商い物
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5日目の見世物小屋は、その幕を開くことはなかった。
自治警察が下種をしょっ引き、見世物小屋は解散となった。
見世物たちの小屋を開けて、それぞれをそれぞれの買い手の元へ連れて行く。
その顔は自由はなくとも晴れ晴れとした顔をしていた。
双子は2人で居られるなら、どこへ行こうと構わないというので、丁度2人新しい禿を探していた妓楼に引き取られた。
世話する姉さんは、色街でも少し有名な双子の上級遊女たちだ。
双子同士、気も合うだろう。
ナイフ投げの4本腕の男は、用心棒兼見世物として別の見世物小屋の一味に加わった。
…というのも、この男を迎える側の見世物小屋で、ナイフ投げを受ける側だった女性が、彼に一目惚れしてしまったらしい。
この色街じゃ幸せな話だ。
元々のナイフ投げはというと、本業は道化だったようで何も困りはしないというから、本当に幸せな話だ。
蛇使いの女性ストリッパーは、獣を使った遊びをするちょっと特殊な妓楼へ引き取られた。
話によると、蛇を操りながら男を蔑むのが何より興奮するとかで…。
この短期間でコアなファンを作っていた。
まぁ、彼女には天職だろう。
うちの野分も艶なる容姿につられて、口説いたらしいが性質が合わなかったらしく、落とせなかったようだ。
酒飲み友達にはなったみたいだか…。
野分にはそれとなく仕置きとして、夕餉に彼の嫌いな蜂の子を入れてやった。
まったく…同業者を口説くなと何度言えばわかるのやら。
さて、そして私の欲しかった子はというと…
「さあ、おいで…君は自由だよ。」
ガチャリと檻の鍵を開けて、声を掛けると手負いの獣のように暴れた。
着ていた着物は肌蹴てしまったし、簪で留めてあった髪も乱れたが、そんなことはどうでも良かった。
どんなに暴れても、藻掻いても、私からは逃す気などない。
「自由なんてないくせにっ!!自由なんて嘘っぱちなくせにっ!!!」
暴れる鬼子が暴れることで、それ以上傷を増やさないために抱きすくめる。
離せ、離せと暴れる子供を優しくあやしながら、なだめる私は少し笑えた。
この聡い子は、子供ながらに知っている。
生きる限り、この世のどこにも自由など存在しないのだと。
それでも、私は何も知らない顔で君は自由だよ、と繰り返すのだ。
抵抗が弱まった頃、少年を戒めていた首枷と手枷足枷をことさらゆっくり外しながらその耳に言葉を吹き込んだ。
「君は愛でられるべき子だよ。」
「嘘だ。オレは鬼の子だから愛されない。」
「いいや、私は君を愛でたくてたまらないんだ。私に可愛がられてはくれないだろうか?」
「嫌だ。そんなこと言って、どうせあんたもオレを見世物にするんだ。」
「しないよ。君が望むなら、大人数の人目を逃れる場所もあげるよ。人の目が怖いのかい?」
「怖い。だって変な目で見てくる。それで石を投げつけるんだ。痛いのも怖いのも嫌いだ。」
「じゃあ、私が…」
全てから君を守ってあげよう。
優しさで固めた甘い毒を幼い彼に流し込む。
私の手を取れば、2度と戻れない日常がある。
けれど、日常を知らない聡いが無知な少年は私の手を取るだろう。
私の籠にこの美しい鳥を繋ぐのに、冷たい鎖や檻などはいらない。
自らそこを選んだ、という見えない鎖があれば良い。
その鎖は、美しい鳥を雁字搦めにして、けして逃げることはできないものとするから。
「…本当に?」
「本当だとも。私の小指に誓うよ。」
「嘘ついたら、針だけじゃ許さないよ。」
「もちろん。」
「…じゃあ、」
オレを連れてって。
弱々しく私を拒んでいた小さな手が、今度は縋り付くように着物を掴んだ。
美しい鳥は、羽ばたくための翼を自ら閉じた。
「私の名は黒椿。しがない妓楼の主人です。」
「オレ、名前ない…から。なんか、ボロボロにしてごめん。」
そんなこと、まったく気にしないのにこの白い鬼子と恐れられた子供は、心底すまなそうに謝ってきた。
その姿が可愛らしくて、思わず頬にくちづけたのはご愛嬌だ。
「では、シロと呼びましょう。」
「なんか犬っぽい…」
「拾ったようなものですから、良いでしょう?」
「ひどっ!」
檻から出て、手を繋ぎながら見世へ向かって歩き出す。
捨てられて拾われた鳥というにはいささか語弊のある少年は、それでも初めて呼ばれる名前と言うものが嬉しいのか、瞳の中にちろちろと喜びの色を表した。
だから、言ってはあげない。
聡く純粋な何ものにも染まっていないこの界隈では稀有な存在。
どうかこの先も、己の色を見失うことなくいて欲しい…。
そういう思いを込めたこと。
「シロ…」
「なに?」
「今日からよろしくね。」
「あ、う…こ、こちらこそ。」
小さな手は離さない。
もう何処へも放してやらない。
手に入れた。
手に入れた。
一夜限りの愛などやるものか。
いらぬと言われても愛し尽くしてあげよう。
愛で雁字搦めて逃がさない。
この色街で本気にさせたら怖いと言われる者に愛されたのが悪い。
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