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商い物
人魚の歌 下
〜王子side〜

グッタリした体を持ち上げられて、体の隅々まで洗い清めてくれる近衛騎士長。
散々に愛されたこの体は、もはや彼なしではいきていけないほどに彼に溺れている。
自由になる目だけで、チラリと運ぶ相手の端正な顔を見るととても上機嫌だ。
先程まで獣の顔をしていた人と同一人物とは思えない幸福に溢れる顔に、僕の結末はこれで良かったのかもしれないと思ってしまう。



人質として送られたこの帝国で、まさか彼と再会するとは思わなかった。
まだ彼が近衛騎士長ではなく、兵士だった折に僕は彼と一方的に会ったことがある。
海賊討伐のため、帝国が遠征していた船が大波で転覆したと帝国の属国に情報が入った。
僕はといえば、この見た目のために王位継承権はなく、神官となるべく人魚を祀る神殿で暮らしていた。
そんな僕が日課で浜辺を散策している時に、彼が横たわっているのを見つけたのだ。
慌てて人工呼吸をしたり心臓マッサージをして、水を吐かせると薄っすらと彼は目を開けた。
だけど、この顔だ。
慌てて彼の目を隠して、眠りの歌を歌った。
【人魚のお気に入り】である僕は、少しだけ人魚の力が使える。
それが歌だった。



歌の力で眠った彼は、とても美しい顔をしていた。
陽の光を集めたブロンドの髪、長い睫毛、薄く赤い唇にスッと通った鼻筋。
女性すら羨んでしまいそうな肌は、ボロボロな身なりに反してとても綺麗だ。
きっと今は閉じている目も美しいのだろう。
けれど、その目に僕を写したらひどく顔を歪めるのだ。
彼を神殿に運び、目が覚めないうちに手当を済ませ、熱で朦朧する彼をつきっきりで介抱した。
癒しの歌を声が枯れるまで歌った頃、彼に生気が戻ってきたので神官長に任せ、帝国の兵を預かっていることを父王に告げた。



それから間も無く、帝国側から人質を出せと達しがあった。
誰も行きたがらない役目に、僕は立候補した。
正直父王はホッとしただろう。
下手に【人魚のお気に入り】を扱えないし、かと言ってこの顔では良い縁談など望めない。
王家のお荷物となっていた僕を有効に使えるのだ。
僕もそれでいいと思っていた。



そして、人質に向かったそこで再会した。
彼はより魅力的になっていたし、地位も名誉もある素晴らしい人になっていた。
そんな人を助けられて良かったと確認できたところで、これからは静かに人質として生活を送るつもりだった。



それがどうだろう。
夜毎夜這いされ、醜いと言われる顔半分を愛おしそうに撫でてはキスを降らせるのだ。
快楽に染まり、変わっていくのはすごく怖かった。
恐ろしくて、何度も逃げ出そうと試みるたびに、さらに強い快楽を与えて逃がしてくれない。
もし会えたら、良くて話し相手か、叶わなくとも遠目に見れればそれで良いと思っていたのだ。
それが全て覆された上に、先日婚姻まで果たしたのだ。
零した涙の数だけ、己を彩る真珠は彼が僕の一欠片すらも逃がさないという現れなのだろう。



「どうした、真珠の君…愛しのアマラ?」

「いえ、なんでも…」

「隠し事をするならば、また縛るが?」



ツゥ…と指の滑る男として使うことのなくなったソコ。
逃げるたび縛られたソコは、彼と比べて幼い。



「あなたが…知らないあなたの事を少し、思い出したのです。」

「よくわからん。寝顔でも見ていたか?」

「そのようなものです。」

「ふん…。」



深く愛し合ったベッドに清い姿で戻り、眠りにつく。
僕の眠りは遅い。
先に微睡み、寝息を立てる彼の顔はあの日とあまり変わらない。
手加減なく抱くせいで、座ることはできないけれど、少しだけ体勢を変えて彼の頭を抱きしめ歌を歌う。



「僕は幸せになれたのでしょう、たぶん。僕を愛してくれてありがとう、エルリック。」



あなたは知らないでいい。
これは僕だけのあなたとの秘密だ。
幸せな、幸せな秘め事。
僕は今日も幸福の歌を歌う。


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あきゅろす。
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