EternalKnight
参話-2-<情報欠落>
<SCENE025>――深夜
「なるほどな……」
呟きながら、一通り目を通した資料を机の上に置いた。そこには今回の仕事の標的の個人情報が書かれていた。
――エンヴィフィト=リーファブ。それが今回の標的の名前であり、経済に関する知識を持つ者なら恐らく誰であれ知っている名前。
単一国家エデンの経済面を支える三大総合企業の一つ――リーファブ社の代表取締役にして前社長。
ただの中小企業に過ぎなかったリーファブ社を自身が社長であったたったの一代――15年程で三大総合企業まで上り詰めさせた張本人。
どんな目的でそれを殺そうと考えているかは知らないが、それならばあのジェラルミンケースの中の金の量にも納得がいく。
否、あの300000‡ですら恐らく前金に過ぎない筈だ。そも、生還出来る保障など無いに等しい無謀な依頼と言って差し支えないのだから。
――まぁ、渡されたコレ(資料)の情報が本物なら、コレだけの事前情報があれば、依頼をこなして生還する事も可能だろうが――
「お引き受け頂けますでしょうか? 前金で300000‡ 成功すればさらに700000‡お支払いしましょう」
合わせて1000000‡……か。って事は、俺がこの仕事に成功した場合少なくともそれ以上の利益がコイツの主とやらにはあるわけだ……
まぁ、俺には関係ないがな――《エリニュエス》を慣らすにはちょっとばかし厳しい仕事な気がするが……まぁいいだろう。
「わかった、引き受けよう」
さすがに、それだけ金が有れば俺達の目的を成功させる為の十分な資金になるだろうしな――
「ありがとうございます、我が主もお喜びの事でしょう」
そう言って、男は先程資料を取り出したジェラルミンケースを開き、俺に中身が見えるように回転させる。
「早速ですが、前金の300000‡です。お納めください」
そう言いながら、座ったまま深々と礼をし、ジェラルミンケースこちらに差し出して来た。
差し出されたそれを受け取ってから、目の前の男に敵意を込めた視線を向けて、冷ややかに告げる。
「分かってると思うが、成功時の追加報酬がなかった場合、それから資料に虚偽があった場合は……お前等も消しに行くからな?」
――無論、セリアの力を借りればこいつ等が如何なる組織なのかなど簡単に分かるし、情報の真偽も確認できる。
情報の欠損ならば問題は無いし仕方がないが、隠蔽の場合は許すつもりはない。
「しょ……承知しております……それでは、成功した折にはこちらから出向きます故、私はコレで――」
それだけ言って、引きつった顔の男はソファーから立ち上がり、俺に背を向けてドアへと歩んで行く。
ドアを開いた男に向けて、俺は最後に「三日以内に終わらせてやる」とだけ告げた。
それが聞こえたのか聞こえなかったのか、男は何の反応も返す事無く俺の部屋から出て行った。

<SCENE026>――昼
「んっ……」
悪夢に苛まれる事も無く、俺の意識は覚醒し始めた。瞳を開くと見えるのはいつもの見慣れた天井。
数秒、天井を見上げたまま呆けてから上体を起こし、薄暗い部屋を軽く見渡してから視線を時計に移す。
その時計が指し示す時間は午前11時――いつもより遅いがするが、別に時間に縛られている訳では無いので気にしない。
更に、薄暗い部屋の中に視線を彷徨わせると、机の上に乗せられたジェラルミンケースを見つけた。
――言うまでも無く、今回の仕事の前金30000‡の入ったジェラルミンケースだ。
依頼主の使いに『三日以内に終わらせてやる』と言った以上、素早く仕事をこなすに越した事は無い。
早ければ明日、約束を護るには遅くても明後日までに仕掛けるつもりでいる。
昨日から準備に取り掛かる事も出来たが、溜まっていた疲れを取る為に昨日はあの話の後に再び眠る事にしたのだ。
――準備と言っても、情報はほぼ揃っていると言っていい。渡された資料はセリアが集める情報並に良質、重要なモノであったからだ。
後は装備面に確認と、本当にこの情報で間違い無いかを確認をすれば良いだけだ。
俺が信用している情報源はセリアの扱うモノのみであり、如何に依頼者の集めた資料と言えど、名前と顔以外の情報を信じるつもりは無い。
エンビフィトの個人情報やリーファブ社のセキュリティ情報は相当な機密だが、手元にコレだけデータがあるなら調べるのは容易だろう。
もっとも、それはセリア級の能力があればの話ではあるが――
「さて、この時間だとセリアに仕事は頼めないし、装備の準備と確認だけでもしておくか――」
否、その前にこの部屋を片付けなきゃ居けないのか……スペースないし。
面倒だが仕方ない、散らかしたのは俺だし、誰に文句を言う権利も無い。
そう決め込んで俺はソファーから立ち上がり、背筋をグッと伸ばしてから、壁際に移動し、スイッチを押し灯りをつけた。
「さてと……それじゃあ、久しぶりに片付けますか――」
と、自身に言い聞かせて、俺は部屋の片づけを開始した。

<SCENE027>――夜
掃除を終え、ケビンの研究室から今回使いそいうなモノも見繕って部屋に戻った頃、時計に目をやると時間は既に午後9時を過ぎていた。
掃除は終わったが、今現在、俺の部屋は散らかっている。まぁ俺が今回使うつもりで下から持ち込んだ装具類で、ではあるが。
標準装備の強化外装甲やエリニュエスを含めて20以上の装具や道具、実際この中から持って行くのは数点になるのだが。
今回は簡単な仕事じゃない――が、かといって重装備で力押しで攻めて良い仕事でもない。
こちらの勝利条件は標的を殺す事、向こうは逃がすだけで良い、如何にこちらが不利な条件かなど、言うまでも無い。
力押しで全ての敵――雑兵――を殲滅した所で標的に逃げられては、何の意味も無いのだ。それに、俺は別に無益に人を殺すつもりは無い。
既に四桁の人間を殺している俺が今更考える事では無いのだが――まぁ、極力殺さないに越した事はないだろう。
――さて、そろそろセリアも仕事を始める時間の筈だ。渡された資料の情報の真偽を確かめて貰うとしようか。
そんな事を考えながら、散らかしたままの装具類をそのままにして、昨日渡された資料を手にとって俺は部屋を出た。
ドアを開けて外に出ると、空には満ちた月が浮かび、その光が夜の闇を照らしており、思っていた程暗くは無かった。
否、寧ろ夜で有るのに妙に明るかった。まぁ、だからどうと言う訳では無いのだが――
そんな意味の無い思考をしつつ、アパートの階段を下り、ケビンの部屋に入り地下への入り口を開いた。
そのまま地下室への螺旋階段を降りて、俺は扉を開けて中に入った。相変わらず訳の分からない機械がそこら中に転がり山済みされている。
ケビンは何処にいるか検討も付かないが、セリアが仕事をする際の定位置なら知っている――まぁ、早い話が其処へ迎えばいい訳だ。
案の定、セリアはいつもの仕事場所に居た。何やら取り込み中の様なので声をかけずに歩み寄って行く。
――無論、まだそれなりに距離はあるのだが、キーを弾く音が響いている以上、何かしらの作業の途中なのだろう。
そして、歩み寄る内に直ぐ後ろ――手が届く程近く――まで歩み寄ったところで「ネスね……何の用?」と声をかけられた。
「仕事の事で調べて欲しい事があってな」
と、言った俺の問いに、振り返る事なくセリアは「そう、何について?」と、聞いて来る。
「渡された資料がちょっと詳しすぎてな……内容の真偽を確認してもらいたい」
会話の間も、キーを弾く音は絶え間なく続き、モニターには次々と文字の羅列が書き出されていく。
「詳しすぎるって何よ?」
まったく、どうして会話をしながらあの速度でタイピングなんぞ出来るんだろうか? と、それはいいとして――
「言葉通りの意味だ、警備の総数とかそんなもんじゃねぇ。配置だの巡回ルートだの交代時間だのな」
それ答えたと同時に、キーを押す音が止みセリアがイスを回転させて眼鏡を外して俺の方を向いた。恐らく、何か一段落付いたのだろう。
「確かに、それは妙ね――ってところで、的の名前は?」
セリアが突如としてそんな事を聞いて来る。そんなのは資料渡せば解かる事なんだが、まぁいいか。
「あぁ、エンヴィフィト=リーファブだ」
答えた瞬間、セリアの表情が凍りつき「エンヴィフィト=リーファブって……リーファブ社の……よね?」と、引きつった顔で聞いて来た。
そして俺はその問いに頷く事で答えた。――瞬間には座っていたイスから立ち上がり俺に詰め寄ってくる。
「報酬は?」
近い、かなり近い。本気で目と鼻の先ほどまで近づいたセリアの顔はかなりマジな感じだった。
――そりゃ、相手が相手なだけに報酬の額も気になるか……とりあえず、セリアが恐いので答えることにする。
「前金が300000‡だ……成功すると総額1000000‡だそうだ」
と、それを聞いて「1000000‡?……†に直すと十億?」と、呆然と呟きながら俺から離れてイスに座り直した。
†に直す意味は今一解からないが、別にいいだろう。それだけ大きな額、と言うだけのことだ。
――そう、十億†。自薦議員を殺るのの平均は相手にも寄るがおよそ50000‡――五千万†――程だからおよそ20人分の金額だと言える。
「確かに凄い額だけどネス? いくらなんでも三大総合企業の代表取締役は厳しいじゃないの?」
「そうだな、確かに厳しいかもしれないが――バケモノと機動兵器は居ない。いくら数が多くても相手は人間だ」
強化外装甲無しの俺達――俺やラビ――に並ぶ人間は多くは無いだろうが少なくも無いだろう。
だが、強化外装甲を纏っている俺達は実質、現代科学最高峰の加護を受けている事になる。
それに頼っている、と言う事でも有るのだが、個人で機動兵器、或いはバケモノに対抗するにはどうしても必要なのもまた事実だろう。
その俺の言葉に納得したように「そう」と呟き、瞳を閉じて数秒何やら難しい顔をしてから、瞳を開き、同時に口も開きだす。
「まぁ、ネスが行くって言うなら止めはしないないけど――勝手に死んだりしたら承知しないわよ?」
無論、俺は復讐を――奴を殺すまで死ぬ気なんて無い。
「解かってる。そう簡単に殺されるかよ」
その言葉を聴いて小さく肯きながら「まぁ、私もあなたが簡単に死ぬなんて思って無いけどね」と言葉を洩らしてこちらに手を出してくる。
差し出された手の意図を直ぐに悟り、俺は持ってきていた資料をセリアに手渡す。
それを受け取ると、一番上の紙だけを別に持って、二枚の資料を並べて持ち、無言になる。
目の動きを見ると、左右の眼球は一切タイミングを合わせずばらばらに動いている――早い話が二枚の紙を同時に読んでいるのだろう。
俺には間違っても出来ないことだが、セリアになら容易らしい。聞いた話だと最大四つまでの行動を並列処理できるらしい。
思考を分割処理しているとかどうとか言っていたが、俺には想像も付かない。
と、言うかその理論で行くと、今現在は二枚の紙を同時に見ている訳で、二つの処理だと言う事になる。
――つまり、今話しかけても資料も同時読みしながら尚且つ普通に会話できると、言う事になる。
そんな事を考えているうちに、セリアは一枚目と二枚目を資料の束の最後尾にまとめ、先程と同じように三枚目、四枚目を読み出し始めた。

<SCENE028>――深夜
「それじゃあ、結論から言うわね」
そう言いながら、イスを回転させて振り帰ったセリアは、珍しくパソコンでの作業を中断しているのに眼鏡を掛けていた。
俺がこの地下室に来てから既にかなりの時間が経過している。詳しくは解からないが四時間は経っているだろう。
あれから、資料を読み終えたセリアは、直ぐに情報の真偽を確認する為に動いてくれた。
しかし、セリア程の腕を持つ者が、事前に情報を持ってしても数時間掛かる程のモノを、一体如何にして依頼者は手に入れたのだろうか?
まぁ、セリア並の腕を持つ者が他に居たとすれば、零からでも十日程で可能だろうが――っと、セリアの視線を感じる今は話を聞こう。
「ちゃんと話は聞いててよね……もう一回説明なんて嫌よ、めんどくさいし――っと、さっきの資料、返すわ」
そういってセリアが差し出してきた資料を受け取りながら「――それで、結果はどうだったんだ?」と、セリアに問いかける。
「だから、それを説明しようとし始めた時にアンタが別の事を考え出してたでしょ?」
確かにその通りだが、思考を走らせたのはものの数秒だと思うのだが――まぁいい。確かに思考を逸らしていたのは事実だし。
「すまん、俺が悪かった――話を聞かせてくれ」と、軽く頭を下げてセリアの言葉に耳を傾ける事にした。
「よろしい。――それじゃ、結論から言うけど、この仕事は止めた方がいいわ。ソレに載ってるのは殆どが正しい情報だと言えたけど」
言いながら、セリアは俺の手元の資料を指差した。殆どが……か。まぁコレだけの情報量なら少しぐらいミスも――「違うわ」
俺の思考は、セリアの声によって中断させられた。そして、セリアの言葉は続く。
「恐らく、今ネスが考えた事は大きく間違ってる。どうせ、『これだけ大量の情報なら少しぐらい』なんて思ったんでしょ?」
鋭い、確かにその通りだ。――だが、ソレの何が違うのだろうか?
「確かに、殆どの情報は間違ってないわ。――だけど、今言った『違う』ってのは、間違ってる《少し》が問題だって意味なの、解かる?」
間違っている少しが問題? それはつまり――「間違って与えられた情報の中に致命的な部分が有るって、事か?」
その俺の答えにセリアが肯きながら答える。「そう、その通りよ。あなたの手にある資料、それには警備はどう書かれてあるかしら?」
手元に有る数度目に通した資料の内容を思い出す。確か警備は――
「警備員が100人、武装警備兵が200人、特殊能力者……3人だったか? と、後は各種対人監視、迎撃機構が数十ヶ所……だったよな?」
特殊能力者なんて胡散臭いのもあるが、リーファブ社が抱え込んでいる以上、本物である可能性は高い。
ソレ抜きにしてもかなりの人数だ、さすがはリーファブ社だと言えるだろう。だが、しかし――
「そう、その資料状はそうなっているわ。だけど実際には違う。内容が抜けているのよ。警備にはそれに加えて機動兵器一機があるの」
などと、セリアにあっさりと言われた。だが、それは解せない。
「特殊な戦力は隠蔽されるから見つかって無くてもおかしくは無いだろ?」
誰だって、隠し球の一つは切り札として厳重に管理するだろう。つまり、ソレは情報が《違う》のではなく《欠落》しているのだ。
「ネスの言い分も解かるわ――でもね、ソレだとおかしいのよ。だって、特殊能力者の情報は、機動兵器よりも厳重に扱われてるんだもの」
――なんだと? じゃあ、何で情報が抜け落ちてるんだ? そこに何の意図があるんだ?
「因みに……ね。抜け落ちてる理由も私なりに考えて調べて、有る程度の推測は立ってるのよ。絶対の情報じゃないけれどね?」
ソレが、止めた方がいいと言った理由なのだろうか? だったら――「聞かせてくれ、お前の推測を」
その言葉を聞いて、セリアは「はぁ」と呟いて大きく肩を落とし、仕方なさそうな表情をして口を開いた。
「まぁ、私が忠告した所で、どうせネスは行くんだろうから、説明してあげるわ」

――to be continued.

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