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商い物
3

発言は控えていたけれど、他の4人も同じ目で当主のことを見ているのだろう。
当主はため息をつくと、座る様に促した。



「私とて、すべてを知るわけではない。伝え聞いた話ばかりで、本当の事は【鬼憑きの庵】の中だけで処理されてしまうからな。」



そうだろうな。
見張りの人ならもっと詳しいだろうけれど…。



「過去一度として【鬼憑き】の正妻になった者はいないという事はもう知ってるな?」

「はい。」

「その事例として、大まかに3つに分けられる。1つは単に1人を選ばなかった場合。嫁いだ6人を平等に扱ったが、特別視などはしなかったそうだ。死ぬまで仮婚姻の儀を続けていたらしい。【鬼憑き】でも、比較的性格が穏やかなものにこの事例が多い。」



なんというか、ハッスルのある【鬼憑き】もいたようだな。
ちょーっと、そのタイプとは仲良くなれそうもない。
性格穏やかでも全員仲良く…あー考えるのやめよ。



「もう1つは、仮婚姻の儀を受け入れられずに誰も選ばない場合。最初から誰も選ばずに拒絶し庵の中にすら踏み込ませなかったらしい。この事例は【鬼憑き】であることを拒む者に多い。」



いますよね、全てから目をそらして塞ぎ込んじゃうめんどくさいやつ。
孤児院にもいたけど、最終的には笑顔で新しい家族の元へ旅立ったっけ?
最後の日は兄ちゃん、兄ちゃん、煩かったなぁ…。



「最後に、仮婚姻の儀は行うが結果として妻候補を壊してしまう場合。今回のようにね。何らかの原因があって拒絶し、精神か肉体…もしくは両方破壊されてしまうという。これは特に【鬼憑き】の性質が強い者にあらわれる事例だそうだ。」



水上は精神を壊されたってところだろう。



「どの代の【鬼憑き】もいずれかに該当して、残念なことに正妻を迎えたことはない。一応言っておくが、宵月様に受け入れられた時点で、ここから出ることは出来ない。」

「水上もあのままここに置いとく、ってことですか?」

「そうだ。精神が壊されることを【鬼に喰われる】と揶揄する者もいるが、実際回復する見込みはない。だが、どんな状態だろうと受け取られた妻候補が存在できる場所は、宵月様のそばだけ。その命が果てるまで、世話役をつけるにしてもここからは出せない。」



そういう決まりなのでね、と当主様が言った。
チラリと土屋の顔を見れば顔面蒼白。
三の位の火野はカタカタ震えて泣いている。
四の位の風谷は火野の肩を抱いて、慰めている。
五の位の稲妻も土屋と同じ様な感じだ。



「君たちがここから出ることは叶わないが、最期までその命は守る。私ができるのはそれだけだ。宵月様の領内であるここは、私も迂闊なことは出来ないからな…。」

「大体わかりました。」



土屋は残念だけど覚悟を決める時間すらないのだろう。
女中に連れられていく後姿は、水上の様にはいかなかった。
はぁ…それにしても、鬼の性質、か…。
こればっかりは推測の域を出ないからどうにもならん。
てか、本当になんなの?
ファンタジックすぎやしない?
…まぁ、仕方ない。



「あ、当主様、あと一つ…」

「何だい、花総の…?」

「水上の事なんですけど、オレにも世話させてくださいませんか?」

「変な事を…まぁ、いいだろう。あぁ、それと…」



部屋の手紙は私が預かっているよ。



それだけ言うと当主は供物殿から出て行った。
手紙はどうやら捨てられてはいないらしい…。
良かったのか悪かったのかはわからないけれど。



俺はすっかり葬式のような雰囲気になった広間を出て、水上の部屋へ向かうことにした。
女中さん1人で世話をするのは大変だろうし、水上には悪いかもしれないが世話をしながら自分を落ち着かせたかった。
俺だって同じ目に遭う可能性は高いんだ。
怖くないわけがない。
それでも、その可能性を受け入れなきゃいけない。
これでも、嫁候補なんだから…。


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