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記念物


目が覚めると、見知らぬ屋敷のふかふかのベッドの上にいた。
体に走る痛みは、けれど前のような強い痛みではなかった。
柔らかなシャツの袖から見えるところには丁寧に包帯が巻いてあり、襟を少し引っ張るとお腹や胸周りにも手当てされた跡があった。



「良かった…お前の目が覚めて。」

「っ!?あなたは…」



声のした方を向くと、ドアが開いてこの世界に来た時に見た森の中の美しい人がいた。
琥珀色の柔らかそうなウェーブがかった髪は、片側にゆったりと結われている。
近づいてきた彼は、ベッドの端に座りそっと僕の頬を撫でた。
ひんやりとした手は硬く、間近で見るとその人は、人ではない異質な存在であることに気がついた。
透けるほどに白い肌に細かに光る鱗。
そして、紫色の目は蛇のように瞳孔が縦に割れていた。
けれど、その異質さを凌駕する美貌に怖がることすら忘れて魅入ってしまっていた。
学園にいた人たちも稲次くんもすごく容姿が良かった。
幾分僕らより年上だろう王様や神官も負けてなんかいなかった。
でも、でもだ…



「きれい…」



彼を彩る色の一つ一つがとても綺麗で、すべて合わさった彼には他の誰もが霞んでしまう。



「ふふ…私の愛し子にそう言ってもらえて光栄だ。」



ほぅ…と吐いた溜息と一緒に出てしまった言葉に気恥ずかしさを覚えた。



「愛し子…ずっとあなたを待っていたよ。」

「いとしご?」

「そう。君のことだよ…ユータ。」

「そんな!?そんなはず…ありません。僕は醜いから…」



そうだ。
美しいこの人が望むような…望まれるような人間じゃないんだ。
部不相応だ。
思わず俯向くと、頬を撫でていた手がするりと顎を掴んで上を向かせた。



「では、私の醜い姿も見せよう。拒んだとして逃しはしないけれどね。」

「え?」



ベッドから優しく抱き上げられ、バルコニーの寝椅子に横たえられる。
それから、彼はバルコニーの手すりにトンと立った。



「あ!危ないっ!!?」



叫んだ僕とにこりと笑んで、彼が手すりを蹴ったのは同時だった。
僕は体が痛いのも忘れて、手すりに駆け寄った。
その瞬間、ぶわりと強い風が吹き目の前に黄金色の鱗と紫の瞳をしたドラゴンが現れた。
広げられた翼を畳んで、僕の方をじっと見つめる。
……あ、もしかして。



「これが、私の本来の姿。」

「…きれい……」



思わず伸ばした手に合わせるように、ドラゴンは僕が撫でやすいように首を伸ばしてくれた。
硬い鱗は単に黄金色をしているだけでなく、サラサラとその濃さを変えていって息づいているようだった。
まるで生命が流れているようで、本当にきれいだった。



「私の愛し子…。人は外の皮に惑わされやすい。私が上っ面一枚、燃える息で、鋼の爪で、剥いだそこにあるものは皆同じなのだよ。違うのはその中に息づく魂だけ。私は君の魂に惹かれた。いつ来るとも知れない私の唯一の魂を、ずっと待っていたんだ。」



ドラゴンの言葉に、僕は幸せを感じた。
ようやく、僕自身を見てくれる誰かに出会えた。



「愛し子…あぁ、愛し子…。どうか私の伴侶になってはくれないだろうか?」

「そっ!?えぇっ!!?」

「やはり、ドラゴンの私の伴侶では…」

「い、いえ!そういう事ではなく!!…その、僕はあなたの事を何も知りません。だから、急に伴侶と言われても…」



少しドラゴンが離れて、再び物凄い風を受けると、目の前にはドラゴンになる前の人間の男の姿があった。



「ふむ…そうだね。ではまず何から知りたい?」



僕は少し困った顔をする彼に微笑みながら言った。



「まずは、あなたの名前を教えてください。僕は竜石優太です。」



あ、もう知ってるんだっけ?
さっき名前呼ばれたし…。



「私はアンベイリア・アメジストス。人にはアメジストス竜卿と呼ばれているが、ユータにはアンバーと呼んで欲しい。」

「あ、アンバーさん?」

「愛し子、敬称はいらないよ。呼び捨てにして欲しい…。」

「アンバー。」

「そう。…ふふ、くすぐったいものだね、愛し子から名前を呼ばれるのは。」



そう言って、アンバーがあまりにも幸せそうに笑うから、思わず僕は顔を真っ赤にさせてしまった。
な、なんなんだ、この空気は…。



「ユータ?」

「あ、その…今は見ないで…。」

「恥ずかしがらないで、ユータ。ようやく触れられるくらい近くにいられて、私はとても幸せなんだ…。もっと顔を見せて?」



その後、僕があまりの恥ずかしさに目を回してしまうまで、このよくわからないやり取りは続いた。
倒れた僕を、嬉しさのあまり怪我している体に無理をさせた、と謝られてしまって苦笑しながら、優しい手の感触に幸せを感じた。


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