EternalKnight
参話-6-<高速戦闘>
<SCENE038>――深夜
エリニュエスの無数の咆哮が響く。その中で、エストークの口元が微かに動くのが見えた。
ココまでの戦いで、ソレが魔術と呼ばれるモノを起動する為のモノである可能性が高い事は解っている。
故に――引金を引く指を離し、意識を後方へ向け、跳躍する。そして滞空中にエストークの居た場所に視線と意識を戻す。
だが、そこには既にその姿は存在しなかった。
「っな!?」
驚愕の声が漏れる。当然だ、時間にして二コンマ秒程度――唯それだけで、エストークは俺の目の前から消えたのだから。
そして着地したその瞬間、気配が一切しなかった背中から強烈な一撃を受け、跳躍前に居た方向へと吹き飛ばされた。
吹き飛ばされ、数秒間浮遊感にとらわれる。そして、当然のようにそのまま受身すら取れずに無残に地面を転がった。
「っ……」
痛む体を無視して、視線を先程の跳躍の着地点付近に向ける。
そこには、気配を微塵と感じさせないエストークが、当然のように立っていた。
その足には、先程まで無かった筈の蒼く輝くメタルブーツが存在している。――解らない事だらけだ。
そもそも奴の能力がわからない。ウェレオルトは火、オルタヴィアは風――それでは、この男は一体何の能力者なのか?
本気で追おうとしたわけでもない、目を離したのは一瞬だ。そのただの一瞬の間に――この男は消えた。
非常識だが転移能力、或いは超高速移動――それ以外に、そんな事が出来る筈が無い。
否、非常識だと言う認識は要らない。そも、下に居た二人ですら既に非常識なのだ。今更そんな事を考えても仕方がない。
それに加えて気配を消す能力に、突然現れたメタルブーツ。――駄目だ、何一つ繋がらない。
相手の能力がわからないだけでも既に拙い状況と言っても過言ではない。
――ソレに加えて先程の一撃で背の強化外装甲は破壊されてしまった。NMSによって自動修復するとは言え、再生には時間が掛かるだろう。
つまり、強化外装甲が直る前に、もう一撃背中に受ければ、恐らく俺は――死ぬ。
強化外装甲を破壊する程の力を、何の防御も無い人間の体で耐えられる筈が無いのだ。
だけど……だから――正面からコイツと戦わなければならない。
転移だか高速移動だか知らないが、そんな奴相手に逃げても意味は無いのだ――
ましてや、気配を消せるような相手に今現在の最大の弱点である背を向けて逃げるなど――自殺と一緒だ。
視線をエストークから一瞬たりとも放さずに、エリニュエスを腰に仕舞い、両腕のパーツを展開させて、ブレードを握った。
一瞬で視界から消えれる相手に、銃などは意味が無い。――それだけの速度の前では中る前に回避されるしかない。
意識を集中させる――本気の俺の動体視力ならば、高速移動なら見えるはずだ。逆に見えなければソレはつまり――転移であると言う事。
数秒の間、どちらも動く事無く、空間を静寂が包む。そして――エストークが動いた。
《動いた》のだ――それはつまり、転移能力ではないと言う事を意味する。だが――速い。恐ろしく速い。
肉体の枷を外した――制限を解除した――俺と同等に思えるほど、その動きは速かった。
姿を追うことしか出来ない、制限が掛かっている限り、この速さに対立する事は出来ない。
俺の左側に回りこんだエストークが、左足を軸に右足から蹴りを放った。鋼鉄の蹴りが迫る。――圧倒的加速力を持って迫る。
だが、回り込んで来た瞬間から蹴りが放つまで――僅かではあるが、それでも確かに時間があった。
故に――この攻撃は致命傷にはならない。
回り込まれた瞬間から、右へ攻撃を避けようとした俺は、なんとか蒼い足が放つ脅威から身を護った。
――だが、ソレが無事だと言う訳でもない。本来なら、腰に届くはずだったダメージを左腕に変えただけに過ぎない。
圧倒的加速力を持った蹴りが、俺の左腕を捕らえた。その一撃を受けた左腕の装甲は壊れ、内部――俺の左腕――にもダメージを与える。
さすがに、強化外装甲が威力を緩和している為、折れてはいない――だが、左腕に痺れが走り、握っていたブレードを落としてしまった。
左手のブレードが地面に落ちる音が聞こえる。――視線はエストークから外さない。
そうして再び静寂が訪れる。だが、その静寂を破ったのは――
「私の攻撃を完全に回避しきれてこそいないが――貴方には、私の動きが見えてますね?」
――他ならぬ、エストークの声だった。俺はその声に応じない。
「いやいや、実に素晴らしい。私達の攻撃に反応できた聖具を持たない人間は、貴方が始めてだ――その動体視力は敬意に値します」
「私達? お前は一人だろ?」
もう一人の人間など見当たらない。それでは、《私達》とは一体どういう意味なのか?
「いえ、私は一人ではありません――そうだ、貴方は聖具がなんであるか知らないようなので、一つご教授しましょう」
「聖……具?」
ソレは、その単語には聞き覚えがある。魔術――ウェレオルトやオルタヴィアが持っていた力――とは違う力。
少なくとも、あの黒い少年は違う力だと定義して、喋っていた。
「彼らは意思を持つ装具品であり、身体能力を強化し、魔術にも似た特殊能力を与える、いわば、最上級の魔術兵装(マジックウェポン)」
「意思を持つ装具品、それが……聖具?」
装具品――だとすると、奴の聖具とやらは――あのメタルブーツ……か? 否、それ以外には考えられない。
「そう、そして私の聖具の名は《瞬足》――通常の身体能力強化とは別に高速移動する特殊能力を持つ、私の力です」
自身の能力を相手に明かす。ソレは元来はっきり言って意味の無い――或いはマイナスの意味しか持たぬ行為だ。
だがしかし――たとえソレが真実で有ったとしたところで、ソレはこの状況を打破する何の手がかりにもなりはしない。
エストークにもソレは解っている。つまりそれは余裕からくる、まったく意味の無い行為。――だが、エストークは続ける。
「そして、彼に加えて、私自身が学び、手に入れた力――気配の遮断や身体強化と言った空の魔術を持つ私に、貴方が勝つ手段はない」
勝つ手段は無い、か……確かに今のままじゃ、殺られるしか無いだろう。
制限解除をしてやっと同等であろう速度、挙句、ソレを使っても時間は限られている。
仮に時間内に勝っても、その後の身体的な負荷が大く――少なくとも丸一日以上は意識を失う。その間に治安府の連中が来れば終わりだ。
だけど――だけどだ、俺は《奴》を倒すまで、殺すまで……負けれない。死ぬ訳にはいかない。
「さて、貴方はどのようにこの絶望的な状況を切りぬけますか?」
ならばどうする? どうやって生き延びる、目の前の男を倒す? 手段は何も無いのに――……本当に何も無いのか?
確かに状況は絶望的だ――だが、敵は完全に自分の勝利を確信していると言っていい。さもなくば、能力について語る筈が無い。
相手は油断しているのだ。慢心しているのだ、そこに……隙が無い筈が無い。
故に、思考し、模索し、そして実行しろ――数パーセントの勝機を引き寄せろ。そうだ、今までだって、実力で勝てぬ相手を凌駕してきた。
「ふむ、色々と考えているようですので、選択肢を提示して上げましょう」
「選択肢……だと?」
俺は、その突然の提案に、唖然として言葉を聞き返した。
「えぇ、選択肢です。このまま私に負けて死ぬか、私の部下となりオルタヴィア達の代わりをするか。さて、どちらを選びますか?」
答えるまでも無く、考えるまでも無い――そんな物は選択肢とは言わない。
「どっちの選択も願い下げだ――俺は死ぬつもりも、お前の部下になるつもりも無い」
「そうですか……貴方程の力を持ったモノは滅多にいないので残念です――」
言い終わった瞬間、再びエストークが動いた。――その超高速移動を、唯一補足できる視線で追う。
瞬間――閃いた。勝利への方法を、唯一可能かも知れないその方法を。
同時に、エストークは、先程同様左側へと回り込む。ソレを見て、俺も先程と同じように体を右方向へと移動させる。
移動させながら、痺れがようやく取れた左手で、強化外装甲の首の裏の位置にある小さなボタンを押そうと動かし始める。
当然のように、指がボタンに到達する前にエストークの右足が迫り、かわそうとしていた俺の脇腹を捕らえた。
一撃――強化外装甲の上から高速の一撃を食らう、スピードが生み出す破壊力は凄まじく、俺は当然のように吹き飛ばされた。
そして、右手に掴んだブレードを離さず、且つソレによって自身がダメージを受けない様にしようと、受身も取らずに地面を転がる。
左の脇腹の強化外装甲は壊れ、その下の俺自身の脇腹にも相当なダメージが有る。
それに耐えつつ、立ち上がりながら。俺はようやく、首の裏の装甲についた小さなボタンを押し込んだ。
瞬間、首筋に小さな痛みが走る、首筋から異物が打ち込まれる。
しかし、立ち上がった俺に追い討ちをかける様に、エストークが追撃を仕掛けてくる――が、血流に乗った異物が脳へと到達した。
瞬間、全身の感覚が、力が、一気に研ぎ澄まされた。そして同時に、この方法で唯一問題となっていた部分も解決されている。
その間にもエストークが迫り、今度は右から背後に回りこまれる。
背後にいるせいで、エストークの姿は見えない。――が、既に二度見た攻撃のタイミングを間違える筈が無い。
制限による枷が外れた今、ソレをかわせない道理は――無い。
左足を一歩前へと出し、体重をそちらに移して前傾姿勢を取り、エストークの蹴りを回避する姿勢を作り出す。
そして、予測どおり放たれたエストークの蹴りは空を切り――高速の蹴りが発生させた風によりソレを知覚してから、次の動作に移る。
俺の右手に逆手で握られたブレードを、素早く順手に持ち替えつつ、先程動かさなかった右足を軸に、振り返るように右に回転する。
そして、順手に持ち替えた右手のブレードを回転の勢いに乗せて一気に振りぬき、左から右へと切り上げた。
確かな手応えは感じると同時に、エストークの斬り口から大量の血が噴出し、至近距離、真正面にいる俺の体を赤が濡らす。
そして、エストークが膝を折り、俺は振りぬいた体勢を維持し続ける。
「――っが……まさか、私が、負……けると……はね――」
膝を追ったエストークが、息も絶え絶えに呟くが、俺は何も応えない。
「最……後の……一しゅ……んの動き――――アレは……予想……外、でした――」
俺は何も応えず、ゆっくりと体勢を元に戻す。
「あな……たは――強い。確……かめた、訳では……ないですが、今まで……出会ったな……かでは……二番目の強さ……でしょう」
「そうか……」
自分を倒した俺よりも強い存在、か。まぁ――上には上がいるものだが。
さて、話している間に制限解除からおよそ60秒……そろそろ効果が切れる筈――っ!?
突如、右腕と左足に激痛が走る――だが、気絶するほどのものでも無いし、他の部分も軋みを上げるが、比較的普通だと言っていい。
「あなた……は――先へ……進み……ますか?」
言いながら、エストークはついに自身が流した血の海に完全に倒れこむ。
その姿を眺めながら、右腕と左足の痛みを堪えてエストークの問いに短く「あぁ」と、答えた。
「そう……ですか――エン……ヴィフィト……様を……護れなかっ……たのが……心の……こり……ですね――」
「俺は――エンヴィフィトを殺すつもりは無い。俺を利用しようとしたバルロクスを殺すだけだ」
ソレがどんなに些細な事でも、知っている情報を隠し、俺を利用しようとしたのだ――本来の依頼を聞く必要など無い。
たかだか機動兵器一機程度で何故、俺に勝てると思ったのか知らないが――とにかく俺を利用しようとしたコトを許すつもりは無い。
「ソレを聞……いて、安心しま……した――あの方……は、私の恩人で……すから――」
「そうか――」応えて、俺はその場に座り込んだ。
「行かない……のですか? 早……く、行かな……いと、治安……府の……者達……が、きます……よ?」
血の海に沈み、俺に声をかけてくるエストークの瞳には既に光が無い、もう長くは無いだろう。
確かにエストークの言うとおり、早く目的を果たすのに越した事は無いのだが――軋む体を動かすには、少し休まないと厳しそうだ。
「色々と手を打ってるし、問題ないさ」
エレベーターは破壊してあり、階段も五十一階と五十二階を結ぶ階段は崩落させてある以上、多少の時間ではまず介入は無いと考えて良い。
「そう……ですか――」
最期にそれだけ呟いて、エストークだったモノは完全に停止した。その隣に座り込んだまま、俺は動かない。
肉体の制限を外してその後気絶しなかったのは初めてだ――が、コレは確かに、気絶するのも納得できる気がする。
そも、制限を外した後に倒れる原因は、身体の限界スペックを強引に引き出し、その力で戦うからである。
詰まる所、強引に肉体を行使した結果、時間が切れた折に身体的疲労や負荷がリバウンドし、気絶するほどの痛みと疲労を生み出すのだ。
極端に言うのであれば、制限を外したところで、全く動かなければ疲労は零、と言う事だ。
故に、俺は出来る限り肉体に負担をかけぬ様、思いつく範囲で最低限の動作量での動きでエストークを倒した。
――まぁ、それでも振りぬいた右腕と回転の勢いをつけるのに地を蹴った左足の負荷は想像以上に大きいのだが。
「その場でぶっ倒れるのよりは随分とマシだけどな――」
この場で倒れたら元も子も無い。と、言うかセリアやケビンの治療があって一日、二日は起きないのだ。
それだけ時間があれば治安府に捕まり、最悪その場で銃殺になりかねない。
連中は中流以下の人々の命を消す事などなんとも思っていないだろうしな――。
に、しても――ホント強かったなぁ……戦った三人は全て俺が今まで戦ってきた中で上位に位置する程の腕だったと言える。
否、エストークに関しては本当に今まで戦ってきた中で一番強かっただろう。
「ホント――よく勝ったよなぁ、俺……」
呟いて、直ぐ隣に倒れたエストークの躯を見ると、いつの間にか蒼いメタルブーツが消えていた。
――まぁ、今更聖具だの魔術だのが異常な現象を起こしても驚く事も無いだろう。
ソレが常識の外にある力だからこそ、彼らは特殊能力者などと呼ばれたいたのだから――

――to be continued.

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