[携帯モード] [URL送信]

商い物
2

花嫁修業は相変わらず昼の部だけは、充実しまくっております。
足もようやっと慣れてきて、痺れはするものの対処の仕方を学びました…。
足先ちまちま組み替えるだけでも違うんだよ。
時々失敗して攣るのが悲しいが…。



「花総さん、あなたは本当に優秀ね。私が見込んだ通りだわ。」



作法の先生は、俺の努力をしっかり評価してくれてすごく優しい良い先生だとわかりました。
今ではお茶席仲間です。
鷹司家の敷地内で行われるお茶席や生け花の展示、聞香などの催し物には嫁候補である今ならば自由に出席しても良いとのことで、窮屈な生活に潤いを求めていた俺には丁度良かった。
他の5人は夜のお相手とよろしくしてる方が楽しいらしく、昼の嫁入り修行が終わるとすぐ相手のところへ行く。
おかげで絡まれずにすんでるから、たまには夜の先生方も役に立つものだ。



「いえいえ、先生のお教えあってこそです。」

「ほほ…初めたての頃がまるで嘘のようだわ。」



ころころと笑う先生に、ちょっと恥ずかしくなる。
初めたては他の5人の完璧な振る舞いに圧倒されっぱなしで、自分もとやってみても上手くいかなかったっけ。
だから空いてる暇な時間は、昼の部の修行の補習をしてもらった。
これは院長先生の顔に泥を塗らないためでもあるし、何より自分のプライドのためだった。
常にバカにしてくる5人を見返したかった。



「それにね、あなたには他の子たちにはない優しさがある…。素朴で温かな相手を思う心。とても大事なものだけれど、いつの間にか忘れてしまうものだわ。」

「先生…」

「いよいよ明日ですわね。」

「はい。」



そう…今日で花嫁修行は終わり、明日はいよいよ宵月様との結婚式。
鷹司家風に言うと婚姻の儀かな。
明日からは、こうして誰かと会うことなどできなくなる。
それは、鷹司関係者であっても同じ。
そして、2度と外へ出ることも叶わなくなる。
次、鷹司家の外へ出る時は死んだ時だろう…。



「こうして会えなくなることを個人的には寂しく思いますわ…。」

「俺もです。…先生、俺ね…本当は六家の血なんか引いてないんです。」



実は俺の出生については伏せられていて、花総家の次男ということにされている。
誰があの我儘当主の次男になるか!!
俺は院長先生の子供だけど、あいつの子なんかでは決してない。
大切な人の子供である事に嘘などつきたくはなかった。



自分のことを、ゆっくり誰かに聞いてもらったのは初めての経験だった。
これが最後なのだから、本当に出られない籠の中に入れられる前に、せめて心を許した人たちには真実を聞いてほしかった。
あいつの次男であるなんて汚名でしかない、くらいに思ってるからな!
俺の院長先生との幸せライフ崩しおって…。



「…なので、俺はこの一族から見れば完全な部外者なんですよ。六家の中にある忠誠心とかもない。でも、俺は…院長先生が大切だから…だから…」



あぁ…せめて、せめてもう一度だけでも…院長先せ……父さんに会いたかった。



結婚式には鷹司家当主と六家当主は出席出来るけど、他の人は出来ない。
花総家も当主は院長先生じゃないから、もう一度会うことはできないのだ。
泣き出してしまった俺をどんな顔で先生は見ているだろう?
情けない、やはり庶民の出の男だと呆れているだろうか?
そんな不安をそっと肩を包んだ温もりと、嗅ぎ慣れた先生の香袋の香りが消してくれた。



「知っていましたよ。大丈夫です。皆わかってますよ。あなたは花総藤紗の大切な息子です。」

「知って…」

「私、これでも鷹司家付きの秘書の家系ですから。甘く見られては困りますわ。」



おおう…最後の日に知らなかった新事実が投下されたよ。



それからしばらく、先生とのんびりしてから自分の部屋へ戻った。
しんと静まり返った誰もいない部屋は、明日になれば宵月様とやらのいる奥の屋敷に移される。
大して思い入れもない場所だけど、最後の悪足掻きだ。
奥の屋敷へ行ったら完全に外との交流は断たれる。
今も半分くらいそうだ。
父さんに手紙を出すことも許されていない。
だから、仮の部屋でまだ外との交流が完全になくなる前に手紙を書こう。
返事など返ってこなくていい。
それでも、最後に…。


[*前へ][次へ#]

4/29ページ

[戻る]


あきゅろす。
[小説ナビ|小説大賞]
無料HPエムペ!