「…あれ?タクトさん?」 塾を終えて帰宅したレミくんに会えたのは、日付が変わる数時間前だった。 「どうしたんですか?なにか用事でも…?」 自宅前の塀に寄り掛かった俺が、とんでもなく奇異に見えるのか、レミくんの表情はどこか不安げだ。俺はそれが、なんとなく面白くて、…心地いい。 「んーや。たまたま近く通り掛かったからね。レミくんに会えるかなーと思って、一服してたとこ」 「…そうなんですか…」 安心させるかの様に微笑めば、レミくんもまた、はにかむ様に笑う。 真正面からそんなもの見てしまえば、俺の頬は意識せず緩んでしまう。 ねぇ、だいすきな恋人さん。 その笑顔は、俺に会えたことが嬉しかったからだって、…そんな自意識過剰な男になってしまってもいいかな? 俺は毎日、君のことばかり考えている。 「…?えと、あの…そんなジッと見ないでくださいよ…」 「んー?なんで?いいじゃん。減るもんでもないし」 「……」 「…元気にしてた?」 「…昨日、会ったばっかりですよ…」 「そうだけど、心配なんだよ。不良にカツアゲされてないかなーとか、走って転んで怪我でもしちゃったんじゃないかなー、とか」 「…どんだけ子供なんですか僕は」 「ぬっはっは。かわいいかわいい存在ってことだよ。んなムッとした顔しないで」 「……ぅ…///」 ゆったりとした時間を纏う、レミくんがすきだ。この時間を、笑顔をなくさせたくない。彼にはいつだって、幸せで在って欲しいと思う。 どうか彼だけは、不条理なこの世界に痛めつけられることなく在って欲しい。 「……?…タクトさん、…冷たい……中入ってください。タクトさんなら母さんも怒りませんから…」 勘の良いレミくんは、俺がもう随分長い間外にいたことに気付いたようだった。握られた手首から、レミくんの体温がじんわり、染み渡る。まるで血液みたいだ。それか点滴。 みるみるうちに元気になれそう。 「いや、今日は帰るよ。顔見たかっただけだし。ありがとね」 「…え……」 残念そうな顔、見せられるとさらってしまいたくなる。 力の抜けた手首に、今度はレミくんの両頬を包もうとした。…が、やめた。今俺の手、冷えてるんだっけ。 「?…タクトさん…?」 「…んー、触れられないのって結構ツライね」 頭一つ分低い彼の目線に合わせれば、彼はあっという間に真っ赤に染まった。どうしたらいいのかわからずに、目をきょろきょろと泳がせている。 かわいい。 かわいくて かわいくて、 なんだかやりきれない。 「?!…えっ…と…あの…?…」 自分より低い肩に、俺は力無く頭をもたれかけた。温かい首筋にソっと唇を寄せると、息を詰めるレミくん。 …ああ。 ちゅーしたい。 だけど男同士で路ちゅーとか不審者過ぎる。レミくん家の前だし。…ここは我慢だ俺。今が大人の見せ所。 「…んー……」 「…えと……」 …ねぇ、レミくん。 これでも俺、女の子だいすきなんだよ? 経験だってそれなりにあるわけで、そこはかとなく察して欲しい。 君が欲しくてたまらない。 「…たくとさ…?…疲れてるんですか…?…」 「…んー……」 ……ああ、なんてことだ。 俺にしちゃまともな恋愛をしてしまってる。 恋愛なんて所詮慰め合いなのに、そんな薄っぺらな言葉では言い表せないほどの愛情が、自分の中から溢れているのがわかる。 愛してあげたい。 おこがましい言い方だけれど 愛してあげたい。 愛したい。 君だけを一番に、 君だけに一筋になって そんな真正直な生き方も有るんじゃないか。 自分の中のなにを犠牲にしたって、後悔しない…、そんな風にのめりこんで、そんな風に誰かのために生きる人生も、一つの幸せなんじゃないだろうか。 …思うのに。 「…充電完了。いー夢見なね、…おやすみ」 「え、ぁ…タクトさん?!…」 だめだと思う。頭の隅で。警報が鳴る。ストッパーとでも言うべきか。 なんのために生きるのか その問いを抱える俺たちの答えが、 「誰か」のためなわけがない。 …そう思うから。 [*前へ][次へ#] [戻る] |