EternalKnight
参話-7-<脱出>
<SCENE039>――深夜
一時間ほど五十七階のフロアで休息を取った俺は、まだ痛みの残る体で階段を上って五十八階へと辿りついた。
そこは、今までの階層とは別世界と言って良い程に、煌びやかな装飾がいたる所に施されたいた。
「すっげぇな……――って見とれてる場合じゃない、さっさとバルロクスの所に行かなきゃな」
少なくとも、この階にバルロクスはいない筈だ。社長室も私室もバルロクスの部屋は全て五十九階に存在する。
この階に留まる理由が無いので、俺はそのまま階段を上って五十九階へと足を進めた。
そして、五十九階。社長室の位置も私室の位置も把握している――のだが、一体どちらに向かうべきか……
片方へ行っていなければもう片方へ行けばいいだけなので、迷う程のことでも無いんだが――
いや、待て――ココに来た時に既に警備員が言っていなかったか?
『すいません、社長は既にお休みになられたようです――』と、つまり……ソレは既に私室にいるということではないのか?
少なくとも、社長室にいるのであれば、そんな返答は帰ってこない筈だろう。
「私室だな――まぁ、いなければ社長室も調べればいいだけだ」
自身を納得させ、俺はバルロクスの私室へと足を進めた。そして――誰にも会う事無くバルロクスの私室の前にたどり着いた。
本当に――他人事ながらに危機感が掛けていると思う。
下でアレだけの銃声を慣らし、かつ爆発まで幾つか起こったと言うのに、誰一人警戒しているようには思えない。
警備兵や機動兵器、特殊能力者がソレほどまでに頼もしいのか――危機感を感じた事の無い故に、危機感知が出来ないのか。
「まぁ、どっちでもいいけどな」
呟いてから、俺はバルロクスの私室の扉を開け放った。そして、扉を開いた瞬間、俺の視線は数瞬、一点に固定された。
その固定された視線の先には――――頭と四肢を根元から捻じ切られた胴体が、壁に観賞用の様な銀色の剣で磔にされたいた。
「なん……だよ、コレ」
部屋から漏れているであろう血臭を感じなかったのは恐らく――エストークの血を浴びたから……だろう。
さすがに、五十二階の血臭がココまで届いている筈は無い。
誰だ、誰がこんな事をした? 何故俺が今から殺すつもりだった相手が、既に死んでいる?
別に、自分で殺したかった訳ではない。ただ、この状況が理解できなかった。その死体は、あまりにも異常だった。
頭と四肢を根元から捻じ切られる? 一体どんなことをすればそんな事が可能になる――
いや、待て――あの黒い少年なら……全てが未知数な彼ならば、この芸当も可能――か?
そもそも、彼は仕事を依頼されたと言っていたが、俺を殺す事がその依頼ではなかった。
エンヴィフィトはバルロクスが俺に依頼していることを知っているにも関わらず――黒い少年の仕事は俺を殺すことじゃなかった。
つまり、彼の仕事は――バルロクス=リーファブを殺す事……だったと言う事ではないのか?
否、それ以外に考えようが無い。それ以外は恐らくつじつまが合わない。
そも、アレはホントにエンヴィフィトなのか? 彼の私室にいるから彼と決め付けるのは早計じゃないか?
頭部が捻じ切られて存在しないんだ、だったらバルロクスかどうか確認することなんて出来ない。
……ならば、頭部を捜すか?――それだけ思考して、ようやく磔の胴体から視線を外し、部屋の中を見渡す。
そして、かなりの広さを持つこの部屋の壁面に捻じ切られていた四肢が、法則性など無い様に先程と同じ銀の剣で壁に磔られていた。
だが、頭部が見つからない――手足は判り易い場所に磔られていたのに、何故頭部だけ見つからないのだろうか?
頭部を探すように視線を彷徨わせると、視界の端に銀の剣を見つけた。
ソレは、壁に飾られた――やはり観賞用の――剣だった。
三本が交差して額縁に収められているのが二組――と、同じものが入っていたであろう割れた額縁がもう二組。
つまり、六本の剣が無くなった事になり、その内五本は胴、そして四肢に使われており、既に見つかっている。
ならばやはり……残った一本は頭部と磔るのに使われている筈だ。
そうして、視線を再び拾い室内に彷徨わす。――が、やはり見つけると事が出来ない。
――待て、部屋の壁面にも、床にもない。そして、他は全て磔られている……と、言う事は――
そして、俺はこの部屋に入ってから――一度たりとも上を見上げていない。ココまで来れば、馬鹿でも解るだろう。
俺は、上を――四メートルはあろう天井を見上げる。そこに、部屋の中心の天井に、ソレは磔られていた。
恐怖と痛みと疑問に引きつった、バルロクス=リーファブの頭部が、磔にされていた。

<SCENE040>――深夜
バルロクスの部屋から外に出た。勿論磔にされたバルロクスの残骸は放置したままだ。
さて、現状を再認識してみよう。
バルロクスは既に殺されていた。エンヴィフィトの依頼を受けた彼に――黒い少年に殺されていた。
ソレが意味する事はつまり、バルロクスの作戦はエンヴィフィトに筒抜けであり、同時に、掌の上で踊らされていた、と言う事だ。
俺――セリア――の予測でしかないが、バルロクスが考えていたのは二段構えの作戦。
目上の瘤である――エンヴィフィト――を消すか、ソレが出来ない場合でも侵入者である俺を殺す事によりその信頼を得る、と言うモノ。
もっとも、俺を消す事をたかが機動兵器一機を隠し球にした程度で可能だと思っているあたり、既に作戦としては失敗だったのだが。
否、機動兵器に勝てれば、そのままエンヴィフィトを殺せるだろうって判断だろうか。
だが――機動兵器に勝てる程度ではあの能力者達には勝てないだろう。その辺りが、バルロクスの読み違いだった。
しかし、もっとも彼が読み違えていたのは、他でもない標的、エンヴィフィト=リーファブの事だろう。
そう、彼の作戦は完全に、エンヴィフィトに読まれていた。
考えても見れば当然の事だ。たった一代でリーファブ社を三大総合企業にまで成長させた彼が、この程度の計画を見抜けぬ訳が無いのだ。
そして、バルロクスが手札として使用するつもりだった俺すらも、エンヴィフィトは己が手札の様に使ったのだ。
エンヴィフィトは、黒い少年を使ってバルロクスを殺し、ソレを俺の犯行に仕立てるつもりだったのだろう。
そして、進入してきた俺は能力者の三人のいずれかが始末すれば、それで彼の計画は完全だった。
バルロクスが死に、その日の侵入者は俺一人――と、なれば自然に犯人は俺になるだろう。
そして犯人に仕立て上げた俺を殺せば、犯行の真実は誰にもわからなくなる。つまりは、そういうことだ。
そして、手駒全てにアリバイがあれば、自身が疑われる事は決してない。その作戦の誤算は二つだ。
――が、その二つの誤算は打ち消しあって、多少の被害を被るが、彼が考えていたであろう最悪の事態は避けられていると言っていい。
最悪の事態とは、すなわち自身――エンヴィフィト――が死ぬ事。
そして、二つの誤算――その一つは、俺が能力者全てを殺したこと。もう一つは、俺の標的がバルロクスであることだ。
つまり、結果から言えば、彼は手駒を失い――自身は死ぬ事無く、計画を成功させた事になるのだ。
「俺は――」
俺は、どうするべきだろうか? 今の俺には、エンヴィフィトを殺す事など造作も無いだろう。
彼にはもう――手駒が残っていない。そしてこの階層には、エンヴィフィトの私室がある。
確かに、彼はバルロクス同様に俺を利用した。だが――彼は自分の意思で俺を使う事を決めたのではない。
あくまで、バルロクスの手札であるから、俺を利用したのだ。そして、何より――
『俺は――エンヴィフィトを殺すつもりは無い。俺を利用しようとしたバルロクスを殺すだけだ』
『ソレを聞……いて、安心しま……した――あの方……は、私の恩人で……すから――』
約束ではないが――彼に言ってしまったから。殺すつもりは無い――と、最後にエンヴィフィトの心配した彼に、言ってしまったから。
「俺は――」
だから……俺は――エンヴィフィトを殺さない事に決めた。

<SCENE041>――深夜
エンヴィフィトを殺さないと決めた以上、もうココに用は無い。さっさと脱出してしまおう。
そう決めて、先ずは、バルロクスの私室になるシャワールームで、強化外装甲についた血を全て洗い流した。
ココからもう予定通りにしたがって行動するしか道は無い。と、言うかその脱出方法以外は考えていない。
既に来ている治安府の連中とやり合って正面突破という手もあるが、エストークとの戦いでの負荷が残っているので危険ではあるだろう。
そも、ソレがなくとも、そんな事をするつもりは無い。脱出の大まかな手立ては考えてある。
脱出する前に……そうだな、崩落させる箇所は後二箇所――ぐらいかな? ビルを支える構造上それ以上は危険だろうし。
決めて、俺は五十三階と五十四階の間、さらに五十四階と五十五階の間の階段をエリニュスのチャージショットで崩落させた。
そして、現在位置は五十五階。さて――コレで後、数十時間は治安府ココまで上がってこれないだろう。
まぁ、其処に意味は無い――別に、脱出だけなら時間は一時間と要らないと言える。早い話が治安府連中への単なる嫌がらせだ。
今現在、俺の居るこの位置からでは、階段を使うにしても崩落させた瓦礫を退かさなければ脱出口とはならないだろう。
詰まる所、既存の脱出口は全て俺が破壊したが故に、脱出口は無いと言う事だ。――だがソレならば、新たな脱出口を作ればいいだけの事。
「えっと――確かこのあたりだったかな?」
階段から離れた位置にある何でもない壁――その目の前に俺は立っている。
大体の位置は覚えているのでここで間違いはないだろう。と、結論付けて、俺はエリニュスの引金を強く押し込んで壁に向ける。
チャージ時間は……三秒もあれば十分だろう――と、適当に考えて、俺はおよそ三秒ほど押し続けた引金から指を引いた。
そうして吐き出されるエーテルを内蔵した弾丸は、勿論銃口の先にある壁に衝突し、小さな閃光と崩れ落ちる壁の音を生み出した。
崩れた壁の向こう側にあるモノは――予定通り、エレベーターシャフトだった。
そう、このビルは一階から最上階――六十階――にまで伸びるエレベーターが存在するのだ。
ソレは五十二階から五十九階にこそ止まれないが、確かに一階から最上階まで続いている、一本の縦穴だった。
エレベーターは稼動している。
だがココから下を覗き込む限り――ソレは今、治安府の連中が、崩落させた瓦礫の撤去を行なう人員を運ぶ事だけに使っている。
つまり、一階と五十一階を行き来する動作以外、行なっていないのだ。――コレは予測済みの事だ。
治安府の連中は、一刻も早く瓦礫を撤去しようと、人員をひたすら五十一階へと運ぶ、と――ソレは十分に予測できた。
詰まる所、あのエレベーターに人が乗っているのは、昇りの際のみなのだ。――上がった人間をわざわざ下ろすようなマネはしないだろう。
俺は穴を開けた部分からシャフト内に進入し、整備用の梯子を使ってシャフト内を降り始めた。
直ぐ下の足元では、エレベーターが稼動し、五十一階と一階の間を今も往復している。
そして、俺は五十二階のドアのあたりまで梯子を下りたところで、降りるのを一旦止めて、エレベーター昇り降りに掛かる時間を計る。
――と、言っても、自身の体内時計に基づいてでしかないが、ソレをおよそ数回測ると、およそ――三分前後だった。
俺は再びシャフトを降りて行き、止まっているエレベータの天井の上に静かに、音を立てぬように乗った。
そうして――止まっていたエレベーターが動き出すと同時に、意識を集中させる。
エレベーターが降下を始める、動体視力を最大限に生かし、高速で降下して行く中で、扉に描かれた階層を表す数を全て認識する。
俺は――事前の情報により、このリーファブ社の本社ビルの各階に何があるのかを知っている。
故に――この時間、確実に人がいないと思える階層を知っている。
ソレは――この時間は既に閉店し、開店していない社員食堂のある階層――三十一階――だった。
高速で視界を流れて行く扉の三十三階の表示を認識した段階で、俺は降下して行くエレベーターを蹴って、整備用の梯子に向かって跳んだ。
高速で降下している物体からの跳躍に――浮遊感に包まれながら、俺は梯子を掴んだ。
――そして掴まったのは三十二階と三十一階の扉の間の梯子。
眼下では今もエレベーターが高速で降下しており、次に上がってくるまでに掛かる時間は予想では二分程度だろう。
それだけあれば十分だが――
そうして俺は、三十一階の扉にたどり着き、その扉を強引に力任せにこじ開けて、三十一階への侵入に成功した――
「さて、コレで脱出は完了――かな?」
予想通り、三十一階に社員食堂には誰も人がおらず、俺は誰にも見つかる事無く、ココにたどり着いた。
後はまぁ――一般人を装って、階段でも使って堂々と、このビルから脱出するだけでいい。
よくよく考えれば、色々と持ってきたの結局使わなかったなぁ……閃光弾とか持ってきてたのに……
「しかし、今回はホントに大変な仕事だったなぁ……全く。――しかも、よく考えたら追加で金もらえないし」
まぁ、ソレは仕方ないか……と、適当に納得して、俺は階段を探し、階段を降り始めた。

――to be continued.

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