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家庭教師ヒットマン(ザンザス



「父さん……?」

穏やかな日差しが降り注ぐ午後の執務室。年代物の豪勢な椅子に深く腰を下ろし、珍しく鋭い眼光を目蓋の奥に隠した父が居た。常に気を張り、例え休息中だろうと隙さえ窺わせずにいる父が、夜遅くとも朝早くとも、確実に自分の前では起きている姿が当たり前の父が寝ている。これは夢か?それとも強力な睡眠薬をこっそりと服薬されたのか。カッターシャツにスラックスと云う可愛さの欠片もない出で立ちで入室のノックもせずに扉を開けた体勢のまま、名前は唖然とある意味奇跡の瞬間に時を止めた。

「うわぁ、初めて見た……」

そろりそろりと足音を消し、扉の開閉も必要最低限の動きで出来うる限り音を発生させずに部屋へと入る。気配は常日頃から訓練の一貫として消しているので問題ないと思うが、父はヴァリアーのボスなのだ。自分よる遥かに格上であり、経験豊富な暗殺者である父に気配を消したぐらいで気付かれない可能性は限りなく低い。足音も起きている父やスクアーロ辺りの手練には耳に届いている筈だが、今は睡眠モード。気付かれてないと思う。思いたい。何せ、父の顔をじっと見つめ……観察などしていたと知られてみろ、ベルやフロン辺りに爆笑される。同じ顔じゃん!と、この父の幼い頃と似た容貌を指差し、スクアーロやマーモンには呆られる。ルッスーリアにはパパが大好きなのね、と微笑まれ、レヴィは泣いてそう。

(……絶対、親の寝顔が見たい子供だって、世界中には居る筈だよ。うん)

かなりの確実で有り得ない言い訳を誰にとも胸中でしながら、まるで肉食動物の檻に紛れ込んだ草食動物の様に移動する。小さく寝息を零す姿にびくつきながらも、初めて拝見する惰眠を貪る父の姿に内心は興奮していた。日差しを浴び、焦茶に褪せる黒髪。お爺様と喧嘩し(詳しくは知らない)刻まれた顔の凍傷の痕も、部下の前以外では柔らかく緩んでいる頬も、長身で痩躯に映るが名前一人程度なら軽がると抱えられる引き締まった体躯も、普段と全く変わらないのに何だか新鮮で、行儀悪く足を執務机に投げ出して眠る父を瞳を輝かせながら右から左へと、半周しながら近寄る。

「やっぱ父さんって格好良いなぁ」

父だけとは云わず、伯父である沢田綱吉もその守護者も、同盟マフィアのディーノを筆頭にした面々も、皆、他を魅き付ける秀麗な容姿を持っている。勿論、ヴァリアー幹部の皆もそうだが、こうして改めて認識する機会なんて稀にない。艶が滴る妖艶さをしっかりとザンザスから受け継いだ名前だが、その自覚はなく、ほぅ、と、美しき美術品に惚けた。

「伯父様もディーノさんも格好良いけど、やっぱり父さんが一番だ」

ぽつりと、思わずザンザスの投げ出した足に抱きつく様に寄り掛かり、小さく自慢気味に囁いた声に、くつくつと低い笑い声が答える。

「当たり前だろうが、この俺が沢田や跳ね馬に劣る訳がねぇ」
「ッと、父さ―――ういぃ」

やはりと云うか、気付き寝た振りを決めていたザンザスは可愛い愛娘の父親自慢に嬉しそうに、その閉じていた瞳を開けると、聞かれていた恥ずかしさに慌てる名前の頬に手を伸ばし、むにっと摘んだ。

「何だ。構って貰えなくて寂しかったか?」
「ほ、ほふなほとなふぃほ」
「うそつけ。三日前から背中を突き刺してたじゃねぇか」

具の音も出ない。確かにこの頃仕事続きで、会話なんて何日振りだろうか。屋敷に居ても擦れ違う生活に寂しく、少しでも構って欲しかったのは確かだが、この場合、父に幼子の様な思考を見抜かれた事よりも、今までの呟きを聞かれていた事の方が恥ずかしい。まぁ、完全に寝ているとは思ってはいなかったが、だからと云ってこのタイミングまで寝た振りしてるなんて。穴があったら入りたい。逃げ出したくて仕方がない。必死に普段と変わらない態度を装うが、超直感を有する父に意味などなく、こちらの悪足掻きに愉しそうに目元を緩ませた。

「とふはん、ふぃじふぁふはよ」
「意地悪だ?意地悪ってのは―――――こういうのが意地悪って云うんだよ」

にやりとザンザスは目尻を細め、頬を摘む指を必死に引き剥がそうと奮闘する名前の腰にその長く逞しい腕を回すと、勢い良く胸元に引き寄せた。

「ぶふぅ!」
「この馬鹿娘が。また色気も可愛げもない服を着やがって。クローゼットに隠してあった服は全部処分させた筈だ。今回は誰に貰った。カス鮫か?ベルか?フロンか?」

座る自分の上で抱き締め拘束し、厚い胸板に鼻を強打し小さく呻き涙を溜める名前の乱雑にセットされた髪を女の子らしく見える様に撫で直しながら、名前が着用している服の出所を聞く。幹部以下の構成員にはザンザスが徹底させているので、例え名前の命令だろうと逆らう様な馬鹿はいない。だが幹部となれば話は別で、名前に甘いスクアーロ、男服の方が似合うと揶揄い半分で買ってくるベル、師匠からのプレゼントですーと渡すフロン。名前が喜んでいるのだからと、勝手に可愛げもない服を贈る馬鹿。何処に可愛い愛娘が男物の服を着ている姿を見て、喜ぶ親が居る。沢田辺りなら、ザンザスに似て複雑だけど可愛いよ、と誉めるだろうが、ザンザスは違う。例え、似合っていようが自分にそっくりで内心嬉しいだろうが、名前は女の子なのだ。可愛い服を着て、もう少し女の子らしくして欲しい。亡き妻が生存していたら、もっと着て着て!とエスカレートしてそうだが、男親からしてみたら、それがごく自然なのだ。

「……秘密」
「よし、まずはカス鮫から血祭りにあげてやるか」
「だ、駄目駄目ダメダメ!ひ、雲雀さん!雲雀さんが今度ディナーに連れてってくれるって、その時用に何着が頂いたの!」

そんな父親の考えも、何となく分かりながらも、やはりこの美少年顔で似合わないと自覚ある名前は、出来る限り自分に似合う服を着る事にしていた。というか、やっぱりあの服を持っていったのは父だったか。上手く隠せたと自負していたのに、流石は父さんだ。不吉な言葉と笑みを浮かべる父に慌てて出所を暴露すれば、舌打ちと共に苛立たしげな声が吐き出される。

「珍しくイタリアに滞在してやがるのは、それが目的か」

普段は日本支部を任されている雲雀が、イタリアに来るのはボンゴレボスである沢田綱吉の命令か、愛玩動物の地位を獲得した名前に逢う為。名前の何がお気に召したのかは謎だが、毎回ヴァリアー屋敷を訪れては無断で名前を連れ出すのをザンザスが気に食わない事だけは確かで。

「久しぶりに雲雀さんとの食事なんだから、邪魔しないでよ。父さん」
「あぁ、分かってる」

名前の頭を優しく撫で、頷く父に笑顔で返す名前だが、『ザンザス』ではなく『六道骸』が当日同席したのは、ザンザスの精一杯の嫌がらせだ。







※無駄に長い

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