ぬ――だろう。
一箇所だけ陥没した壁から離れ、再び人形と相対する。左腕のエリニュスは引金を押し込んでから未だ五秒ほど――
――しかし、アレだけ派手に壁にぶつけられて、引金を離さなかった自分を褒めてやりたい気分だ。
そして、例え五秒のチャージでも、エーテル内包弾の威力は十分だと言う事は、解っている事だ。
左手のエリニュスの銃口を、人形に向ける。
仮に、俺の打ち出した弾丸を、先ほど同様に、腕で打ち落とせばその場で爆破、人形はかなりのダメージを受けるだろう。
否、ならば――あえてエーテル内包弾のチャージが最大になるまで待つか? ……待つべきだろうな。
自身の中で決定させつつ、開いた右腕を人形に向けて、俺は再び引金を引いた。エリニュスの咆哮とマズルフラッシュが響き、視界を焼く。
そうして打ち出された弾丸を、人形は予想通り、左右の腕を使って叩き落して行く。
そんな事を続ける事数秒――引金を引き始めてから既に十秒はたった、そして左手のエリニュスの銃口は今も尚、人形に向けられている。
そして、引き続けた引金を離すと同時に、いつもと変わらぬ方向とマズルフラッシュを残して、エーテル内包弾は打ち出された。
ソレに続けるように、そのまま左手のエリニュスの引金を、引いた。そして、エリニュエスから銃弾の雨が、人形に向かって降り注ぐ。
左腕から打ち出された弾丸の先頭には――エーテル内包弾が飛ぶ。
さぁ、その弾丸を叩き落せ、そうすればお前との決着はそれでほぼ決着だ。――と、そう思っていた。
「なっ!?」
だがしかし、その予想が当たる事はなく、俺がエーテル内包弾を撃ったと同時に、人形はその場から大きく距離を取った。
つい先ほどまで、ひたすら弾丸を打ち落とす事のみを考えているかのように、弾丸を叩き落していたと言うのに――だ。
そうなれば、疑念が浮かばない訳が無い――あの人形は、何故エーテル内包弾を避けたのか?
思考している間に、目標を失くしたエーテル弾は、そのまま真直ぐに飛んで、司令室の壁にぶつかる。
同時に、強烈な閃光が視界を焼き、爆発音と壁の崩壊音が耳に入った。
そして――閃光が晴れるて最初に視界に映ったのは、エーテル内包弾の力によって崩壊した、司令室の外壁だった。
続いて見回すと、司令室内部も、至る所が壊れている。――始めから壊すつもりだった場所であるので、気にはならなかった。
――だがしかし、俺がそもそもこの一撃の標的に定めた相手は、全くの無傷だった。
そうして、崩壊し、既にその機能を果たせなくなったであろう司令室で、俺と人形は対峙する。
意識を人形から離さないように、再び思考を再開させる。そう、なぜ人形はエーテル内包弾が撃たれた瞬間に、行動を止めて移動したのか。
考えられるのは三つ――単純に偶然か、或いは、この間戦った、オルタヴィアの時に考えた二択。
こちらの心を読める、或いは、エーテルが大量に内包されているモノを識別できるか。
偶然だとは考えにくいし、先程からの、知性を感じさせないあの動きで、心を読んでいるとも思えない。
故に、この人形の能力は……エーテルの気配を探知できる事――だろう。つまりは、オルタヴィアと同じだ。
オルタヴィアとの戦いでの攻略法では――勝てない。
風で軌道を曲げていたオルタヴィアと、自身の腕で弾丸を叩き落せる人形とでは、話が全く違う。
だがしかし、今回は――接近戦を挑めない訳ではない。それだけで――十分に勝機はある。
両腕の装甲を展開させつつ、エリニュエスを腰に戻す。そして、展開した装甲内部にあるブレードを取り出した。
それを、構えて――どうせ言葉など理解できていないだろう人形に、宣言する。
「テメェを今から解体(ばら)してやる。恨むなら――その形にお前を作った父さん――ゼオ=エクステル――を恨め」
そして、俺は地面を大きく蹴り、人形の元へと跳んだ。跳躍の勢いと腰と肩の回転の加速を内包した、右腕に収まるブレードの斬撃――
それは、単調ではあるが、威力、速度は確かな一撃。しかし、単調であるが故にその斬撃を回避される可能性は、かなり高い。
しかし――しかしだ。接近する俺を前に、防御も回避もしようとしない人形の姿を見て、俺は確信した。
この人形は――今から放たれる一撃を、攻撃と認識していないのだと言う事に。
目の前の人形の、知性は低い。それ故に、何が自分を傷つけるモノなのか、理解できていない。
故に――エリニュスの最初の弾丸を防御も回避もせずに受けたのだ。それによって、人形は弾丸が自身を傷つける対象だと認識したのだ。
つまり――まだ一度たりともこのブレードから攻撃を受けていない人形は、ブレードが自分を傷つけるモノであると、認識していないのだ。
故にこの一撃は必中となる。少なくとも、当てる事は出来る。
出来れば、必殺となる部位を狙いたいが、相手が人形である以上、その構造が人間と違う可能性も十分にありえる。
だがしかし、そんな事を言い出せばどの部分を狙っても同じだ。ならばこそ、人間を確実に殺す為の攻撃を実行する。
跳躍から斬撃までの僅かな時間で、脳をフル回転させて思考して、俺は着地の寸前にブレードを振った。
斬撃の軌道の先には人形の首が存在する。
跳躍によって生まれた加速と、腕と腰の回転の力と、ブレードそのものの切れ味を含んだ斬撃が振りぬかれ、刃が首と胴体を切り離す。
――筈だった。だがしかし、ブレードは首に到達する前に、人形の左腕にぶつかり、その腕を切断し始めた。
そんな……馬鹿な。初見の攻撃を自分を傷つけるものだと認識したのか? それとも、その考え方事態が間違えていたのか?
だと言うのなら、何故最初の弾丸を無防備で受けた? ――何故、この攻撃も、ギリギリまで無防備でいたんだ?
だが、そんな事はどうでもいい、コレで――決着なのだ。
跳躍と回転による加速を持った、先端が分子単位にまで研ぎ澄まされた刃が、その程度の障害で止まる筈が無い。
刃が防御に入った腕を綺麗に切断する。
「アァァァァァ!」
人形――母さんと同じ声――の絶叫が響く。
しかし、今問題なのはその叫びではなく、腕が間に入った事で刃の持つ加速力が殺がれてしった事だ。
そうして加速を失った刃が、人形の首筋に届く前に、人形は俺から大きく距離を取るように離れた。
飛びのいた人形が止まったのは、俺から10メートル程度離れた位置――俺ならば一足半もあれば届く範囲内だ。
と、そこで、何かが足元に落ちた音を聞き、人形から意識を離さないように、音の聞こえた方へ視線を移した。
そこには、先の攻防で切断した下腕部が地面に落ちており、その切断面からは黒い血が流れ出ていた。
挙句、そこから流れ出る血は、蒸発するように次々と見覚えのある金色の霧になり、大気中に霧散し始めたのだ。
「――なんだ、これ?」
理解不能なモノを見て、思わず声が出てしまった。――が、この際そんな事はどうでもいい。
あの金色の光は――エーテル……か? 否、エーテル内包弾を察知するぐらいなんだから、エーテルなのだろう。
それでは、何故人形の血はエーテルに変化した? 否――エーテルを血の代わりに使用して動いてるのか?
それも違う、ソレだと傷口から直にエーテルが漏れる筈だ。では、あの黒い血はなんだ?
そう思考している最中に、今度こそ目を疑う光景を見た。――腕が、切り落とされた腕までもが、金色の霧になり始めたのだ。
その意味は、先程までの思考の流れで考えるのなら――体そのものが、エーテルで出来ているという事を、意味する。
「馬鹿――な」
ありえない。エーテルってのはエネルギーの事じゃないのか?
高速で思考を展開する。しかし、いくら考えた所でなんらかの答えにたどり着けない。
――そも、自分の知識量ではどう考えてもこれ以上は考えるだけ無駄だ。
そうだ、落ち着け、別にソレが何かわからなくても人形を解体す事は出来るだろう?
この間の仕事で出会った魔術使い達がなぜソレが使えるかも考えずに戦ってきたじゃないか。
――そうだ、別にそんな疑問は解決しなくてもいい。
その結論にたどり着いた瞬間――いつの間にか、金の霧になり始めた腕にのみに意識を集中させていた俺は、顔を上げた。
しかしそこには、残った右腕を振りかぶった人形の姿が見えた。
その拳が、まだ強化外装甲の再生しきっていない腹部を目掛けて突き出される。
――食らえば、流石に死にはしないだろうが、重症は必至だ。
今の状態では、ソレを回避する事は出来ない。かと言って、点である突きの一撃に対する防御手段では、間に合わない。
故に、俺は――

――to be continued.

<Back>//<Next>

28/41ページ

[戻る]


あきゅろす。
[小説ナビ|小説大賞]
無料HPエムペ!