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小説
第3話 集落は危険がいっぱい? B

「他人の後始末しかすることないの? そういうのを世間ではヒマ人っていうんだよ」

「自分の仕事を放りだして、フラフラ遊んでいるような人に言われたくないですね。
大体、僕の助言がなければ『守護精霊』も呼び出せなかった情けない人はのはどこのどなたでしょうね」

「……何? もしかして喧嘩売ってるの? 買うよ」


ぴりりとした空気が辺りを支配する。

いつの間にか、スレイン達の周りには、人垣ができていた。けれどそれは、二人からは十分に距離をとった状態でのことだ。


――スレイン様とアルフ様がまたやり合ってるぞ

――ディトはまだ来てないのか?

――なあ、今日はどっちが勝つか……賭けようぜ!

――いつものことだ。賭けになんかならないだろ


人垣からはざわざわと騒ぐ人の声が。
聞こえてくる声は、どれもやけに緊張感がない。


(こ、このままじゃ、喧嘩になっちゃうよ。
何で誰も止めようとしないの?)


ラピを抱き締めたまま、一歩前へ出る。

何とかしなきゃ、と自分に気合いを入れ、口を開いたその時――。
柚子とは別の誰かの叫び声が空から降ってきた。



「スレイン――ッ! 覚悟ッ!!」



黒い塊が、弾丸のようにスレイン達のいる場所へと落下する。
瞬間、爆音と共に土埃が舞い上がり視界を塞いだ。


「――!? スレイン様!」


びりびりと鼓膜を震わせる音が止むと、ゆっくりと視界が晴れてきた。


土埃の中から現われたのは、一人の少年だった。

地面にはさっきの爆発でできたクレーターのような窪みがあり、少年はその中で片膝をついていた。

柚子よりも少し年下だろうか。まだ幼さが残る顔に怒りの表情を浮かべ、こちらを睨みつけている。


(え? わ、私睨まれてる?)


少年がゆっくりと立ち上がり、一歩、また一歩と柚子に近づいてくる。
少年は柚子を――いや、柚子の背後に視線を向け、指を突き刺し怒鳴る。


「スレインッ! 貴様、女の背後に隠れるとは卑怯だぞ!」


え? と、柚子が背後を振り返ると、そこにはスレインの姿が。
いつの間に移動したんだろうか……


「また君なの。懲りないね」


薄い微笑を浮かべ、少年を見下ろすスレイン。
柚子に「どいて」と、手で合図を送り、一歩前に出る。


「毎回毎回懲りないね。
前より少しはマシになったの? オレは弱いヤツは嫌いだよ、ディト」


スレインの言葉に少年の顔が真っ赤に染まる。


「うるさい! この前のは……油断してただけだッ。
今度は負けない!」

「その台詞、前にも聞いたけど?」

「うッ……うるさいうるさい!! 今度こそ絶対に勝つんだ!!」


少年――ディトは、まるで小さな子どものように地団駄を踏んで喚き散らす。


「今日こそお前に勝って、俺がイルヴェーダで一番の戦士になるんだ!」


スレインに指を突き付け、声高に宣言すると、ディトはまるで獣のように地面に両手をつき、低く身構えた。

ぴん、と空気が張り詰める。

人々からざわめきが消え、静寂が辺りを支配する。
痛いくらいの緊張感が、その場に横たわった。




「――疾ッ!!」



先に動いたのはディトの方だった。
四つん這いの状態から、信じられないようなスピードで、真っすぐスレインへと向かってゆく。



「――相変わらず、単調な動きだね」



黒い弾丸のように飛び込んでくるディトを、スレインは僅かに横へ身体をずらして避ける。


再び爆音と共に土埃が舞い上がった。

本日二つ目のクレーターから、ディトの苛立った舌打ちが聞こえてくる。



「くそ! 逃げ回ってないで正正堂堂勝負しろ、スレイン!」

「はあ? 君バカなの?
簡単に避けられるような攻撃してくる方が悪いんだよ」

「う、うるさい! 一回避けられたくらいでいい気になるなよ!」


ディトは顔を真っ赤にし、再度構えをとると――



「疾ッ!」



目にも止まらぬ速さで大地を駆け抜けた。


「また同じ攻撃? 芸がないね」


スレインは鼻を鳴らし、黒い弾丸となって飛び込んでくるディトを紙一重で避けた。――が、


「ガアアァッ!!」


気合いの声と共に、ディトの足が土を削る。
舞い上がった土埃と同時に地面を蹴り上げ、ディトは百八十度方向転換して、再度スレインに襲い掛かった。



「――ッ」



スレインもディトの動きに合わせて避けの態勢に入るが、僅かにディトの方が早かった。


ザッ……と何かを切り裂くような音が耳に届く。



(――ッ!!)


声も出せずに、柚子は震える腕でラピを抱き締めた。

スレインの二の腕から、赤い雫が流れ落ちているのが見える。


(け、怪我……したの……?)



血なんて見たのは久しぶりだった。
そう自覚したとたん、くらりと目が回った。

心臓がどくどく脈打つ。
早く手当てをしないと――


慌ててスレインの元へ駆け寄ろうとした柚子の前に、金色の髪の青年――アルフが表れ、やんわりと行く手を阻んだ。


「ど、退いて下さい! あの人怪我してるの」


必死に訴えても、アルフは顔色ひとつ変えなかった。


「まだ勝負の途中ですよ」
「勝負って……あんなのただの喧嘩でしょう。早く止めなきゃ」

「スレインもディトもヨミの一族の戦士です。
戦士が己の力をかけた戦いを喧嘩呼ばわりするのは、彼らに対する侮辱ですよ」

「そんな……!」



そんなこと、柚子には関係ない。

戦いとか戦士だとか言われてもぴんとこないし、二人の争いはどうみても、ただの喧嘩にしか見えなかった。

不満げな顔をして、それでも足を止めた柚子に、アルフはにっこりと微笑み、


「――というのは建前です。
なかなか面白い見せ物ですし、民も喜ぶので最後まで観戦しましょうね」


「なッ!?」


アルフのあんまりな言い草に、絶句してしまう。


「そんなに心配しなくても大丈夫ですよ。ディトがスレインにちょっかい出すなんていつものことですから」


そう言って、にこりと微笑む。その笑顔にはどこか、有無を言わせぬ強引さを感じた。

結局そのまま、喧嘩を止めるに止められない状態になってしまった。

ラピを腕に抱き締めたまま、不安そうに二人を見守る。柚子にできるのは、それしかなかった。




「――どうだッ! これでも俺を弱いと言うか、スレイン!」


スレインに一手浴びせたディトが、頬を上気させて勝ち誇ったように叫んだ。


スレインは血の滲んだ傷口を指で拭い、ぺろりとそれを舐める。
ほんの少し、唇に笑みが浮かぶ。



「次で決めてやるぞ! 覚悟しろ、スレインッ!」


ディトがまた姿勢を低く構えた。
両手を地につき、ぐっと足に力を込める。



「疾――ッ!!」



黒い弾丸が走る。さっきよりももっと速く、真っすぐにスレインの元へ突き進む。


ゆらり、とスレインが動いた。


前髪に隠れて顔はよく見えなかった。けれど、口元だけは三日月型に笑みを浮かべているのが分かる。


瞬間、ぞっと背中が寒くなった。
身体中の毛穴が一気に開いたような感覚に身震いする。

柚子の隣で、アルフがふと、小さく笑ったような気がした。




「ウアアァッ!!」


ディトの手がきらりと光る。鋭く長く伸びた爪が、スレインの喉元を狙って閃く。


ディトの爪がスレインへと届くその瞬間――



「――――ッ!!」



鈍い音が響き、ディトの身体が横に吹き飛んだ。

スレインがディトの側頭部に向けて、横薙ぎに拳を叩き込んだのだ。


ディトは二度、三度と、まるでボールのように地面をバウンドし、人垣を割って転がり続け、やがてテヌにぶつかって止まった。



辺りがしんと静まり返る。
土煙だけがもうもうと立ちこめている。



「――勝負あり、ですね」


アルフの声によって、呪縛が解けたかのように辺りにざわめきが広がった。


――すげぇ、やっぱスレイン様強いなぁ

――おい、ディトは大丈夫か?

――人があんなに吹き飛ぶの初めて見たよ……。スレイン様恐ぇ……



人々は皆、一様に興奮していて、あれこれと口にしては盛り上がっている。

そんなざわめく人々の声の中に、ある一つの単語が浮かび上がる。



――さすが、『化け物』だよ



その言葉が何故か心に突き刺さった。

心臓がどきどきして、苦しくなる。



(――スレイン様の所に……行かなきゃ)


何でか分からないけれど、奇妙な焦燥感に背中を押され、柚子はスレインの元へ駆け寄った。




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あきゅろす。
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