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商い物
5

それから火野が壊れて、風谷もおかしくなって供物殿に戻ってきて、稲妻が2日前に連れて行かれた。
あいつは最後まで強気な姿勢を崩さなかった。
あんたが正妻になるのなんか許さないんだから!!とのたまっていた。
さらに小声で、ちゃんと正気で戻ったら俺を云々とも言ってたけど聞こえなかった。



今日で15日目の朝を迎える。
すっかり静かになった供物殿。
寂しくなってしまったものだ。
いつものように、起きて身支度を整えて4人の様子を順番に確認した。
水上と風谷はすでに起きていた。
土屋と火野はまだ寝ていたから、朝ごはんは後回しだな。



今日も今日とて4人を世話する。
水上は前よりしっかり手を握ってくるようになった。
土屋は以前より暴れなくなったけど、一度暴れ始めると手がつけられないくらいに暴走する。
そのスイッチは傷のあった場所に触れた時と、驚かせてしまうことをした時。
傷が消えても、傷ついたままなのだろう。
火野は壊れてしまった鼈甲の椿を模した簪を手放すことなく持っている。
それにずっと、謝り倒している姿は痛々しかった。
起きている時は謝ってて、寝るのは力尽きてからという感じで衰弱が激しい。
風谷は、ずっと微笑んでいる。
微笑んでいるが、真顔になった瞬間にフラッシュバックを起こし自傷行為をする。
気をつけてないとマジでやばい。
対応が遅れないようにと、監視カメラが付けられたのは戻ってきてすぐだった。



とりあえず、なんとか食事を摂ることが可能な火野以外の人数分の朝食を用意して、水上付きの女中さんに1食分を渡し、俺は風谷の部屋へ行く。
約束しちゃった以上仕方ないからね。



「風谷入るぞ〜?」



ノックできないから声だけかけて中に入れば微笑んだままの風谷が体を起こして待っていた。



「今朝は卵焼きとトーストとサラダ。あとヨーグルトね。」



言葉を発することも、反応を示すこともないけれどそれだけ言うとお盆をベッドサイドの棚に乗せて、一口サイズにすると風谷の口に運んだ。
完全に介護だ。
でもそうしないとこいつは食べない。
自主的にすることはトイレに行くことと自傷行為くらい。



「卵焼き、しょっぱくしてみたんだ。昨日は甘めだったからさ。美味しいかな?」



口を動かし飲み込み、言葉は返らない。



「反応があれば、お前の好みのものとかも作れるんだけどさ…。少しずつでいいから良くなれよ?」



朝食を食べさせ終えたら歯磨きさせて顔洗って、今度は俺が食事を摂るために一旦退室。



ふと、宵月様のいるという庵の方を見る。
稲妻はまだ元気にやっているだろうか?
今日で3日目だ。
明日が平均的な宵月様の期限。
明日、何事もなくいつものように過ごせればいい。



「まぁあいつ、負けん気強いし、多少のことじゃ動じないだろ。」



異常なまでのペースで終わりを告げていく仮婚姻の儀。
本当に、なんで俺こんなことに巻き込まれてんだろうなぁ…。
生来の気質が、そういう体質なのか…。
はたまた前世で俺なんかヤバいことでもやらかしたんだろうか。
そんなこと考えながら朝食を摂っていたら、ノックされないはずの戸がノックされた。



「花総様、お迎えにあがりました。」



…あぁ、お迎えが来てしまったか。
あの世からのお迎えじゃないのが良いのか悪いのか。



「花総様、」

「はぁい、ちょっとお待ちください。」



最後の一口を口に入れて、お茶を飲むんでから戸を開けた。



「六の位、花総家の仮婚姻の儀を始めさせていただきます。」



女中の後ろをついていく。
チラリと見えた稲妻はぐったりしていた。
…あいつも、ダメだったのか?
だけど、僅かに目が合った瞬間、弱々しくも稲妻の目に光が戻った気がした。



「…バイバイ。」

「これより先はお一人でお進みください。良き妻となられますよう…。失礼いたします。」



庵に続く木の門が開く。
見張りの人は、いつか見た人ではなく知らない顔だった。
門の中は庭があって、その奥に平屋の家があった。
ここから先は、鬼の住処…。
自分がどうなるとも知れない。



「女中さん、どうか他の5人をよろしくお願いします。」

「承知いたしました。」



俺は一つ深呼吸をすると、門の中へ歩を進めた。
一歩一歩…。
背後で門が閉まる音がした。



「…来ちゃった。ま、なるようにしかならないか。」



とりあえず、宵月様見当たらないんだけど、俺どうしたら良い?
勝手に中入るのもあれだしなぁ…。
幸い縁側あるし、庭見てようか。



素朴な庭。
一般家庭の庭のようだ。
草が伸びきってるし、草刈りでもしようかな。
そこそこスペースあるから色々できそうだし。
…と、そんなこと考えながら立っていたら、カタリと家の玄関らしいところから物音がした。
そして、そこには一度だけ目にしたあの恐ろしいほどに美しい人がいた。
白い寝間着の着物に羽織を羽織っているだけなのに絵になる。



「おいで、花総の…」



なにやら何にも興味はない、どうでもいい、という最初の印象とは少し違うような…。
まぁ、仮にも嫁ぐ相手だし?



「あ、はい。失礼します。」

「うん。あぁ…敬語は必要ないから。」

「はぁ。じゃ、そういうことなら。」



なんか身構えてた自分がバカらしいような気もした。
どうなるかなんてわからないけど、自分のペースでやっていこう。



ということで、院長先生もとい義父さん、俺は今日嫁ぎます。
まだ仮だけど…。


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あきゅろす。
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