EternalKnight
参話-4-<黒い少年〜赤〜>
<SCENE034>――深夜
たどり着いた五十二階のフロアで最初に捉えた色は――《赤》だった。赤、赤、赤――フロア全体が赤で多い尽くされている。
そして思い出す。――つい先程警備員達の足を撃ちぬいた時の事を――『血の臭いの変化を感じない?』
当然だ、一つ上の階層から漂う血臭で、とっくの昔にその臭いで満たされていたんだから、変化になど気がつける筈が無かった。
そう、この赤は、このフロアに満ち溢れる赤は、紛れも無く人間の血と、解体(ばら)された肉で構成されていた。
ここは血と肉の赤で満たされている。否、赤の中の所々に残骸――機動兵器の解体されたパーツも点在しているが、ほぼ赤で間違いない。
そしてその中心に――一滴の赤すらも浴びずに、その赤の中心に――《黒》が佇んでいた。
ソレは紛れも無くあの気配を生み出したモノ――否、今尚あの気配を生み出している以上、あの黒以外である筈がない。
黒が振り返る、俺の存在に気が付いたかの様に振り返った。
――それは、黒いスーツを身に纏う深すぎる褐色の肌を持った小柄で細身の少年だった。
肌の色に反して目を引く白銀の髪。この距離からでも見まごう事もない赤く輝く瞳。そして、あの歪み狂ったおぞましい気配。
ソレは、その存在はあまりにも、あまりにもあの黒いバケモノに――
「君は――増援……では無いようだけど、何者だい?」
そこで、声をかけられた。黒に、赤――そこら中に散らばる躯から流れ出る赤――の中に佇む黒に。
考えるまでもない。コレ程までに凄惨な赤に満ちたこの場所で、そんなことを言えるのは――この光景を作り上げた本人以外にありえない。
だがしかし、コイツは人間だ。放っている気配は完全に人ならざるモノだが、こうして会話できる以上人間なのだろう。
「――あぁ、下で音がしてると思ったけど、アレは君だったのか……と、言う事は君がバルロクスに雇われた殺し屋なのかい?」
ピシャ、ピシャ、グシャ――と、赤と躯を踏みながら、近づいて来る黒に、俺は「あぁ、そうだ」と短く答える。
否、人間だが既に狂い切ってしまっている。この赤い世界を作りだす精神にしても、躯を踏み潰しながら歩いてくる精神にしても。
ココまで歪めば、人間でもあのバケモノの様な気を放てるのか……あの歳でそれだけ歪む原因――そんな物は想像したくもない
「へぇ……僕は今回の君の標的、エンヴィフィトに依頼されたんだけどね――否、正確には依頼されたのは王なんだけどね」
実際には違うが、ソレを知っている、と言う事は――依頼された仕事の対象が俺である可能性は十分にある。
「誰を殺せと命じられたらこんな赤い世界が作れるんだよ……それとも……ウォーミングアップってか?」
言いながら、敵意を込めた視線を向けて、階段を上がった時から両手に持っていたエリニュエスを構えた。
「――僕と敵対するつもり? 出来れば僕は戦いたくないんだけどな。――に、しても赤の世界ねぇ……なかなか良い表現を使うね」
言って、笑顔になった黒い少年が更に近づいてくる。その手に武器の類は一切ない。――俺を殺す事が仕事じゃないのか?
「戦いたくないだと? こんなに人を殺しておいて何を――」
瞬間、言いようもない悪寒が背筋を駆け抜けた。理由は――理由は一つしかない。
「何か、勘違いをしてないかな? 僕は……戦いに見合った報酬がないから戦いたくない、って言ってるだけだよ?」
気配だ。何人もの人間を殺して来た俺ですらも戦慄する、先程までとは比べ物にもならないほど、殺意に満ちた圧倒的な気配。
「……見合った報酬……だと?」
紡ぐ言葉がぎこちなくなる。だが、それでも俺は、近づいてくる黒い少年に対して一歩たりとも引かずに立ち向かう。
「そうだよ、見合った報酬が無ければ僕は戦わない。王が喜んでくれる資金か、僕自身を鍛える為の経験値か――」
金と経験値……だと? コイツは……なんなんだ? 警備兵を殺したとして、金がもらえるとは思えない。ならばコイツは――
「それじゃあ、何故……警備兵達を殺したんだ」
あまりにも常軌を逸した言葉に耐えかねて、俺はそんな言葉を洩らす。
「何でって? 仕事の帰りにたくさん人間が集まっててさ、一気に経験値を稼げそうだったんだもん、仕方ないだろ?」
こいつの言う経験値とやらが何かはしらない――理解できない、理解できる筈がない。
だが、コイツの言う言葉を全て信じると言うのなら、こいつの言う経験値というのは――つまり……人間を殺した数。
そして、目の前の黒い少年はその経験値で自身を鍛えると――そう言った。
狂っている。やはり狂っている。否、理解していたよりもずっと狂っている。――驚愕する俺をよそに、黒い少年を言葉を続ける。
「そうそう、下でエーテルの反応がした時は聖具かと思ったんだけど、その反応も感じないし……君さ、魔術でも使った?」
――なんだよ、ソレ。聖具だとか魔術だとか。訳がわからないにも程がある。
俺の直ぐそばまで歩いてきていた少年はそこで足を止め、俺の顔を覗き込んでから「知らないって顔してるね」と、呟いた。
そうして、俺の横をピシャ、グシャ、グシャ――と赤い世界を歩く音を鳴らしながら、通り抜けた。
「……まぁいいか。――それで結局君さ、僕と戦うの?」
背中越しに、黒い少年の声が聞こえた。……戦うのかと、そう黒い少年に問われた。この少年の力がどれ程のモノか、俺には分からない。
狂った気配と、戦慄する程の殺意を目の前にして、ただ『戦ってはいけない』と、本能が叫んでいる気がした。
「いや、俺とお前が対立する必要は何処にもない」
それだけ、小さく答えた。その答えに満足したのか、背後からまたピシャ、ピシャ、ピシャ――と俺から離れて行く足音が聞こえてきた。
「ん、僕はそれ、懸命な判断だと思うよ。――魔術を知らなくて聖具持ってない人間が、AクラスでSSSを持つ僕に叶う筈が無いしね」
声は足音と共に遠くなっていき、赤い世界を歩く音が消え、階段を下りていく音に変わる。
そうして、しばらく――足音が聞こえなくなるまで――俺は立ち尽くし、聞こえなくなったところで肩の力を抜いた。
そして、やっとマトモな思考を開始する。そうだ、今になって思えば謎な事がある。
――アレ程狂っていて外見は俺より年下そうだと言うのに、今まであんなモノが居る等、聞いた事が無い。そんなことがありえる筈が無い。
俺でもかなり有名なのだ、あの外見、あの殺意、あの狂い方――噂にならない訳がない……訳がない筈なのだが――聞いた事が無い。
「どうなってるんだ……」
俺以外に誰一人として生きていない、赤い世界に、呟いたその声が虚しく木霊した。

<SCENE035>――深夜
階段を駆け上がる、五十二階での出来事は、少なくとも今は忘れよう。
この仕事を終えるまで――俺を利用しようとしたバルロクスを殺して、脱出するまでのその間は忘れていよう。
帰りさえすれば、セリア経由で情報を集める事など難しいことでは無い。今は、あの黒のことは忘れるしかない。
――五十一階と五十二階を繋ぐ階段をエリニュエスで崩落させておいた、コレで、仕事の途中で治安府が介入してくる事はないだろう。
駆け上がる。五十三階、五十四階、そして五十五階に足を踏み入れ、すぐさま次の階へと上がる階段へと――「ちょっと待った」
声を聴いて、俺は立ち止まる。どうやら、ココに来て始めて《特殊能力者》とやらに出会ったようだ。
警備員は五十二階で皆殺しにされているはずなので、それ以外には考えられない。――が、姿が見えない。
ならばわざわざ待つ必要は無い。そう判断して、俺は再び階段を上り始めようとした俺に再び声がかかる。
「だから、待てって。上にも居るんだぜ、俺の仲間。この意味は、さすがに解かるよな?」
つまり、連絡でもとって狭い階段で挟み撃ちにすると――その声の主はそう言いたいのだろうか?
「俺としちゃさ、久しぶりだから一体一で殺りたい訳よ? つっても別に二対一でも構わないけどさ?」
姿を見せずに、その声は淡々と響く。が、声の方向から姿こそ見えないものの、大体の位置取りなら知る事が出来た。
「俺も二対一でも構わない――が、お前が一対一でやるというのなら、相手をしなくも無い。その前に――顔を見せろ」
言いながら、大方相手が居るであろう方向へと左手に持っていたエリニュスを構える。
「あぁ、声で位置がばれちゃってたか――まぁいいや。やる気になってくれたんならこっちも答えるしかないしね――」
そう言って、銃口を向けた先の死角から、とてもじゃないが戦う気があるとは思えないような服装の優男が現れた。
その、優男の顔の右側を通り抜けるような位置に、俺はトリガーを引き銃弾を放った。
――そして、銃弾は狙い通り、優男の顔面の右脇を通り過ぎ、男の茶色い長髪をほんの少しそぎ落とした。
「うぉ! 突然撃つなってビックリするじゃんか、あんた。――……でもさ、今ので俺を殺さなかった事、後悔するぜ?」
後悔? 何をだ? に、しても先程から妙に体が熱くなっている気がする。否……コレをあの優男が? まさか、そんな筈は――
「体が熱くなって来てるだろ? それさ、俺の力のなんだぜ?」
確かに体が熱い。だが、だからと言ってソレが一体なんだって言うんだ? ――リーファブ社が隠蔽する戦力がこの程度なのか?
「ソレがどうしたって顔してるな? じゃあ聞くけどさ? お前、熱が四十度あるときにまともに戦えるか?」
――ソレは、可能だろうか? 四十度の熱が出ている状態で、果たしまともに戦闘が出来るのか。
などと思考している間に、優男はその手にナイフを握っていた。だがしかし、あんな刃渡りのナイフで銃を持つ俺に対抗する事など――
「後さ、勘違いしてるみたいだから見せてやるけど、俺の力はそんなねちっこい技だけじゃないんだぜ?」
言って、男はその手に持ったナイフで自分の掌をナイフで切りつけた。
当然、切りつけられた掌からは血が流れ出し、地面に零れ落ちる――筈なのだが、その血は地面に零れ落ちることは無かった。
否、それどころか俺に対立する優男は、中空の、何も無いはずの空間に、ぶつぶつと呟きながら掌から流れ出す血で何かを描き始めた。
熱が上がり始め、ふらつく体で、銃口を優男に向ける――が、熱に侵されているせいか、狙い打つ事が出来ない。
「アンタ……もうふらふらじゃねぇか――今の体温が何度かは知らないけど、まだ戦えるか?」
中空に描いていた文様の様なモノが仕上がったらしく、優男は呟くのも文様を描くのもやめて俺に声をかけてくる。
クソ、喋るな――声が頭に響く……集中力が乱れて銃口が定まらない。クソ――ホントにあの優男の言うとおりだ。
始めの一発で当てておけばよかった――
「まぁ、いいや。それじゃあ、もう終わりにさせてもらうぜ? 目視しただけで体温を上げるその魔術、人間だと40度が限界だからさ」
魔術? さっきの黒もそんな事言ってたっけな……それにしても、自分の勝ちが決まったと思い込んでるのか随分とべらべら喋る奴だ。
「さぁ、受けてもらうぜ――コイツは結構魔力を食うし準備にも時間が掛かるからな。爆心地で捕らえて一発で決めさせてもらうぜ!」
――そうか、お前が人を殺す為の技は、一発撃つのに時間が掛かるのか。
優男が中空に描いていた文様が回転を始め、エーテルの様な金色の光が文様に集まって行く。そして――
「エクスプロージョン!」――と、優男の叫びが響いた。

<Interlude-ウェレオルト->――深夜
「さぁ、受けてもらうぜ――コイツは結構魔力を食うし準備にも時間が掛かるからな。爆心地で捕らえて一発で決めさせてもらうぜ!」
俺に対峙する殺し屋はもうマトモに動く事も出来そうにない。さっきの言葉どおり、コレで決まりだ。
――あの状態でも爆心地を避けることぐらいは出来るだろうが、完全に回避する事なんて出来る筈がない。
しかし、自身のレベル――レベル3――の魔術である熱量上昇の魔術と、血の魔方陣で組みあげるレベル5の魔術の併用はかなりつらい。
爆心地を避けられれば即死とはいかないだろうから、もう一度魔術を行使をしなければならない。
まぁ、大変だろうが、魔術で人間を殺した時の爽快感から考えれば安いもんか――
なんて考えてる間に、準備していた魔方陣が俺の体力を魔力に変換して生み出された金の光を吸い込んで行く。
さぁ、気持ちよく殺す為に叫んでぶっ放そう。発動の引金となる言葉はいつもと同じ一単語――
「エクスプロージョン!」
俺の叫びと共に、殺し屋の男が居るあたりを中心とした強烈な爆発が発生した。
見た感じは爆心地どんぴしゃだったが、成功したかはこの爆発で生まれた煙が晴れるまでわからない。
ただし答えは二択だ。死んでるか――重症で生きてるか。
爆心地で直撃なら死んでいるだろうが、少しでもずれれば重症だろうが生きてはいるだろう。
俺としては死んでいて欲しいんだが、重症なら熱量上昇をかける必要もないから先程より行使は楽だろう。
っと、今は煙が邪魔で熱量上昇は使えないけどな……
俺の魔術で生み出した爆発により発生した煙がもくもくと漂う。――何処からも反応は無いみたいだし、死んだかな?
「一応、死体の確認ぐらいしとかないとね――ぇ?」
一瞬、殺し屋の顔が煙の向こうから現れたかと思うと、次の瞬間には視界が突如天井に向いていた。
――おかしいな? 俺は見上げた覚えなんて無いぞ?否、見上げるどころかどんどん視界が入れ替わって行く。
なんだこれ? 飛んでるのか?――そして、次々に移動して行く視界の端に赤い噴水を見た。
「――――」
こえがでない、しゃべれない。いしきがもうろうとしてくる。
おれがみたあかいふんすい。――それは、ソれは、ソれハ――ソレハ、クビカラシタシカナイ、オレノカラダダッタ。

<SCENE035>――深夜
叫び声が響いた瞬間、オレはふらつく体に鞭をうって、強引に跳躍した。方向は右。実際は何処でも良かったが、なんとなく右に跳躍した。
そして、そのまま着地し終わる前に、先程までオレが居た位置を中心にして、爆発が起こった。
その威力は、強力とは言いがたいが、それでも爆心地に居る人間を殺す程度なら十分な破壊力だった。
無論、爆風に巻き込まれた俺も唯で済んでいるはずが無い。爆風に飛ばされ何処かに吹き飛ばされ、大理石の床に体を強打する。
――だが、爆心地に居て死ぬよりは遥かにマシな状況だろう。なんせ死ねばそこで全てが終わるのだ、マシでない筈がない。
思考がしっかりと回らないが、それはもう仕方ない事だ、とにかく落ち着いて考えろ。
そうだ、状況はかなり悪い――が、最悪ではない。あの優男の言葉が真実であるなら、次の一撃まではまだ時間があるはずだ。
銃はマトモに狙いをつけることが出来ない。ならば――もっと簡単な狙い云々以前の一撃を加えればいい。
――思考が徐々にマトモになって行く。否、熱が徐々に引いていってるのか?
そう、そうだ、奴は確か『目視しただけで体温を上げるその魔術』と呼んでいなかったか?
――つまり今、向こうからオレは見えていないということだ。魔術とやらの効果対象から外れたおかげか、体のだるさも消えて行く。
立ち込める煙の中では銃であの優男を打ち抜く事は難しいだろう。
だが、だからと言って、下手にこちらが動いて相手に位置を知られるのもまた拙い。
ならば、向こうが動くのを待つだけ。神経を研ぎ澄ませば、この距離ならば相手の位置を大方把握するのも難しくない。
と、意識を集中させた瞬間、小さな足音を捕らえた。そして、同時に声も捕らえる。近い――意識が、加速する。
「一応、――」
右腕のエリニュスを腰に戻しつつ、右の強化外装甲の腕のパーツの展開をさせ始める。
「死体の確認ぐらいしとかな――」
右腕がブレードを握り、声のするほうへ向かって刃を走らせ始める。
「――いとね」
近づいて行く近づいて行く。そして、俺が優男を視界に入れると同時に、優男の表情が驚愕で固まるが、気にせずにブレードを振るった。
「――ぇ?」
瞬間、そんな……間抜けな声を聴いた。今度は――殺し損ねない。
あぁ、確かに、俺はお前を最初の一発で殺さなかった事を後悔したよ。
心の声が、優男に届くはずもない。そして、一閃――走る刃は、優男の首を綺麗に通り抜けた。
瞬間、驚愕の表情で固まった優男の頭部が、本体より分離し落下を始め、残された本体の切断面からは噴水の様に血が噴出した。
一歩跳躍して後ろに下がり、噴出する血の雨から身を引いて、少し離れた所から俺はその光景を眺めていた。
残された本体も、そのまま人形のように倒れ、その切断面から今も血を吐き出し続けている。
そして、噴出する血が止まるのを待つ前に、俺はその場を後にして、次の階に上がる為に階段へと足を向けた。
階段の前にたどり着き、階段を一段上る前に振り返り、小さく呟く。
「あんた、中々に強かったよ……」
それだけ言って、俺は五十九階のバルロクスの部屋を目指して、再び階段を上り始めた。
駆け出した俺の体は、あの男の魔術の影響がまだ少し残っているのか、少しだけいつもより熱を帯びていた。

――to be continued.

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