記念物
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神咲はいい奴だ。
だからこそ、安らぎを求めてきてくれる彼に嘘を突き通す苦しさを感じながらも、黙っていることにした。
けれどやはりオレはΩ。
近くにαがいれば疼いてしまう。
知らぬ振りで彼との時間を過ごし、彼がいなくなれば自分自身を慰めた。
浅ましくて吐き気がした。
本当に嫌な体だ。
そして、発情周期が巡ってきた。
その兆候で体がだるく、頭が思うように働かなかった、
だからだろう。
自分のテリトリーと思っている温室に抑制剤が入ったピルケースをそのまま置いて行ってしまって…。
「おい…アヤ。」
「あ、神咲来てた、っ!?」
ピルケースを手にした表情のない神咲。
誤魔化したくたって、作った張本人は騙せない。
バレた。
バレてしまった。
「この温室はΩが来ないんだよな?」
「あ、え…」
「これは抑制剤だろ?」
「その、」
すでに神咲の頭の中で導き出されている答えを、言葉として投げかけられるオレは黙っていた罪悪感に押しつぶされそうになる。
「お前はΩ、か…」
ひゅっ…と喉の奥で息が行き場をなくして音を立てた。
ピルケースがバキリと握りつぶされて、抑制剤が地面に散らばる。
「み、神咲…オレ、は…」
「いい。何も聞きたくない。」
「神咲っ!」
「黙れっ!!」
ガラリと足元が崩れる。
崩れていく。
「もう二度と俺に近寄んな。」
握り壊されたピルケースが神咲の手から音を立てて落ちた。
立ち去るその後ろ姿を見ることも、顔を上げることも、立っていることすらできずに、オレは地面に崩れ落ちた。
頭の中ははっきりとわかるくらい絶望に染め上げられて、目の前が真っ暗になった。
どこをどう帰ったのか気がつけば寮の自室にいて、壊れたピルケースとその中に1粒だけ残った抑制剤がベッド横の棚に置いてあった。
ゴミ箱をのぞけば、汚れてしまって飲むことのできなくなった抑制剤がしっかり6粒。
我ながら最低限の自衛本能は絶望してもあったらしい。
その日は食欲もわかず、そのまま眠りについた。
翌日、なんとか体を起こして学校へ行こうとしたが、神咲の拒絶の表情を思い出してドアを開けることができなかった。
同室のやつがいないオレには、どうした?と声をかけて連れ出してくれるやつなんかいない。
だから、ドアノブに手をかけたまま長い間そこに立ち尽くしていた。
遠くで始業のチャイムがなる頃、ハッとしたオレは目の前の景色が揺らいでいることに気がついた。
ダメだ…。
怖い。
外に出たくない!
ベッドに戻り、体を縮めて震え泣いた。
神咲を騙していた。
その報いだ。
もう二度とあの温室にあいつは来ないだろう。
心臓が潰れてしまうようだった。
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