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商い物
仮婚姻の儀・3日目です

訳も分からず、気がついたら朝でした。
ついでに言えば、宵月様の腕の中でした。
…一体なんだったんだ。
名前連呼されて、恥ずかしくてたまらなかった記憶だけしかないんだけど。



「…ま、いっか」



そう、悩んだところで仕方がない。
とりあえず、空腹を訴えてくるお腹をどうにかしなければ。



もぞもぞとまだ寝ている宵月様の腕の中から出ようと動k…



「…動けない」



がっちりホールドされしまっている。
ちょ、マジか…。



「…宵月さま〜、朝なんですけど」

「んぅ…」

「ぐえっ!」

「は?」



むずがって、抱き枕か何かのように俺を強く抱きしめたせいで、ブーブークッションよろしく、カエルが潰れたような声を出してしまった。
それが効果的に働いたのか、宵月様の目がぱっちり開いた。
…うん、まぁよしとしよう。



「今の声、君の?」

「お恥ずかしながら…あなたのせいで。」

「あ、えっと…その、」



しどろもどろし始める宵月様。
それがおかしくて、思わず笑ってしまった。



「ふ、ふふっ…ふはっ!」

「は、花総の…?」

「す、すみませ、ふふっ…はぁ〜、宗輔です。」

「え?」

「俺のこと、名前で呼びたいんでしょう?」



昨日のことを忘れるなんて酷いじゃないか。
そうからかえば、気まずそうな顔をする。
俺はそれに、と続ける。



「知ってるかもしんないけど、俺、本当は花総の人間じゃないんで…。」



なんだか人間染みた…いや、そうじゃないんだ。
この一族が【鬼憑き】だなんて言うから、そうだとばかり思い込んでたんだな、きっと…。
宵月様という人間に対する警戒心が笑ったことでどっかに行ってしまった。
彼はただの人だ。
化け物なんかじゃない。
俺の前の5人に何かしたことが、事実だとしても、等身大の人であることを忘れてはいけないと思う。



「では、君はこの家のために連れて来られた…?」



綺麗な顔が、翳りを帯びて憂うのもなんというか…美しくて困る。
イケメンずるいわ…。



「そうっすよ。俺の夢はね、父さん…院長先生と一緒に孤児院を切り盛りすることだったんですよ。それが、訳のわからないしきたりに巻き込まれて、今は宵月様の腕の中です。」

「それは…すまないことをしたね。」



なんか、宵月様が謝ることではない気がして、少し自由が利く左手を拳にして軽くお腹を殴った。



「っ!」

「あなたに謝られる義理はないよ。なんだかんだ、慣れましたし…。ある意味、主夫は天職ですから。」

「…もし、良かったら今日は君の話を聞かせてくれないか?宗輔…」



布団の中から、外の天気をうかがった。
少し強めの霧雨がしゃらしゃらと降っている。
庭いじりをするのはちょっと無理そうだ。



「いいですよ。とりあえず、ご飯にしましょうか。」



するりと腕の檻が解けて、温かさに名残惜しい気持ちを持ちながらも寝室の外へ向かう。



「宗輔、」

「はい?」

「僕も…僕のことも『様』なんてつけずに呼んでくれないかな?」

「あーい、宵月さん。」



手をひらひらと振って、朝食の準備に向かう。
寝室で、『さん』は付けるんだね、と苦笑していた宵月さんに、心の中ですんませんね、と謝っておいた。


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