商い物
仮婚姻の儀・4日目です
奇妙なことになった、と思う。
実は昨日の朝と同じように、宵月さんと同じ布団の中にいる。
抱きしめられてはいないので、体を起こしてその寝顔を座りながら見下ろした。
髪が絡むからと、ゆるく結ばれていた髪紐は解けて無造作に枕元に落ちている。
顔にかかって、邪魔そうな髪をなんとなく払ってやるとふと顔が和らいだ。
その顔は、仮婚姻の初日に見た何もかもを見透かすような…つまらなさそうな顔ではなく、1人の人としてそこに存在する安らかな顔だった。
【鬼憑き】と恐れられ、閉じ込められ、また5人を壊した人物には到底思えない。
そして気がつけば、3日という今までの期限を超えていた。
3日で人を壊していた彼の4日目の顔。
未だに義務的な感情しか持ってないけれど、どことなく寄り添ってくれる宵月さんに、心臓のあたりが温かくなる気がした。
自分も変わらなければならない。
嫁いだからには、心も伴うように…。
「宵月さん、俺、宵月さんのこと考えるね。」
だから、ゆっくり待っててほしい。
同じ気持ちを持てるかはわからない。
でも、せめて隣に立てるくらいにはなりたい。
その形が友なのか、嫁なのか…あるいは、この閉ざされた世界で戦う戦友になるのか。
たどり着く先がどこになるかはわからないし、宵月さんが求める形になれるかもわからないけど、少しでも体だけでなく心もそばにあれるよう…。
柔らかな髪をさらりと撫で、俺は朝食の準備をするために布団から抜け出した。
食材は定期的に頼んだ物が庵と供物殿の境の門の所に届けられるのだと、宵月さんに教えられた。
そして今日は、その届く日であったので食材が悪くならないうちに運び込んでしまおうと思った。
門のところまで行くと、食材が入っているのだろう箱があった。
これは門番が運び入れてくれるんだろう…。
「あの、ありがとうございます。」
お礼はきちんと。
父さんから教わったことは、どんな時になっても忘れない。
「…お前、オレの事忘れてんのか?」
「は?」
箱を持ち上げ、門番に向き直る。
門番の顔に見覚えは…。
「どちら様?」
全くない。
お礼は言ったので、立ち去ることにした。
「俺の記憶にないんで…、すみません。」
ふと庵の方を見ると、宵月さんが縁側の柱にもたれかかりながらこちらを見ていた。
その顔は、寝ていた時の顔でも、ここ最近見ていた顔でもなかった。
ただただ、観察しているだけの顔。
そこらへんの雑草でも見るような…。
「それじゃ。」
なんだかよくわからないけど、早く宵月さんのそばに行かなければと思った。
玄関から中に戻り、キッチンへ荷物を置く。
「…宗輔」
「な、なに?」
後ろめたいことなどなにもない。
それなのに、何か悪いことを見つかってしまったかのような心地になる。
背を向けたままで、宵月さんがどんな顔をしているのかわからない。
キシ…と床が軋む音がして、動く気配を感じたと同時に、ふわりと背後から抱きしめられた。
「宵月さん?」
「…宗輔」
「あの…」
体温がじわりと伝わってくる。
まるで侵食しようとしているかのような感覚に、ぶるりと寒くもないのに震えた。
「大丈夫?」
「何が?」
「さっきの門番、なんか嫌な感じがしたから…」
「あ、あぁ…別に何もなかったけど。」
「そう。…何かあったらすぐ呼ぶんだよ?」
「あ、うん。」
「ふふ…」
最後に少し強めに腕がキュッと締めてから、離れていった宵月さん。
今日の朝ごはんは何だろう、と言いながら寝室へ戻っていく後ろ姿を振り返って見つめる。
俺のことを心配してのことだったのだろうか。
心配する点があったのかもわからないけれど、そうだったのなら何もなかったのだから取り越し苦労というものだ。
けれど、引っ掛かりを覚える。
わからない何かにまたぶるりと体が寒気を感じた。
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