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商い物
婚姻の儀・2日目の夜です

家事も終わり、お茶で一服しているといきなり誰かに髪を触られた。
誰かって言っても1人しかいないんだけどさ…。



「びっくりしたぁ〜…。何ですか、宵月様?あ、お茶飲みます?」

「…うん、もらおうかな。」



なんか少し雰囲気が変な感じしたけど、よくわからないからあえて気がつかないふり。
ほうじ茶を入れて、宵月様に渡した。



「熱いんで気をつけて…」

「うん。」



少しの沈黙。
…いったいなにしに来たのだろう?
昨日の夜は、1人で先に本読みながら布団に入ってたし。



「…ホッとする。」

「え?」

「花総が入れてくれたほうじ茶。」

「あぁ、お茶って和みますよね。寝る前は特に…」



茶葉がいいのか、芳ばしいほうじ茶が1日の疲れにしみる。
言っちゃあれだが、院にいた頃の茶葉なんか目じゃないくらいに美味しい。



「…花総の、」

「はい?」

「僕も君のことを名前で呼びたい。」

「別にいいけど?俺も宵月様って名前呼んでるし…」

「宗輔…」

「はい」

「宗輔、」



だから何だよ!?
名前呼ぶのにそんな許可なんかいらないだろ。
特に本来ならこの場にいるはずじゃないような身の上の俺なんかのさ。
何度も名前を呼ぶ宵月様は、何だか嬉しそうだった。
だから、呼びたいままに呼ばせた。



「宗輔、ねぇ…宗輔、」

「はいはい、何ですか宵月様」

「ふふ…嬉しいな、宗輔」

「そりゃ良かった。そろそろ寝ましょうよ。夜更かししてまた朝起きなかったら、強制起床させるぞ。」

「うん、寝ようか。明日も僕を起こしてね、宗輔?」

「はいはい。じゃあ寝る準備しようか。」



その後も、宵月様は俺の名前を呼んだ。
コロコロと飴玉を転がすように…大切な言葉を忘れないように…新しく与えられたおもちゃで遊ぶように…
だから、それが思わぬことにつながるとは思わなかったんだ。



「宗輔、宗輔…」

「あの、そろそろ恥ずかしくなってきたんで、名前呼ぶのは」



寝室に入った俺は宵月様に呼ぶのを控えろ、とお願いした。
そうしたら、不思議な顔をして俺の両頬を両手で包み込んで、思いっきりガン見されながら、どうして?と尋ねられた。



「どうしてって、恥ずかしくて…。そんな名前を連発して呼ばれたことないんだからさ。」

「そうなんだ。でも、きっと外にいたら今よりももっと君の名は呼ばれるんだろうね、一生のうちに。だけど、君はここに来てしまって、僕以外から名を呼ばれることはない。だから、その分たくさん僕が呼んであげたいんだ。」

「あー…えーっと、ありが、とう?」



そして、ゆうるりと宵月様が笑った。
あまりに間近で、その笑顔を見るのは心臓がもたない気がして目をそらすと、その一瞬の隙をついて何か柔らかいものが口を塞いだ。
びっくりしたけれど、ゆっくり後頭部を撫でられて、何故か意識を保っていられずに力が抜ける感覚がして暗闇が下りてきた。



起きていた方が良かったのか、暗闇の中に落ちていた方が良かったのか、そんなこと俺にはわからないけれど、どこか遠くで声がしたんだ。



ーーー可哀想に…可哀想に…でも、手放してなんかあげない。ずーっと、可愛がってあげる。可愛い、可愛い…



「…僕だけの宗輔」



ふわりと香った何かの香りは、脳の奥を痺れさせて、より深い闇に意識は飲まれていった。


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あきゅろす。
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