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商い物
弐夜・一夜花ノ間ヲ飛ブ蜂

シロを手に入れてから5年が経つ。
私以外には警戒心むき出しの少年だったシロは、今や私の小間使いのようなことをしてくれて見世を手伝っている。
もちろん裏方として。



「クロさん、今日の予約は春嵐さんと野分さんだけだよ。あとは張見世に並んでもらえばいいよね?」

「そうだね。あ、野分はちゃんと女性のお迎えに行ったかい?」

「…見てくる。」



品出し準備とも言える、妓楼の朝は夕方からだけど何かと忙しい。
シロのおかげでだいぶ楽にはなったけれど…。



シロは連れてきた頃の暗い面影はなくなって、ハツラツとしたなんとも明るい子になった。
よく私に懐き、どんな事も私から学び取っていった。
それは勉学にしろ、礼儀にしろ、閨でのことにしろだ。



連れてきた齢が10ほどだったから、2年間は我慢もしていたが、12の頃に男娼と同じく手解きをしてやれば、まぁなんとみずみずしく美味しい果実だったことか…。
今も時々、おねだりをされれば体を重ねる事もある。
私が堪えられなくなって、茶にそれとなくある物を混ぜたりしてる事は秘密だ。
手元に置き、優しい言葉を流し込み、私の持てる全てで愛したシロは、本当に可愛くてたまらない。



けれど、そうやってうちの子たちに惚気ると、決まって奇異なのはその身にまとう色彩だけで、顔はどこにでもいるような凡庸な子供ではないか、と言われる。
まぁ、あの子の良さなど私だけが知っていればいいのだから問題はなにもないのだけれどね。
それでも、一癖も二癖もあるうちの子たちだって、シロに対しては悪い態度は取らないのだから、本能で何か感じとってるのかもしれない。



たしかに私はシロを手に入れた。
だが、束縛するつもりはないのだ。
誰と体を重ねても良い。
最後、私の元に戻ってきてくれるならそれでいい。
シロの中で、私が一番大きな存在であればいいのだ。



「クロさん、野分さんがまた…」

「おやまぁ…。そんなにあの子は蜂の子が食べたいのかね?」

「夕餉は、野分さんだけ蜂の子づくしにする?」

「9時までにしっかり女性同伴で来なければそのように…。」

「はぁい。あ、一応時雨さんに伝言頼んでくるね。」

「頼みます。」



時雨はうちの子でもちょっと特殊な子。
真っ黒な肩につかない程度の髪と吊りあがり気味の珍しい紫の目をした、少々無口な美青年。
常に長い襟巻きを首に巻いていて、口元はそれで隠している。
白い手袋は外している姿を見た事はないかもしれない。
自治警察の制服のような詰襟姿を好むけど、私としては着流しも似合うのではないかと思っている。
そんな彼は普段は用心棒をしてもらってるんだけど、器量も良いものだから一部の女性に人気がある。
特に同じ仕事仲間の遊女たちに…。
だから、大金積まれた時のみ男娼としても働いてもらっている。
いわば妓楼、黒椿の裏品書といったところか…。
用心棒としての腕も相当なもので、葦原の夏祭りで腕試しがあるのだが、素手でもかなりのもので一昨年からずっと優勝しているほどだ。
一応、有事の際に最終手段として鍔無しの刀、つまりドスをもっているが一回も使っているのを見た事はない。



そういえば、シロも時雨のことはお気に入りのようだ。
他の男娼に比べて、仲も良いし兄のように慕っている節がある。
そういえば、一昨年だっけ…?
腕試しに出る時雨に、シロが勝って来てねと言ったのは…。
もしかして、時雨!?



見世の入り口付近の壁に寄り掛かるように立つ時雨と、話しかけるシロを見ればなんと微笑ましい光景に見えることか。
何回か頷いた時雨がおもむろにシロの頭をポンポンと撫でる。
それに嬉しそうな反応をするシロ。
…あ、何?
そういう事なの?



ジッと見ていたら、時雨に気がつかれた。
そして、



「おや、まぁ…」



どうやら、シロの魅力に気が付いてしまっていたらしい…。
私だけのシロではなくなってしまう日は近いやもしれないね。



その後、シロに用を頼まれた時雨は外へと出かけた。



「さてと…じゃあオレ、髪結いしてくるね!」

「はいはい、うちのワガママ姫たちをよろしくね。」



今度は髪結い道具を持って、うちの子たちの部屋へ上がっていく。
今まで馴染みの髪結い師に頼んでいたのだけれど、シロは器用だったのもあってか見様見真似ですぐに出来るようになった。
もちろん、こればかりはその馴染みに頼んで習わせた。
私は壊滅的に不器用なんでね…。



それにしても、時雨のやつ…。
一体いつからシロの事を。
後で詳しく聞かせてもらおうか?
まぁ、あの子はなかなか話したりしないけれどね。
そのミステリアスさに女はコロッといってしまうようだが、シロといるときの顔を見たら驚くだろうな。
私だとて見た事のない柔らかな表情をしていたのだから。



まったく…



「うちの子は一筋縄じゃあ、いかないね。」



私の方を見て音にせず言った言葉。



土俵に上がらせてもらいます。



残念だけど、奪い合うつもりは毛頭ないよ。
無理強いでなければいくらでもどうぞ。
あの子が悲しまなければそれで良いのだから。
だから、君もどうかシロを一夜限りではなく愛してあげてね。



クスリと笑ったら、髪を結い終わった朧が丁度階段を降りてきたところだった。
まぁ、まぁ…そんな変なものを見た顔しないでくれよ。


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あきゅろす。
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