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商い物
2
庭に面した縁側で、隣り合いながら土の湿る香りと、雨の聞こえるか聞こえないかの音を感じながら俺は話した。



「なにから話しましょうか…。」

「はじめから聞かせて。」

「…俺は3歳の時に突然親に捨てられました。」



…はじめから。
俺は宵月さんに話し始めた。



もうおぼろげな記憶。
でも、確かに捨てられた、という絶望感と虚無感を覚えている。
あの感覚だけは、きっとこれから先も忘れることはないんだろう。



3歳で捨てられ、院長先生が親を探してフラフラしていた俺を保護したらしい。
実は院長先生との出会いの記憶は曖昧なんだ。
幼さ故、とはいっても、大切なその日のことを忘れてるあたりどうなのか、って自分でも思う。
初めての場所に、最初は出て行こうと何度も脱出を試みたこともある。
んで、1.5mくらいの柵をよじ登りきれずに落ちて、尻打ってびゃあびゃあと泣いてる俺を院長先生が迎えに来るというサイクル。
脱出しようとしなくなったのは1年後くらいで、俺よりちっちゃい子が来た事が大きかった。
他人の振り見て我が身を直せ、じゃないけどそんな感じ。
逃げようとする新しく来た子に、院長先生が優しく、君の新しい家と家族はここだよ…と、何度も言って抱きしめていた。
俺も同じことを言われた。
逃げようとするたび、泣き出すたび…。
やっぱり感覚的に親が恋しかったんだろうな。



それから、俺は院長先生を特別な人として見るようになった。
本当の親だった。
生みの親は確かに捨てた両親だろうけど、院長先生こそが俺の唯一の親なんだと今でも思ってる。
そして、院内にいる子はみんな俺の兄弟姉妹だと思うようになった。
院長先生を中心とした大家族。
けれど、それはあくまでも新しい【家族】ができるまでの話。
歳を重ねるにつれて、俺より年上の子は新しい家族の元へ旅立ちいなくなった。
施設の子から「大にぃ」と呼ばれる頃には、俺を引き取りたいという【家族】もいなくなった。
何度も何度も、笑顔で手を振って俺の【家族】が新しい【家族】の元へ行くのを見送った。
その頃には、正式に院長先生の子として迎えられた。



「なんで宗輔は施設から出なかったの?」

「…それはきっと、迎えてもらいたい、受け入れられたいって思った相手が院長先生だけだったからだと思う。」

「でも、引き取りたいって家族もいたんでしょう?」

「うーん…雛の刷り込みって知ってます?」



頷く宵月さん。
その黒い目が、俺だけを捉えていた。
ただ知りたい。
俺の事を知りたい。
そんな感じだった。



「捨てられた俺の前に最初に現れて、俺の手を引いてくれた。あぁ、この人が俺の親だ…とでも思ったんじゃないでしょうかね。刷り込まれた感情はそうそう消えちゃくれない。だから、他の人たちがどんなに家族になりたい、って言っても俺には家族とは思えなかったんだ。」



もちろん体験的に新しい家族の元へ行ったこともある。
でも、彼らは赤の他人でとてもすべて委ねられるような気持ちにはならなかった。
悪い人たちはいなかったはずだ。
新しい居場所もきっとあったはず。
普通に暮らして、普通の家庭も持てたんだろう。
けれど、俺が選んだ家族は院長先生だった。
こんな展開、予想もしてなかったけど院長先生が花総家の馬鹿y…馬鹿当主を一発殴っといてくれれば良しとしよう。



「宗輔は…」

「うん?」

「もし会えるなら藤紗に会いたい?」



久しぶりに聞く父さんの名前に、震えそうになる。



「…いや、もうお互い決心したことなんだから。」

「そう…」



悪足掻きみたいなカッコ悪い真似、あの手紙だけでいいんだ。
これ以上、院長先生に縋るような子供のままじゃダメだから。



「…ねぇ、宗輔」

「はい」

「君のその答えを聞けて嬉しがる僕を許してね…」

「え?」



何を?という前に唇を塞がれた。
間近にある宵月さんの顔に、あ、キスされたんだ、って理解した。
触れるだけのキスは、離れがたい温度をしていた。




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