EternalKnight
参話-5-<魔術師〜戦士の生き方〜>
<SCENE036>――深夜
階段を駆け上がり、五十六階に辿りつく。そこには、俺よりも少し年上に見える、緑色のショートカットの女が立っていた。
そして、その女は俺の姿を確認するなり口を開いた。
「ココまで上がってきたってコトは、ウェレオルトを倒して来たのね」
そう言った女の服装は先程の優男と違い見た目にも薄手だが確かに装甲と呼べるものを纏い、その手には剣が握られていた。
その剣は鑑賞用に生み出されたかの如く美麗で、二十メートル程離れたココからでは解りづらいが、確かに何かが陰刻されていた。
ソレが、一体何を意味し、どういった意味を持つのかは解らない。
だが、先程の優男と同じように、この女もまたリーファブ社が抱える特殊能力者なのだ。
だとすると、やるべきことは一つ――相手の能力が未知数である以上、その能力を使われる前に……殺す!
そう、俺が考えているだろうと露ほども考えていないのか、女は言葉を続ける。
「それじゃあ、先ずは名乗っておきましょう。私の名はオルタヴィア=ティノキア。あなたは――」
その言葉を遮る様に、即座に右腕に持っていたエリニュスの銃口の先にその姿を捉え、トリガーを引く。
瞬間、エリニュスの咆哮が響いた。――が、咆哮が響いたと同時か、或いは遅れて、横殴りの風が吹いた。
俺にとって横殴りの風であるという事は――すなわち、打ち出した弾丸にとっても横殴りであることを意味する。
そして強風によって弾丸の弾頭が若干ブレて、軌道が変わる。そして軌道が少しでも変われば――当然の様に着弾点は大きく変わる。
そのまま弾丸は変えられた軌道を進み、女――オルタヴィア――にかする事すらなく、壁に衝突してその勢いを失った。
なるほど、あの男――ウェレオルトと呼ばれているあの男の力を火とするなら――この女は風……か。
「名乗らずに不意打ち、ね。……まぁいいわ。今ので解かったでしょうけど、私に銃を向けても意味なんて無いわよ」
なるほど……接近戦を挑んで来いって言いたい訳だ。
確かに……銃では対抗できない――故に近接戦闘を以外に道はない。だがそう思わせる事こそが、恐らくあの女の戦術。
大方、手を読めずに接近戦を挑めば、どんな効果があるかは知らないがあの剣の出番と、言ったところなのだろう。。
だが、解かっているモノに乗ってやる必要はない。弾丸の軌道を変えたところで無駄な攻撃もあるってことを教えてやる。
構えたまま右腕のエリニュスの引金を引き、そのトリガーを深く沈み込ませる。
如何に軌道を逸らした所で、結局は弾丸が本人が当らない程度に逸らすだけに過ぎないのだ。
故に、着弾がそのまま爆発に直結するエリニュスのチャージショットの前に、弾丸の軌道を逸らす能力など無意味。
――先程の戦いでは、熱に頭をやられ、初めての実戦使用になるエリニュスのコノ能力の事にまで考えが回らなかったが、今は違う。
俺が構えるエリニュスの銃口を見ながら、女の表情は険しくなり、何を思ったかその手に持った剣を居合いの様に構えた。
これでチャージ開始からおよそ五秒……何を考えているか知らないが――この一撃で終わらせる!
そうして、右人差し指の力で押さえ込み、沈み込ませていたトリガーを力を抜く事で開放した。
瞬間――圧縮されたエーテルを内包した弾丸がエリニュスの咆哮と共に吐き出された。
だが、弾丸を打ち出した銃口の先にいる標的――オルタヴィア――は何かを呟きながら、構えた剣を居合い抜きの様に横一文字に振るった。
そして、オルタヴィアが剣を振り抜いて数瞬の間を置き、打ち出された弾丸は、何に当った訳でも無いのにも関わらず、空中で切断された。
圧縮されたエーテルが爆発し、金の閃光と爆音と爆風が辺りを包みこむ。
――一体何が起こった? 先程の不振な動作から考えても、オルタヴィアの力以外には考えられない。だが、一体何をしたと言うんだ?
「大した破壊力ね――まぁ、アレだけエーテルを含んでれば当然なのかも知れないけど……」
金の光は大気に溶けるように消え、その向こうに、先程までとおよそ同じ位置にいるオルタヴィアが見える。
その位置から、空中で分断された弾丸までの距離はまだ幾らかあり、視覚的に、あの瞬間に弾丸に干渉する物質は一切なかった。
だが、ソレはありえない。何の原因もなく結果が生まれる事はない。故に、確実に何か原因があるはずなのだ。
ソレを考えろ――先程の現象の正体を、オルタヴィアの持つ能力を推理し、推測しろ。
風、振るった剣、魔術、空中で切断された弾丸……それらから考えられる能力は――
「――圧縮した風に……指向性を持たせて打ち出した風の刃――か?」
呟いた俺の声が聴こえたのか、未だ二十メールは離れた位置にいるオルタヴィアは少し意外そうな顔をしていた。
「あら、たったの一撃で見破るなんて、少し予想外だったわ――確かにコレは圧縮し風を利用した刃よ、あなたの予想通りね?」
なるほど、俺の予測は当ったわけだ……だけど――
だとすれば、あの陰刻は一体なんなのだろうか? ……ウェレオルトが血で描いていた紋様の様に、力を発動させる為のモノ――か?
まぁ、そう考えるのが最も妥当だろうし、他に何か思いつく訳でもなければ、答えがもらえる訳でもない。そして――
「でもね? ――見破れた所で、あなたに私を倒す事が出来るかしら?」
――通常の弾丸は風によって軌道を変えられ、エーテル弾は空中で切り落とされる。
挙句、あの風の刃を相手として接近戦を挑むのはどう考えても危険。つまり……オルタヴィアの言う様に、俺には攻撃の手段が無いのだ。
だが、あちらの風の刃が飛んでくる。剣筋から大方の場所を予測出来るが、何より問題なのは射出された後、刃が見えない事だろう。
こちらからの攻撃手段――敵が構えた戦術と言う陣の抜け穴――を見つけない限り、勝ち目は無い。
故に、今は唯、オルタヴィアを倒す事だけを――否、そんな生ぬるい事では駄目だ。
そう、今は唯、オルタヴィアを殺す方法を、模索し、思考し、実行する――ただ、それだけでいい。
冷静になれ、そも――オルヴィアはどうやって外見の変わらない二種類の弾丸を見分ける事が出来た?
偶然か、それとも何らかの方法で解かるのか……恐らく偶然では無いだろう。――ならば、予測できる方法は二つ。
――さらに、ソレを絞り込む為の方法を行使すれば……この陣の穴を見つけることも可能になる筈だ。
今度は左腕に握られたエリニュスの銃口をオルタヴィアへと向け、トリガーを沈み込ませる。
さらに、オルタヴィアに銃口を向けたままの右腕のエリニュスの引金を軽く引く。
右手のエリニュスの咆哮が響き、マズルフラッシュが視界を焼き、次々に弾丸を吐き出して行く。
予想通り、打ち出した無数の弾丸はその全てが横殴りの風に弾道をずらされ、軌道を変えられて、オルタヴィアに届く様子は無い。
軽くトリガーを引き続ける右腕のエリニュスが届く事無い弾丸を吐き出し続けるが、一向に状況は変わらない。
チャージを始めてから五秒程経った所で、強く引き続けていた左腕のエリニュスのトリガーに掛かる指の力を少し抜く。
瞬間、今も吐き出され続ける右腕のエリニュスの咆哮に混ざり別の咆哮が響き、エーテルが込められた弾丸が吐き出された。
握る力を弱めた左腕のエリニュスはエーテル内蔵弾丸を吐き出した後、何のタイムラグも発生させず、次の通常の弾丸を吐き出す。
弾道は追わない、見つめる先にはオルタヴィアのみが存在する。
弾道を追っていない俺には無数の弾丸の内、どの弾丸がエーテル内蔵弾であるか分からない。
未だ爆発していない事から、今だ打ち出された内のどれかがそうだ、という事しか分からない。
そも、並大抵動体視力では無数の弾丸の中の一つを追うことなど不可能だと言って良い。
そして、エリニュエスによって打ち出された弾丸も先程までと同様に、それぞれ軌道をそらされていく。だが、しかし――
撃った本人すらどの弾丸か認識出来ていない弾丸の群の中に向けて、オルタヴィアは再び口元を動かしながら剣を虚空に振るった。
――振るった剣の射線上に存在する、軌道を逸らされた無数の弾丸を全て切断しながら、見えない刃が――風の刃――が飛ぶ。
見えない鋭利な風の刃が無数の弾丸の一つを切り裂いた瞬間――再び、視覚は金色の閃光に、聴覚は轟く爆音に奪われた。
――オルタヴィアは如何にしてエーテルを内蔵している弾丸を見極めているのか? その答えが……見えた。
さぁ、コレで弾丸を見分けられる理由が解かった。考えられる仮設が二つである以上、どちらかが消えれば残りが答えとなる。
俺の思考を読む事と、弾丸そのものを見分けられる事。ソレが、仮設として考えられた二つ。
『アレだけエーテルを含んでれば――』
オルタヴィアは最初のエーテル内蔵弾を切断した後、そんな事を言った。――そんな事がなぜ解ったのか?
答えがあるならば二つ、その事実を知る者――俺――の思考を読むか、或いは弾丸にエーテルが入っていると認識できるか、だ。
まずオルタヴィアの能力は俺の思考を読む類のものじゃない。
そうである仮定して、それだと、俺がどれであるか認識していなかった弾丸をピンポイントで破壊できた説明がつかない。
混ざっている事が理解でき、ソレがどれであるか解らない場合、普通の思考の持ち主なら、まず間違いなく着弾地点から離れるだろう。
ソレをせずに切り落としに掛かった理由はひとつ。――つまり弾丸……内蔵されているエーテルを感知する類だという事だ。
相手の陣を構成する手札の内は幾らか見えた――他の手札があるなら引きずり出す、もうないのならば……始末する。
――細かい戦術など要らない、俺が生き、オルタヴィアがどんな状態であれ動けなくる、その結果さえあれば、過程など微塵の意味も無い。
たとえ危険であっても、それ以外の方法がないのであれば、それを実行するのみ――
「――行くぞ」
短く呟き、地面を蹴り、足を踏み出すして前方へと進み、オルタヴィアとの距離を詰める。
「接近戦を仕掛けてくるのね――もう手がないのかしら?」
言いながら、迫る俺に向け、オルタヴィアが陰刻が刻まれた剣を振るわれ、不可視の風の刃が放たれる。
だが、この程度――約十三メートル園内――の距離でそんな直線的な攻撃に当るつもりは無い。
オルタヴィアに向かって進む速度を落とさずに、斜め前に進む要領で、前進しながら迫る風の刃をかわす。
この回避が出来るのは今回のみ、次からは距離が短い分危険だ。回避が間に合わなくなれば、そこであの風の刃の餌食となるのだから。
風をかわした俺に向かってオルタヴィアは当然のように、俺に向けて次の風の刃を再び放つ。
オルタヴィアは刃を振るう度に何かを呟いているが、単語の様なモノであるのか、休む事無く風の刃が飛来する。
先程の様に大胆には近づけないが、それでも少しづつ確実に、回避して近づく
――それを三度ほど繰り返した所で、それ以上の接近が難しくなった。
――つまり、回避が間に合わなくなり始めたのだ。女までの距離は目測で二歩。――否、一歩半程だろう。
それは、距離にして七メール強。――だが、それだけ近づければ十分だった。この距離なら、命中させるだけなら十分に可能なのだ。
そう、あの強風であっても、風の力で弾丸の軌道を逸らすには、目測ではあるが、距離にしておよそ十メートルは必要――
ソレが意味するのは、銃撃が無力化されるという敵のカードを強引に破り捨て、敵の組上げた戦術の陣を壊すと言う事。
即ち――俺の勝利を意味する。尚も放たれる風の刃をかわしながら、両手に収まるエリニュエスの銃身を女に向け、引金を引く。
同時に、エリニュエスの無数の咆哮が響き、マズルフラッシュが視界を焼いた。――そして、放たれていた風の刃が止んだ。
俺の視界の先には、体や頭こそ傷がないものの、両腕、両足の装甲に幾つもの弾痕を残して、地面に崩れるオルタヴィアの姿が映った。
中には装甲を貫通している弾丸も存在し、その手は既に剣を握れる様には見えず、その足はもう立てる様な状態でない。
ソレほどまでに無数の弾痕が残っていた。そうして俺は、地面に崩れ落ち、苦痛に表情を歪めるオルタヴィアの下に歩んで行く。
「っ――私の負けね」と、近づいた俺を見上げながら、オルタヴィアは言う。
「そうだな、俺の勝ちだ」
そのオルタヴィアの言葉に応えながら、右手のエリニュスをしゃがみ込んだオルタヴィアの頭部に向けて言った。
「コレで、完全に……な」
その銃口を見て、オルタヴィアは本当に何の未練もなさそうに瞳を閉じ言った。
「それじゃあ、もう別に私には未練もないし、さっさと殺って頂戴。どうせ、このままじゃ失血死だろうしね」
――俺は、この女を殺すべきなのだろうか? 敵対する力も無く、標的でもなく、彼女に対して何の怒りも感じていないのに――
止めを刺す必要があるのだろうか? 刺さなくても時期に死ぬことが解かっているのに止めを刺すのだろうか?
「さっさとしてよ、人がその気になってるのに」
言いながら、オルタヴィアは先程閉じた瞳を開く。
「まだアンタには生きていられる時間がある……なのに、死を望むのか?」
そう、銃身を向けたまま、俺はオルタヴィアに問いかけた。
「――戦いの果てに死ぬのが戦士の本望よ? 失血死なんかより、自分を負かした相手に殺られる方が、マトモな最後じゃない」
オルタヴィアは答える。当然だとでも言う様に――ソレが、彼女の望む最後であるなら――尊重しよう。
「わかった……が、その前に、下に居た男の名前を教えてくれないか?」
ウェレオルトと呼ばれていたが、ソレが本名かどうかもわからない以上、聞いておくべきだろう。
「あら、自分は名乗らずに、倒した相手の名前を聞く気? ……まぁいいわ。下に居たのはウェレオルト、ウェレオルト=ブレオリーよ」
「そうか……俺は、あんた等の事、多分忘れない――後、名前だけどな、本名は随分前に捨てたんで、今使ってる名前でいいか?」
そういった俺に、歪んだ表情ながらも一瞬驚いた様に目を見開き「教えてくれるなら、何でもいいわ」と、答えて来た。
「ネームレス……《名無し》だ。コレで満足か?」
その俺の応えに満足したのか、オルタヴィアは再び瞳を閉じた。
「えぇ、満足よ。それじゃあ、止めを刺して」
その声を聴いて、俺は構えたままのエリニュスの引金を引いた。

<SCENE037>――深夜
五十六階を後にして、俺は階段を上り、五十七階にたどり着いた。
この上の階層――五十八、九階――からは、リーファブ家が使用するスペースであり、恐らく障害物は何も無い。
故に、この階層で特殊能力者の最後の一人――そして最強の一人と戦うことになるだろう。
階段を上りきる前からエリニュエスを構え、周囲に警戒しつつフロア五十七階のフロア中央付近に辿りつく。――が、気配は感じられない。
エリニュスは構えたまま、その場に立ち止まり、意識の糸を周囲に出来るだけ敏感に、広範囲に広げ、めぐらせる。
「何処にいる、この階にいるのはわかってるんだ――姿を表せ!」
声を張り上げ、最後の一人に向けて声を発する。
――が、どこにも気配は無い。――おかしい? 能力者は三人だった筈だ、最後の一人は――
「驚きましたね、ウェレオルトもオルタヴィアも殺られてしまいましたか――」
突如、背後から声が聞こえた。瞬時に反応し、前方へ跳躍し、体制を立て直しながら振り返ると、そこには――男がいた。
先程まで俺が居たであろう位置の直ぐ後ろ、そこに黒いスーツを身に纏い、黒い長髪を束ねた男が存在していた。
だが、姿を確認した今でさえ一切の気配を感じない。――その存在は酷く不安定に思える。そこに居るのに居ないかのように。
「お前は――何者だ?」
気配の無い人間など居ない。鍛え上げ、鍛錬を積む事により、気配を薄らせる事こそ可能だが、完全に消せるものなどいる筈が無い。
だが、普段でさえ、他人の気配に敏感な俺が、気配を探っている状態で、真後ろに居た人間に気がつけないはずが無い。
だがしかし、対峙する男からは確実にそこにいるにも関わらず、微塵の気配も感じないのだ。
「失礼、私の名はエストーク。エストーク=リーファブと申します」
言って、気配の無い男――エストーク――は恭しく俺に一礼した。だが、待て――今、この男は《リーファブ》と名乗らなかったか?
「あぁ、私の名前ですか? それならお気になさらずに、エンヴィフィト様は唯の養父ですから」
言いながら、エストークが構える。その身には武器らしいものが一切なく、その構えは明らかに徒手空拳によるものだった。
養子を戦わせる? 否、或いは、元々戦力として養子に引き入れたのならば――
否、今は考える時じゃない――相手は仮にも特殊能力者と呼ばれる者なのだ。そんな事に思考を裂いている時間は無い。
だが、名乗って以降、一向に男が動く気配は無い――故に、俺は構えたエリニュエスの銃身をエストークに向け、その引金を引いた。

――to be continued.

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