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商い物
魔王城での生活

魔王の手を取った日を境に、オレの日常は一変した。
まず食事はきちんと3食出るし、おやつも貰えたりする。
常に魔王、ゼス様に連れられているが、特に何と言って悪いことはない。
何より神子が死んだことで、術の効力が切れ怪我も病気も厄災も…なぁんにもないため平和そのものだ。



あれから人間側の事はよく分からないけど、贄をオレ含む勇者一行から1人選べば、1年は不可侵にするとの条件を出したら、あっという間にオレを贄に選んだらしいから流石だ。



「カナメ、こちらへ来い。」



ゼス様に呼ばれて、オレのスペースであるふかふかクッションから振り返れば、首元からリン…と音が鳴る。
手を取った直後に、ゼス様がくれた銀の鈴がついた黒い首輪。
どういう訳か、オレとゼス様はこの首輪に触れるがそれ以外のものは触れられない。
繋ぎ目もないこの首輪は、ゼスの気とオレの気で作られたものらしい。
こっちの世界はファンタジックだなぁ…とは思ってたけど、本当になんでもありだ。



「カナメ…」



クッションから立ち上がって、ゼス様の元へ近寄ると、その低い声で名前を呼ばれた。
実はこの声がとても好き。
これから、会議でもあるのだろう…。



寝室から出る前の2人だけで行われる秘めやかな儀式。
寝室でゼス様に名前を呼ばれたオレが、その美しい顔に漆黒に銀の装飾が描かれた仮面を着けること。
背丈に差があるオレのために、椅子に座るゼス様は、魔族の中でも冷酷だと言われるが本当はとても優しいと思う。



仮面を手に間近まで行くと、ずっとオレの様子を見ていた紅の目が閉じられる。
長い睫毛は髪と同じ漆黒で艶やかだ。
カラスの羽のように綺麗。
長い黒髪はゆったりと背で1つに結われ、両サイドから生えた2本の角がこの人が本当に人ではないのだと教えてくれる。
外見は今まで見たどんな人間より美しく、ゲームとかでしかお目にかかれないようなかっこよさだと思う。
風呂へも一緒に入るので、何度も見ている裸は美術の授業で見たダビデ像のような肉体美である。
完璧すぎるこの魔王は、恐ろしいほどに美しい…。
その顔を何故隠すのかはわからないが、今日もそっとその顔をオレが着けた仮面の下へと隠す。



「いい子だ…。行くぞ。」



くしゃりと大きな手で撫でられる。
立ち上がると同時に寝室のドアが開いた。
寝室から出るゼス様の後ろを追って、一緒に出るとドアを越えた瞬間にオレの足には鈴がつく。
歩くたびにリン…リン…と音が廊下に響き渡った。



ゼス様に与えられた新しい日々は、とても穏やかで思い悩むことも、苛まれることもなかった。
魔王の愛玩動物として、周囲からも認定されてるオレは、食われることもなければ視界に入れられることもない。
意外にも人を飼っているのは、ゼス様だけではないようで、物珍らしがられることもなかった。
きっと戯れだと思ってるからだろうし、おそらくそれで合っている。
そうでなければ、完璧な彼がオレをそばに置くはずがないだろう。
死んだ神子のように力があるわけでもないし、食用にするにはそそられないだろうし。



「カナメ、何を考えている?」



会議の間のドア前で不意に尋ねてきたゼス様に、ハッとしていつの間にか俯いていた顔を上げる。



「いえ、なにも…」



時々、何かを確認するようにこうして聞いてくる度に、オレは小さく微笑みながら同じ言葉を返す。



「そうか。」



するりと頬を撫でられ、首輪を確認するように指でなぞると、心なしか目が優しくなった気がした。



ドアが開き、会議の間に入るゼス様とオレを立って迎える魔族の長たち。
見た目はバラバラでも、放たれる気が普通とは違うのを肌で感じる。
いつもながらのことだけど、萎縮してしまう。
オレは魔王の座の横に用意されたクッションに座って、会議の内容に耳をそばだてるわけでもなく、終わるのをただただ待つだけだった。


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あきゅろす。
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