優しさも愛しさも なにもかも君に向かう 真正面から 怖がりもせず 「欲しいもの…ですか?」 「そう。なにかないの?」 「んー…特に…思い浮かばないですね」 予想通りの答えが返ってきて、俺は内心苦笑した。彼は欲が無さすぎる。普通このくらいの年代だったら、欲しいものなんて両手で足りないほど有るんじゃないだろうか。 「………」 それから少し、思案するような仕草。 空を見つめる瞳が、一瞬間、陰る。 しかし、瞬きをする一瞬で、いつものレミくんに戻った。時折垣間見る、彼の暗い、闇。 「…仕方ないなぁ。じゃあ、誕生日には食べ切れないほどのたこ焼きをプレゼントしてあげよう。どう?嬉しい?」 「えっ?!…いや食べ切れないほどはちょっと…」 冗談を言えば、真面目に返してくれる。俺のふざけに、怒ることなく、笑ってくれる。いいのに。少しは怒ってくれたって。詰ってくれたって。 精一杯受け止めるのに。 「ぬっはっは。冗談だよ。他のもんなんか考えといて」 「…はぁ…お構いなく…」 君の一番欲しいものを与えてやれない俺で、本当にごめん。 * * * オレンジ色に辺りを染める、夕暮れの公園。俺はそのベンチに、一人腰をつけていた。人一人見当たらない、夕暮れの公園。シンと静まって、物音すら自分には感じられなくて、まるで世界に一人だけ取り残されたような気がした。 『だめだよ』 「…自分は良くて、レミくんはだめか……」 自分の声が、鼓膜を痙攣させる。 ほんの少し、俺は嗤えた。 胸元に入ったままだった煙草を、一本取る。慣れた仕草で火をつければ、頭をすーっと鮮明にさせる感覚。それはつまり、曖昧な感覚。手の中のジッポが、やけに重い。 「…………」 ずっと考えていた。 『君の生きる場所は、そっちじゃない』 俺たちが館で出会ったことの意味を、ずっと考えていた。 俺がみんなに 俺がみんなから なにを与え、なにを与えられたか。 『生きる』ことって? 『死ぬ』ことって? 答えはけして見つからない。 わかっているのに俺は考える。 少しでももがきたくて、足掻きたくて。 ふぅーっと、ため息をつくように吐き出す紫煙。靄がかかる思考。 『俺と一緒にいることで少しでも気を紛らわせることが出来たら…』 嘘ばっか。 汚い大人の手口。フィルター越しのコミニュケーション。 苦い苦い苦い、煙草の香り。 建前ばっかの大人の常套を、彼には気付いて欲しくない。だけど騙されて欲しくもないと思うから、しっかりと理解して欲しい。…でも本当は、彼は大人だから気付いているに違いない。 『大人だからね』 子供でいて欲しいなんて、なんてエゴ。我儘で傲慢で。 「…しっかりしなきゃなぁ……」 君と一緒にいることで気を紛らわせたかったのは俺だった。 降りかかる罪悪感から抜け出したくて、もがいていたのは俺だったんだ。 苦い苦い苦い、紫煙が空に吐き出される。思い出されるのは、賢い君のこと。 欲しくても手に入らないものがあることを、ちゃんと知っている君のこと。 『なにか欲しいもの、ある?』 彼が欲しいものがなんなのか、そんなの聞かなくてもわかっていた。それでも聞いてしまったのは、なんなのか。やっぱり大人の悪い癖か。それとも確かめたかった、のか。 オレンジに染まった、空を見つめる。 いつもと変わらない、一日の終わり。 今生きている俺が見つめる、俺の世界。 暗い感情が治まるまで、そうして俺は空を見つめていた。 気付けば手足が冷たくかじかんでいて、レミくんもこんなに寒かったのかなぁと、他人事みたいに思う。 …なんだか無性に彼に会いたかった。 [次へ#] [戻る] |