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記念物


はぁ、と溜息を吐く。



「抱き潰したことはこれで許してやる。」



でも、やっぱり神咲はいいやつだから…。



「けど、やっぱり信じらんない。あ、あまりにも都合良すぎて…」



すると神咲は思案顔になり、あぁ…と何かを思いついた様子で、それはそれはいい笑顔で笑った。



その途端だ。
ぶわりと神咲の身体から香る匂いが一層強くなり、頭がグラグラした。
頭の芯がとろけて、発情期の時に経験したような気怠くも甘い感覚がじわじわと身体を支配しようとしていた。
うっかり口から、抱いて欲しいなどという言葉が滑りだしそうになり、慌てて唇を噛もうとするが、神咲の指に止められた。
口に進入した指はつぅ…と優しく上顎をなぞり、舌を撫でた。
余計なことするんじゃないっ!!



「αには番にしか反応しないフェロモンがある。それは体臭みたいなものだから、他のΩが反応することはない。お前、」



ーーー反応してんだろ?



ゆっくりと噎せ返る程の香りが引いていくと、オレの身体の熱も引いていった。



「…マジか」

「マジだ。」

「うわぁ〜…」



世の中には都合の良いことも起こるようだ。
真っ赤であろう顔を腕で隠していると、そっと腕をずらされた。



「俺のものになってくれないか、綾世?」



真っ直ぐな言葉に、せり上がっていたものが決壊して、目から涙が溢れ出した。
あとから、あとから…。



「返事、くれないのか?」

「ばっ…か…ズビ……いま、それど、ころじゃ…」

「返事は?」



おいコラ、人が嬉し泣きで喋れないのに鬼畜か!?
そんなこと考えながらも、自由になる腕を神咲に対して広げた。



「…ん…」

「綾世っ!!」

「うわっ!ばかっ!いっ…ってぇぇぇえっ!!」



返事の代わりに広げた両腕に飛び込み、抱き着いてきた神咲だが、1つ忘れてやしないか?
オレの腰中心に体、ボッロボロなんですけど…。



後日、俺の悲鳴は3つ隣の部屋にまで届いたという。
たまたま風邪で休んでたクラスメイトが彼氏の部屋に転がり込んでたんだと。



オレはΩであることがバレた訳だけど、生活が急に変わることもなかった。
他のΩは、番ができて仕舞えばそのαには近づかなくなるから何も問題はなかったし…。
ただやっぱり最初は神咲のファンが煩かった。
だけど認めてもらえるように頑張って、オレの作った庭園がコンテストで優勝するとそこへ招いて頭下げた。
もちろん神咲も一緒に…。



渋々認められはじめて、徐々に徐々に…。
今では月一でオレの庭園でお茶会をするくらいには仲良くなった。
ファン代表なんか、子供はまだ?なんて聞いてくる。
…流石に高校生で一時の父…いや、この場合母か?…になるつもりはない。
てか、勘弁して。



「アヤ、行こうか?」

「うん。」



オレと神咲は手を繋いで、ある場所へ向かう。
2人で書いたそれは、薄っぺらなものでうっかり風が吹けばさらわれていきそうなもの。
こんなもので正式に認められるんだから、世の中本当に恐ろしい。



「いらっしゃいませ!」

「これ、お願いします。」



薄っぺらくも、重みのあるそれ。
けど、本能的な結びの重さには絶対勝てやし無いんだろう。
生まれて、死ぬまでお互いを結んで千切れることのない絆を持つ、この世界の唯一。



「婚姻届ですね。おめでとうございます。」

「「ありがとうございます。」」



その人に出会えて、結ばれるなんて奇跡だ。
だから世界ってわからない。


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