僕の時間 決まり ハンバーグにピザにパスタにフレンチトースト… 味だけじゃなくって飾り付けも何だこれプロかよって感じだ。 「……詐欺だ」 「ん?ジオンくん何か言った?」 「…べつに」 俺は今、藍川拓都の部屋で食事を取っている。どうしてこんな事になったのかは今でもよくわからない。ただヤツの作る飯は美味かった。 (そうだよ…頭が良くて金があって顔もそこそこで料理上手なんだよ。嫌味ったらしいヤツ…!) あぁ、イライラする。 なんで俺こんなヤツと一緒にいんだろ。一緒にメシ食ってんだろ。メシに罪は無いから食うけど。 「さすが若者だね。いい食いっぷり」 ぬはは。なんて笑って、透明な液体の入ったグラスを傾けるタクト。俺は思わずジトリとヤツを睨む様に見つめた。なんか知らんけどこいつは俺に対してすげー厳しい。酒もタバコも一緒にいる時は全く見逃してくれない。ジェイってヤツとは頻繁に飲みしてるくせにマジうぜぇ。 「…俺の飲みもんは」 「そこに出してるデショ。ちなみに未成年禁酒」 「…そーかよ」 試しに言ってみたがやっぱダメだった。メシ食ってる時に説教は勘弁なので黙って食う。美味い。口に出して言ったりなんかしねーけど。 「はは。美味い?ジオンくん」 「………」 …んだよ、はは。って。 なに俺の考え読んでんの殺すぞくそが黙って食えや。あぁもう、うぜー…。 「…おかわり」 ん。ってぶっきらぼうに皿差し出せば、ヤツはニヤって笑った。なんか言いた気なくせに、なにも言う気は無いですよ?って顔が、あぁもう…まじでイラつくんですけど。 食事が終わるとヤツは食器を洗いにキッチンへ下がる。だから俺はその間食休みにリビングの大きなソファに凭れる。最近の決まりだ。 何気なくテレビをつけたらクイズ番組がやっていた。最近本当多いな。画面には漢検1級問題とされる熟語の読みを答えよ、という字幕が出ている。タクトが来たら答えをスラスラ言われてムカつきそうだ。他のチャンネル。 ピッ 画面はサッカーの試合に変わる。興味ない。次。 ピッ 画面は流行りの恋愛ドラマを映す。今が旬だとかって最近ブレイクした俳優がアップで映っていた。そういえばタクトは著書が何本か実写化した事があるらしく、その手のタレントや役者とも繋がりがあるらしい。今来られてその話を自慢されてもムカつくし、こんなチープな恋愛ドラマが好きだと思われても腹が立つ。次。 ピッ ニュース。明日の天気とかどうでもいいわ。携帯で見るし。次。 ピッ 楽しいドイツ語。…全然楽しくねぇよ。次。 ピッ 有名ラーメン屋の人気メニュー10位をすべて当てる…。食ったばっかでどれもあんま美味そうに見えねぇけど、他に見るもんねぇし別にこれでいいか…。 グルメ番組というよりバラエティ番組に入るそれを、俺は暫くぼんやりと眺めた。 「ぬはは!なに、もう腹減ったの?それとも足んなかった?」 背後からからかうように声を掛けて来たのは、言うまでもなくこの家の主だ。 「んなワケあるか。…腹いっぱい」 顔だけちょこっと振り返ってそう言えば、ヤツは「そっか、お粗末様」なんてニンマリ笑う。…別にごちそうさまとは言ってねぇよ。 「…はぁ?そりゃ入ってないっしょ。明らか10位以下だって」 「…味噌ラーメンが?入ってんだろ、ラーメン屋なんだから」 数分見てただけだけど、男二人でTVに向かって喋ってる図。なんだコレ寒いな。 「この店は豚骨ベースの醤油を推してるんだよ。見てな絶対入らないから」 行った事があるのか、だからといって自信満々なワケは不明だけど、タクトは俺の隣に座ってやたら饒舌だ。でも別に腹は立たない。腹が膨れたせいかな…。 「…あ、マジじゃん。100万無くなった」 「ぬっはっは。ほらね」 「んじゃ6位は?6位はなに入んの」 「あー…この並びだと、あとはサイドメニューかな…」 「餃子?…小籠包…回鍋肉…。無難に餃子か?」 そうやってTVを通して、俺たちの会話は続いた。不思議だけど、そうやっている間は本当に腹が立たなかったし、余りある劣等感も刺激されなかった。面と向かって話をしてるワケではなかったし、番組が終わるまでは話す内容に頭を回さなくて良かったからなのかもしれない。 それは他の、いくらでもいる友人とか、知り合いとか、そういう人間と話す時に似ていた。 居心地は悪くなかった。 そして夜はふけていった。 「おやすみ、ジオンくん」 俺をベットに寝かし付けた後は、ヤツは軽くて暖かい毛布をしっかり俺の肩まで掛ける。 それまで本当に寝ていた俺は、慣れない温もりに違和感を感じて起きる。だけど目は開けない。寝たふり。これも、最近の決まり。 「……」 おやすみ、って囁いた後、ヤツは近くで暫く黙っている。俺の寝顔を、一体どんな気持ちで見つめているのだろう…。それを考えると、少しの緊張と少しの優越感が、さざ波のように引いては俺を襲った。 黙ってないで、なんか言えよ。 なんて。 俺は寝たふりして、何も言わないのにな…。 「「………」」 一日の終わりは、優しくなれた。 それは俺基準だから、客観的に見たらそうとは言えないのかもしれないけど。数時間で生まれたトゲトゲが、数時間を掛けて優しく溶けていく。その感覚は煩わしくもあり、気持ち良くもあり、実に複雑だ。 「……また、明日」 やがてヤツは、ゆっくり立ち上がって部屋から出て行く。1人になった静かな部屋で自分の鼓動はやけにリアルで、あぁ…「今日も生きたんだな」って、小さく笑う。おかしいよな。 なんかそれが、すごく誇らしいんだ。 「…しょーがねぇから、明日は朝メシくらい作ってやるか…」 ーーーーーーーーーー 目を瞑って息を詰めると、存在は薄くなってしまうのだと思っていた。 くす…溢れる笑みが止まらない。内心に収めるのは、毎度の事ながら大変だ。 言うなれば、頭隠して尻隠さず。もしくは気まぐれな猫がくまの被り物を被って必死で威嚇してる…みたいな。ぬはは。 (おっかしいの) そんな重たい被り物なんて、早く取払ってしまえばいいのに…。 無理しなくても、笑わない。 俺は、くまだと思っていたジオンくんが猫でも、ネズミでも、ジオンくんを笑うつもりは一切無い。だから。 だから早く、素直になってくれないかなぁ…。 本当は優しいキミに。 本当は弱虫で臆病で、 人に理解されたいのに素直になれない、 恐ろしく意地っ張りなキミに。 (早く会いたいなぁ…) 目覚めればキミは棘を生やしてしまっているだろうけれど、 そんな重たいメッキは何度だって綺麗に剥がしてあげる。 俺が何度だって、 キミを優しくしてあげる 「……また、明日」 ーーーーーーーーー -end- [*前へ] |