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商い物
二つの顔 +

一度緩んだ心は、元に戻ったりせずゼス様とオレの関係はそう悪いものではなかった。
表向きには、魔王様のペットという形だけれど、オレの主導権を握りつつもペットより甘やかされている自信がある。
こちらの世界に来てから受けた仕打ちを取り戻すかのように、戯れだろうともその優しい、たっぷりの愛情を受けて、ドロドロと溶けてしまいそうな錯覚すら覚える。



庭を褒めてからというもの、よくそこで休憩がてらお茶を飲むようになった。
執務室に篭りっきりでは、体に毒だというのもあるだろうけど…。



「カナメ、」



筋張っているけれど綺麗な手のゼス様。
その指がつまんだ木の実のタルトをオレに向けて差し出す。
オレの食事は最近、ゼス様手ずから行われている。
時々は自分で食べさせてくれるけど、なんだか赤ちゃんになった気分で恥ずかしい。
…が、食べなければ差し出されたタルトはずっとそのままだ。
最初は戸惑ったけど、これも慣れというものだろう。
オレは口を開けて、少しだけゼス様の方に顔を寄せた。



「美味しいか?」

「はい。パリパリした木の実が香ばしく…」

「クカの実というものだ。最近やたら厨房の勝手口に果実や木の実が置かれているようだ。」

「妖精たちですか?」

「十中八九な。庭を褒めてくれた事が相当嬉しかったらしい。」



思わずふふ、と笑うと少し眉をしかめられた。



「ゼス様は、クカの実お好きですか?」

「ん?あぁ。そうだな…クカの実も良いが、その実と葉を漬けた酒が特に好きだな。」

「どんな味がするんですか?」

「スッとした清涼感とクカの実の香ばしさが合わさった感じだ。今度用意させよう。」



一応、未成年だけど…こちらでは何歳からが成人なんだろうか?
そもそも、ここでは成人前は飲酒厳禁という法律があるのかもわからないが。



「失礼いたします、陛下。」

「なんだ?」



急にゼス様の纏う空気が冷たくなる。
オレ以外には見せない顔がある事に仄暗い感情を揺らめかせた。
たとえ、仮面をしていようとずっとそばにいるオレには、手に取るようにゼス様のことがわかるようになってきている。
それもまた、仄暗い感情を大きくさせた。



「不可侵を違おうと人間側が動いているようです。いかがなさいますか?」

「…1歩でも我が領内に入ったのならかまわん。殺れ。」

「はっ!」

「それと…」



バキリ!!と嫌な音と共に、報告に来た魔族の兵士の腕がおかしな方向へ曲がった。



「ぎゃぁぁぁあぁぁあぁあっ!!」

「カナメといる時に話しかけるな。2度目は、ない…」



それだけ言うと、オレを抱き上げて兵士を放置したまま寝室へ向かった。
あまりの事に反応することすらできず、ゼス様にされるがままだったが、じわりじわりと恐怖が蝕んできた。



「カナメ」

「う、あ…っ」

「嫌なものを見せたな。だが、私とカナメの邪魔をするのが悪い。そうだろう?」



同意を求められて、言葉が紡げないオレは恐怖に頷くしかなかった。



優しく撫でる手が、いつでもオレを殺せる手であることを認識した。
そして、このゼスという魔王は、真実魔王であり、その性は冷酷無比でどんな残酷なことも顔色一つ変えずに行うことができるのだ。



その夜、オレはゼス様に抱き締められながらわからなくなった。
優しく甘やかしてどろどろに溶けさせていくゼス様と、冷酷な非道の王である魔王としてのゼス様。
どちらもゼス様であるのに、差が激しすぎることにぶるりと体を震わせた。


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